軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

1-2

やって来てみたら、まさかのヴァルトクス大公本人が不在だった。

御者は花嫁の入居日は事前に宿泊ルートから日数まで決められている、と言っていた。

とすると予定が入っているのを知っていたうえで外出したのか?

(話し合うことさえできなかったら、どうしよう)

アイリスはしゅんとしてしまった。

「お、奥様っ。我々ヴァルトクス騎士団は歓迎しておりますっ」

「我々もでございますっ。誠心誠意お仕えさせていただくつもりです!」

突然、シーマスと騎士たちが胸に右こぶしをあててそう主張してきた。

「我々もでございます」

ブロンズと名乗った執事長が告げ、使用人たちも大急ぎで一礼してくる。

「えぇと……アイリスと申します。不慣れなこともあるかと思いますが、本日から何卒よろしくお願いいたします」

よろしく、なんて言っていいのか、頭を下げながら迷った。

「大公妃が迷われているぞ」

「意外と態度を隠せない人、なのか……?」

「おっほん!」

騎士たちのほうからこそこそと話し声が聞こえた次の瞬間、あまりにも大きな咳払いが上がった。

アイリスがパッと頭を上げると、緊張気味に背筋を伸ばしているシーマスたちの前に、目の片方にかけた小さな丸眼鏡を押し上げながらブロンズが進み出てくる。

「奥様はすでに大公妃であらせられます。それから旦那様は急な用で席を外す形になってしまいました、決して……意図してでは……」

だからしょんぼりする必要はない、と彼のうかがう目が問いかけてくる気がした。

まずはそういうことにしておこう。

「分かりました」

「それでは、ここから屋内へはわたくしが案内いたします」

荷物は騎士や使用人たちが取り出すとのことで、アイリスはブロンズについて邸宅へと上がった。

中も素晴らしかった。玄関ホールは広く、天井も高い。

柱や壁は金で装飾が施され、建築も家具も何もかも洗練された美がある。

(獣のように狂暴な大公様と聞いていたけど、美的観点も持った、素晴らしいお人柄しか感じないのよねぇ)

実家のエティックローズ侯爵家が、見栄で高価なものを屋敷内にたっぷり押し込んでいるから、よく分かる。

「まずは奥様のお部屋をご案内いたします。長旅で疲れがございましたら、マッサージなどで休憩を」

「ありがとうございます」

(一応用意されているのね)

てっきり、拒否のあまり部屋などは用意されていないかもしれないことも推測していたから、意外だった。

「パパー! 戻ったの!?」

階段の方向へ進んで数歩、不意に子供の可愛い声が聞こえた。

つられて視線を向けたアイリスは、目を見開く。

左手に続く廊下の向こうから、小さな男の子が走ってくる姿があった。年齢は五歳か六歳か。珍しい銀髪だ。

そして――彼の頭には、同じ色をした子犬みたいな獣耳がついている。

(あっ、彼が大公様の子供ね!?)

数年間公表されておらず、今年に『後継者として引き取った』と突然現れたヴァルトクス大公の息子は、かなりの噂になっていた。

彼も稀有な【獣化】を持って生まれたようだ。足の動きに合わせてボリュームがすごいもふもふの白銀の尻尾が揺れる姿もあって、小さな拳を作り、走る姿は愛らしい。

「あ……っ」

廊下からフロアへと出た子供が、アイリスを見てピタッと止まる。

子供の表情が固まったのを見て心配になった。もしかして顔合わせは、別時間に予定が組まれていたりしたのだろうか?

こちらから声をかけていいのか迷ってブロンズを見ると、彼が言う。

「坊ちゃま、こちらは本日いらっしゃるご予定ですとお伝えしていた、旦那様の奥様となられたアイリス様です。ご挨拶を」

すると、子供はじりじりと後退する。獣耳と尻尾が徐々に膨らんでいく。

(警戒しているのかしら?)

ブロンズが前に出ようとした。注意しようとしているのかもと察知したアイリスは、右手を彼の前に出し、子供の前に進み出た。

「はじめまして、私はアイリスよ」

目の前の子供に『結婚してあなたの母親になるの』なんて急に言うのもためらわれた。大公様自身の意思決定を聞いていなので、妻だと名乗る勇気もない。

「は、はじめまして。ぼ、僕はヴァルトクス――いえっ、アリムです!」

子供が後半、一呼吸で言い切った。

(か、かわい~! 緊張して、間違えて家名を言ったのねっ)

アイリスは素早く彼に詰め寄った。ビクッとしたアリムだったが、彼女が目の前でしゃがむと、きょとんとする。

「いくつ?」

「ろ、六歳、です」

彼は二本の小さな手を使って、指を六本立てて見せてきた。

(めちゃくちゃ可愛いわ!)

手が小さい。近くで見たアリムは目が大きく、肌が白いからグリーンの瞳の色さえ神の作り物みたいだ。そして頭の獣耳も可愛すぎる。

(大公様は恐ろしいお方らしいけど、この子、可愛すぎ! 私、美人なこの子のお母様が来られるまで、代わりの子育て係に就職したいわっ)

突然アリムが「そ、それじゃっ」と言って来た道を走る。

「あっ、待ってっ」

アイリスも、もちろんためらいなく駆ける。

「えぇー! 奥様!?」

驚いたブロンズの声が追いかけてくるが、関係ない。

「どこへ行くのっ?」

「な、なんでレディなのに走るのっ」

「あら、レディでも走りますよ?」

――この『アイリス』の身体が、基礎体力があるのかどうかは不明だが。

前世の感覚で走っていたアイリスは、ふっと思い出したが、体力云々はあとで確認してみようと考えた。

「どこか行ってよ、ぼ、僕にかまわないでっ」

「私は仲良くなりたいんです。小公子様はこれから何かをする予定なのですか?」

相手は大公の子供なので、ひとまず敬語で話しかける。

「パパが戻ってないんだったら、とくに何もすることはないよっ」

「じゃあご一緒してもいいですか?」

「何言ってるの!? も、もう勝手についてきてるじゃないかっ」

廊下の左側には美しい造形の窓、右手には部屋や開けた空間があった。

騒がしさに気付いたのか、使用人たちが作業の手を止めて「なんだ?」「何事ですの?」と廊下を覗き込んでくる。

「どこに行こうとしているのか、気になるじゃないですか」

「つ、ついてこないでっ。僕は部屋に戻るのっ」

少し恥ずかしそうに言って顔を背けた彼の様子を見ていると、パパが帰ってきたと思って玄関まで駆けつけた光景が蘇った。

嬉しそうにしていたから、きっと会いたかったのだろう。

(会えなくて残念だったという寂しそうな顔で、『ついてこないでっ』と言われたら、ついていきたくなるでしょう)

アリムが階段を上がる。

広すぎて迷子になりそうたなと感じながら、アイリスも続く。

間もなく彼は一つの部屋に彼は突入した。

扉を閉められる前にと思って駆け込んだアイリスは、目を丸くする。

なんとも広すぎる部屋だった。高級家具は高さだって子供向けに考えられてはいるが、子供部屋にしてはあまりに規模がある。

「なんだか殺風景にも見える……あ、面積が余りまくっているせいね。これだと、巨大な獣でもゆうに立ち回れそうだわ」

「ひぇっ、え、えーとアイリス、だっけっ?」

突然、アリムに名前を呼ばれた。目を向けると逃げたはずの彼が、アイリスの足元まで戻ってきている。

(可愛い)

後ろに手を回した彼の、下向きに揺れている尻尾もたまらない。