軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

17.

イーサン・ディ・ラングフォード。国王の弟の嫡男であり、次期クレッセン公爵。

リデルの従兄である彼は、王家の血から銀の髪こそ受け継がなかったものの、リデルと同じ瑠璃色の目をした美しい青年だった。

身体の弱い十四歳年下の従妹を常に気遣い、王太子の側近という多忙な立場でありながら、その合間を縫って週に一度は必ず見舞いにくる優しい公子。

白い薔薇の花束。

うさぎのぬいぐるみ。

精巧なオルゴール。

美味しい菓子。

美しい織物。

リデルが望まずとも、イーサンは世の少女が好みそうなものを毎回手土産として持ってきて、彼女の身を気遣った。

また、彼はリデルの侍女であるミーナへの気遣いも欠かさなかった。離宮を訪れるたび、リデルだけでなくミーナへの贈り物も必ず持参してくれたのだ。

『ミーナはリルにいつもよくしてくれているからね。これからもよろしく頼むよ』

それが、リデルに向けられた優しさのおこぼれであることはわかっていた。彼にとってミーナは『大切な従妹の侍女』以上の存在ではなかったのだから。

けれど、侍女である前に年頃の少女であったミーナが、美しい彼に心惹かれるのを誰が責められただろうか。

イーサンはミーナの初恋の人だった。

そしてイーサンもまた、ミーナのそんな感情に気づいていた。気づいていながら、見て見ぬふりをしてくれていた。

王子さまが好きなのはいつだってお姫様で、脇役ではない。

イーサンはいつしか、年頃になったリデルを女性として愛するようになっていた。

いずれふたりは結婚するだろう。王侯貴族の間では、従兄妹同士の結婚は血統を保持するため昔から盛んに行われてきたことなのだから。

だからせめて自分は侍女として、そんなふたりの側にいたい。叶わぬ恋心を胸に秘めたままでもいい。大好きなリデルと、大好きなイーサンの側にいられるのなら――。

それが、ミーナのささやかな夢だった。

――あの日、オスカーとリデルの結婚が決まるまでは。

『君に頼みたいことがあるんだ』

国王によってリデルの婚約が発表されて数日後、王宮の執務室へ密かにミーナを呼びだしたイーサンは、開口一番そう言った。

その日は毒々しいほど赤い夕焼けが印象的で、窓から差し込む西日のせいで彼の表情が見えなかったことを、今でもよく覚えている。

『まずはリルとアッシェン伯の結婚生活について、どう思う?』

『どう……とおっしゃいますと……』

イーサンの質問の意図を図りかねて困っていると、彼は引き出しから紙の束を取り出してミーナに渡してきた。

それは、オスカー・ディ・アーリングに関する調査報告書だった。

『あの男は王女を妻にと望んでおきながら、既にふたりも愛人を囲っている。陛下は奴の立てた戦功に報いねばとお考えのようだが、そんなふしだらな男がリルに相応しいとは到底思えない。この結婚は間違っている』

『……ですが、今更陛下の決定が覆るとは思えません』

『そうだ。だから、君に頼みがある』

椅子から立ち上がったイーサンが、静かにミーナの元まで歩いてくる。

いつも通りの美しい笑顔で。優しい声音で、彼はこう言った。

『奴とリルが離縁するよう仕向けてくれないか?』

『え――……?』

『君は優しく、情に厚い女性だ。妹のように思っているリルが不幸になるのを見たくはないだろう?』

『それは、もちろんですが……』

戸惑いに揺れるミーナの瞳を絡め取るように、イーサンが間近で顔を覗き込む。彼とこれほど近づいたのは初めてのことで、とんでもない願い事をされているにも関わらず、不覚にもミーナはときめいてしまった。

『私はリルが一度あの男の妻になろうが、決して気にはしないよ。最終的に、あの子が私の手の中に戻ってきてくれればそれでいい。野蛮な原住民の血を引く新興貴族の男と、王族の血を引く私。どちらがリルに相応しいか、どちらがリルを幸せにできるか、賢いミーナならわかるね?』

『私も、イーサンさまのほうが相応しいと思っております。でも……』

『もちろんこれは命令じゃない。お願いだ。君はリルの大切な人で、私にとっても大事な妹のようなもの。だから、最終的には君が決めればいい』

初恋の人は優しく穏やかに、導くようにミーナに囁く。

それはまるで魔法のようだった。イーサンの声や言葉はミーナの微かな迷いを晴らし、彼の言葉こそが正しいのだと信じ込ませてくれた。

今でこそ、リデルはオスカーに夢中だ。けれどそれは一時の熱病のようなもので、すぐに目を覚ましてイーサンの魅力に気づくだろうと。

『――わかりました。私は何をすればよいのでしょうか?』

『できる限り、アッシェン伯とリルが近づかないようにしてくれ。あの子は優しい子だ。そして脆い。少しでも情が湧けば、あの男にほだされてしまう可能性がある。夫婦仲が険悪になるよう仕向ければ、離縁の時期もきっと早まるだろう。わかってくれてよかった。こんなこと、君にしか頼めないんだ……。だから、頼りにしているよ、ミーナ』

恋する人からの初めての『お願い』に、愚かなミーナは完全に舞い上がった。

そしてリデルと共にアッシェン城に到着してからのミーナは、とにかくイーサンの役に立ちたい一心で立ち回った。

オスカーがリデルの部屋を訪れるたび、彼女の体調の悪さを主張して追い返した。

彼がリデルに贈り物を持ってくれば、本人に渡すと嘘をついて庭に埋めた。

オスカーがマデリーンと夜会に出かけると知れば、あえてその場面をリデルに目撃させるよう上手く立ち回った。

傷つくリデルを見ていると心が痛かったが、それでも止めようとは思わなかった。

物語のお姫さまはどんなに辛い目に遭っても、最後は幸せになるものだ。オスカーとの仲がどれほど険悪になろうと、彼女にはイーサンがいる。

だから、自分は間違っていないのだ。

間違っていない――そのはずだった。