軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

6-5

(こういう時までこの人たちは)

どこまで人をバカにすれば気か済むのだろう。

アイリスは嫁ぎ、ヴァルトクス大公妃となった。本来であれば当主のエティックローズ侯爵、つまりは父がすべきだ。

結婚して身分はアイリスのほうが上になった。しかし、敬意は驚くほどない。

(普通の貴族だったら当主の責任問題に問われるのに、父はよほど、私相手なら何をしたって問題ないと考えているわけね)

見る限り、その封筒は婚礼用だと分かる。

嫌な予感しかなかった。

ひとまず急ぎ長椅子に腰を下ろし、封筒をペーパーナイフで開く。そこにはアイリスと、夫のヴァンレックの名前が書かれた招待状があった。

そして普通ならありえないが、そこには普通の手紙の便箋が折り曲げられて、添えられてある。

「……何よ、これ」

便箋を読み始めて数秒後、流し読みだけでアイリスは心が冷えた。

妹のアンメアリーの結婚が決まったという。

お相手は、あのライノーアル伯爵だ。

書かれている文章からしても失礼さしかなかったのだが、手紙の内容を簡単にまとめたところで、アイリスはさらに嫌な気持ちになる。

【大公に嫁いだのだから金は腐るほどあるでしょう。育ててやった恩を忘れたわけじゃないわよね。体裁をたもつためにも、結婚祝い金は持ってきて当然だわ。あなたのたった一人の可愛い妹のことなんだから、祝い金はたっぷり持ってきて参加しなさい】

書かれていたのは、アイリスに対する〝命令〟だった。

そこには長女に対する結婚祝いの言葉も、元気にしているかという体裁の言葉も一切ない。

相変わらずだ。

時間を置いても、結婚して籍が変わっても、変わらないのかと失望感が込み上げる。つまり死亡してないのなら義額として縁がある状態なので、彼らは『妻の家族として大公の恩恵を受けよう』といやらしくも考えたのだ。

(私を通して、ヴァンレック様から窃取しようと考えるなんて)

しかもここから王都までは、早馬で二週間はかかる。

それなのに、まるで大急ぎで来るのがお前は当たり前だと言わんばかりに、挙式の二週間と三日前の告知だ。

この招待状はヴァンレックとの連名なのに。

「なんて、バカにした人たちなの」

縁を切ったも同然と言わんばかりに連絡一つなかった。

それなのに、アンメアリーの結婚をきっかけに存在を思い出したのだろう。生きているのを知って、それならさらに活用しようと考えた――。

(許せない)

屈辱のあまりアイリスは手が震えた。

「私を通してヴァンレック様にまで手を出そうとするなんて。この手紙が、先に彼の目に留まるなんて考えなかったわけっ?」

こんなのが自分の家族なのかと、改めて強烈に失望した。

ヴァンレックとアリムと比べると差がありすぎて、恥ずかしいほどだ。

「ああ、でも、そうよね……わざわざ私宛にしているんだから、一番に見るのは私だと想定して書いたわけよね。そして以前の従順な『私』だったら、代わりに『大公様』に謝って、フォローして、きっと夫を連れてくる、と」

思い通りになりたくない。

吐き気がした。こんな家族がいることをヴァンレックに知られたくない。この屋敷の人たちにもバれたくない。

(でも――)

何一つ反抗できなかったアイリスにとって、この無礼極まりない招待状と手紙を、そのままヴァンレックに見せることは復讐になる。

アイリスは便箋に額を押し付けて、用紙を強く握った。

(あんな家族に、この家の何一つだって与えたくないわ)

