軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

24.

イーサンの右目から、血が流れている。かつて彼がオスカーにそうしたように、今度はオスカーがイーサンの右目を奪ったのだ。

痛みに呻くイーサンを、すかさず騎士たちが地面へ縫い付けるように拘束する。

「貴様ァァァ! 赦さんぞ、オスカー・ディ・アーリング!! 殺してやる!」

右目から血を流し、後ろ手に縛られてなお口汚くオスカーを罵るイーサンの姿に、かつて皆から慕われた『完璧な公爵』の面影は欠片も見当たらない。

今ここにあるのは、ひとりの女に執着するあまり彼女を喪い、筋違いな復讐と怨嗟に囚われた悲しい男の姿だ。

「ジュリエット、こちらへ」

剣を鞘に収めたオスカーが、ジュリエットに向かって手を伸ばす。よく見ればその腰には、かつてリデルの贈った剣帯が着けられていた。

「いいえ――オスカーさま」

手を伸ばすオスカーに向かって、ジュリエットはそっと顔を横に振った。

自分にはまだ、やるべきことがある。

視線だけでそう訴えて、イーサンの元へ歩み寄った。

目の前に落ちる影を見て、イーサンが弾かれたように顔を上げる。

「リ、リル……。やはり私を選んでくれるんだね? アッシェン伯ではなく、この私を……」

期待を宿した目で、奇妙に歪んだ笑みで、ジュリエットに縋るような視線を寄越すイーサンを前に、なんともいえない悲しさと哀れみが込み上げる。

彼がなぜ、いつから、自分にこれほどの執着を抱いていたのか。それはわからないし、知りたくもない。

イーサンは、自分と一緒ならリデルは幸せになれたはずだと言っていた。

だけどきっと彼の目には、自分の幸せしか映っていなかったのだろう。昔も、今も。

「おいで、リル……。君の好きなお茶を用意しているんだ。新しい君の部屋も……だから……」

騎士の拘束を解こうと必死で身体をよじりながら、血まみれの顔で必死でジュリエットを見上げるイーサンの姿が、かつて大好きだった従兄の姿と重なる。

『おいで、リル。君の大好きなぬいぐるみを招いて、お兄さまとお茶会をしよう』

ジュリエットは一瞬、感傷に浸るように目を閉じた。

大好きな従兄だった。

いつも頼もしく、優しい彼を心から慕っていたのだ。

どうしてかつてのまま、よき従兄のままでいてくれなかったのだろう。そうすればきっとリデルは今でも彼のことを兄のように慕って、時折お茶会に招いて、他愛もない話に花を咲かせていた。

(でもそれは、お兄さまの望んだ形ではなかったのね)

だから彼は、リデルを自分のものにしようとした。誰より大切にすべき、リデル本人の意思を無視して。

叶わぬ恋に身をやつすその気持ちは、ジュリエットにもよくわかる。わかるからこそ、イーサンのしたことを赦そうという気にはなれなかった。

彼は、ジュリエットにとって何より大切な人たちを傷つけたのだから。

次に目を開けた時――ジュリエットの心に、もはや過去の思い出に対する未練はなかった。

「さようなら、 クレッセン公(、、、、、、) 」

「リ、リル……? いやだ、こっちを見てくれ、リル……リル!!」

もう二度と、ジュリエットがイーサンを見ることはないだろう。

血を吐くような哀れな声に背を向け、ジュリエットは今度こそオスカーのほうへ歩いて行く。

「旦那さま」

そう呼んだ瞬間、彼が感極まったように両腕を広げてジュリエットを抱きしめる。

周囲の騎士たちからどよめきが起こったが、オスカーがその手を緩めることは決してなかった。

彼の腕の中は温かく、心地よい。

そこがジュリエットの――リデルの帰る場所だった。