勇気を奮い立たせる。

「…………少しでも長く、こんな日々が続けばいい、なんて望みすぎたわね」

いい気分なんてぶち壊しだ。

ヴァンレックに、面倒事も迷惑もかけたくない。

どうすればいいのか分かっている。アイリスが、大公妃でなくなれはいい。

こんな面倒な家族がいるかぎり、ヴァンレックの足を引っ張ってしまうだろう。アリムに何かあったらどうするのだ。

それなのに――。

「どうしたらいいか分からない」

目が潤み、出たアイリスの声は情けなく震えていた。

思考は完全に停止した。

こんなこと経験になくて、戸惑いのあまり気付けばベルを鳴らしていた。

「失礼いたします、奥様いかがされ……まぁっ、奥様!」

ぼろぼろと泣いているアイリスを見て、メイドが悲鳴を上げ、エプロンスカートを両手で握って駆け寄る。

「お、おねが……ブロンズを、呼んで……」

「は、はい、かしこまりました」

すぐにと告げ、メイドは走って出ていった。

全速力で駆けてくれたのだろう。ほどなくしてブロンズが到着した。

「奥様、いかがされたのですか」

彼は状況を見るなり、血相を変えて駆け寄り、ハンカチでアイリスの涙を拭いにかかる。

さすが獣人族だ。先程のメイドも含めてすでに数名同行しており、ブロンズが温かいお湯とタオルの用意を指示していた。

とんでもないことが起こっているとでも聞いたのだろうか。

二人のメイドが出ていってすぐ、慌ただしい足音が近付いたかと思ったら、五人の騎士が顔を出す。

「うわっ、ほんとに奥様が泣いてる!?」

「やかましいですよ。今すぐ旦那様に――」

「それはだめ!」

アイリスは、ブロンズの手首を掴んで止めた。

「わ、私、ヴァンレック様と離縁、しなくちゃいけないかもしれなくて。ブロンズにまずは相談してから、心を決めようかと、思って」

大粒の涙をこぼしながら、嗚咽の合間にアイリスはどうにか伝えた。

「な、何いいいいいい!?」

騎士たちが、揃って大音量の絶叫を上げた。

「離縁!? どうして!?」

「奥様、嘘ですよね!?」

「心を決めてはいけませんっ!」

騎士、メイドに続いて、あの冷静なブロンズまで全力で言ってくる。

「わ、私だって、嫌」

「え?」

「ここに、いたいの。でも、ヴァンレック様に、迷惑かかるの、嫌で、ううぅっ」

アイリスは泣き崩れた。

プロンズが固まったそばから、戻ってきたメイドたちがお湯でしぼったタオルをアイリスの肌にあて、服のうえから腕や肩、背を撫でる。

「ひぇっ、お、奥様が……!」

「突っ立っていないで、まずは運んで移動して差し上げて!」

「いるのですから動いてくださいましっ」

「は、はいっ」

騎士たちが、つい敬語になってメイドたちの指示に従う。

アイリスは書斎机のほうから、ソファへと移された。

たった一通だけ先に開かれている手紙と、出されている招待状にブロンズが気付く。

「これが、原因ですか」

便箋を汚らしいものを持ち上げるように指でつまみ上げたブロンズの声は、質問というより、確認だった。

アイリスはメイドからもらった柔らかなタオルに鼻先まで埋め、うなずく。

そして、自分では回答しきれなかった判断を聞きたいのだと伝え、考えていたことをすべて話した。

「――いや、離縁なんて絶対だめですよ」

騎士たちは聞き終わるなり、ズバッと口を揃えた。

「なんでそんな結論に達するんですか」

「だって……」

「そうですわ奥様、一人で抱え込む必要はないのです」

メイドたちが、アイリスの目からまだ少しこぼれた涙を拭った。

便箋と招待状をまとめながら、ブロンズも言う。

「狼の執着を舐めていただいては困りますね」

「執着……?」

「迎え入れた〝家族〟です。そしてわたくしたち邸宅の獣人族もみな、奥様を手放すことは、絶対にないでしょう」

彼はそう告げると、招待状を持ったまま歩き出す。

「離縁云々は必要ありません。その言葉を伏せて、旦那様にはわたくしから奥様が悩まれていることを伝えてまいります。その間、少しでも休まれていてください。皆様は、奥様の目が腫れないようケアして差し上げるのですよ」

「もちろんです」

メイドたちが、ブロンズに力強く答えた。