軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

2-3

広大な敷地内には湖もあるそうだが、今回は人口池だ。

それは庭園の一部として設けられていて、小さな魚をアリムは眺めるのが気に入っているという。

だから、アイリスはそばでじっくり観察するのはどうかと提案した。

それがピクニックだ。

「坊ちゃまがお一人の時でもおやつを食べてくださるっ、それだけでどんなに嬉しいかっ」

騎士たちとメイドたちがピクニックシートなど準備する。

そのかたわらで、コックが袖に目を押し当てた。

(みんな苦労していたみたいなのよね……)

想像もできないことだが、アリムはヴァンレックがいないと昼食もつつく程度で、おやつの気分じゃないと言って部屋に閉じこもっていたらしい。

人見知りがあるようだと使用人たちは言っている。

騎士たちはまた違う感想を抱えていそうだが、そこは話してくれない。

(おやつは大好きみたいだけれど)

ピクニックの用意が整った。

そこにおやつを広げてしはらく、アリムはクッキーを食べる手が止まっていない。

彼のきらきらとした大きなアイスブルーの目は、池を見つめている。

「あっ、アイリス見て! ほらあの子、ピンクとグリーンの二色なんだよ」

「あら、ほんとね。尾びれの色が違うわ」

「みんな色が微妙に違うんだ。はっきり分かれている小魚はレアだし、単色の子は小さいけどきらきらして綺麗だよっ。ほら、ブロンズも見てよ」

「はい、坊ちゃま」

彼は相手が六歳の子供だとか関係ないようだ。主人に仕える執事として美しい姿勢を崩すことなく、

「失礼します」と告げてアリムの隣に片膝をつく。

「以前よりもピルルクが増えられたようです」

「ブロンズは名前を知ってるの?」

「こちらの管理もわたくしが任されていますから。とても小さいですが、環境の変化にも、冬にもとても強い淡水魚ですよ」

「知りたい! 教えて!」

アリムが寝そべって頬杖をつき、池を近くから覗き込む。そのそばからブロンズが魚について説明していく。

しばし話し相手から解放されたアイリスは、ベリーパイを食べながらその光景を楽しく眺めていた。

だが、後ろのほうはから聞こえた声で我に返る。

「坊ちゃまがあんなに楽しそうにっ」

「ブロンズ様にも心開かせたなんて、奥様本当にすごいです」

「俺も仲良くなりたいっ。可愛い菓子を作ったら、説明を希望してくださるかな?」

「落ち着け。お前目がやばいぞ」

やばいとシーマスが言った時、アリムが肩越しに目を向けた。

「みんなでなんのお話しをしてるの?」

「いや~、アリム様に喜んでもらえることはできないか話していたんですよ。可愛い菓子が出てきたらどうします?」

「えっ、嬉しいよ! アイリスも一緒でいいんだよね?」

「もちろんですよ」

シーマスを筆頭に男たちが周囲に集まり、会話が弾む。

(そう、これが普通の光景よね)

討伐に分けて出掛けて、明るいうちには必ず帰ってくる屋敷の主人こと『パパ』。おかげで数日、アリムと彼の帰宅にも居合わせている。

みんながアリムと接している光景を前にすると、アイリスは、ヴァンレックの場合は何かが足りないような感覚になった。あまり長い時間は一緒にいないので掴めないでいる。でもなんだか、こう、他の大人たちと比べると違和感が――。

その時、馬の嘶きがした。

昨日も聞いたのでもう誰か分かる。

この邸宅に客人は来ない。

郵便も、だいぶ離れた敷地入口から午前中に屋敷の誰かが運んでくる。

振り返ると、アイリスが推測した通り黒い軍馬が走る姿があった。屋敷の正面通路を駆けてくるその馬の背にまたがっているのは、ヴァンレックだ。

少し遅れて庭園のずっと向こうから、複数の黒い騎馬が見え始める。

「みんなして、どうした」

ヴァンレックは馬の軌道を変えて向かってくると、そばで停止して馬から降りた。

「パパ! おかえり!」

アリムが両手で飛び起きて、ヴァンレックに飛び込む。

文字通りすごい跳躍だ。こいう時、アイリスは彼も獣人族なのだと実感する。

「ああ、ただいま。アリム」

自分の胸に飛び込んできたアリムを、ヴァンレックは軽々と受け留めた。

使用人たちが一斉に立ち上がって、一歩身を引いて頭を下げる。

「旦那様、おかえりなさいませ」

「団長、ご無事で何よりです」

ブロンズに続いて、補佐官のシーマスが慣れたような口調で声をかけた。

「ああ」

上の空のように答えたヴァンレックの視線があたりを見回し、それからぴたりとアイリスで固定される。

(はっ。ベリーパイに夢中になっていたわ)

アイリスは素早く手に持っていた皿とフォークを置き、立ち上がった。

「おかえりなさいませ」

「そうかしこまらなくていい。子供と楽しく過ごせていたようで何よりだ。ところでこれは……」

「ピクニックがてら、魚の観賞です」

「ピクニック」

なぜかヴァンレックが言葉を繰り返す。

「ずいぶんと……にぎやかな様子だな……」

彼は、周囲にいる人数でも数えていくみたいに視線を向けていく。

「ブロンズがとても詳しいの! 教えてもらってた!」

「ブロンズに?」

「まだ聞いていないことあるから、もうちょっと待っててっ」

「あ、ああ。したいようにしなさい」

ヴァンレックがアリムを降ろす。アリムはおかえりの挨拶でいったん満足したのか、元の位置に戻ると、すぐブロンズに続きをねだった。

みんなが気にしたように見てくる。

ヴァンレックが許可するように手の仕草で伝え、続いてアイリスを手招きする。

主人の望みを察したのか、メイドもコックも騎士たちもアリムを囲んで二人から遮った。

「いかがされましたか? 何か、問題でも……?」

歩み寄ったアイリスは、地べたに座らせてはだめだっただろうかと少し心配になった。

「いや、君は想像以上によくやっている。あの子がブロンズにあれだけ話しかけているのも、初めて見る光景だ」

ヴァンレックが顎に手を当てる。

感心されているらしい。少しくすぐったい気持ちになった。

「心を開いてくれたからでしょう」

そうアイリスが答えたら、彼が目を緩やかに見開く。

たびたびこの意外そうな目をされる気がした。思えば彼だけでなく、他の人でもよく見ているような気がする。

「……あの、何か?」

じっと見つめられて落ち着かない気分になってきた。

怖い空気を醸し出していないヴァンレックは、アイリスにとって美しすぎる。

「あっ、いや、感心しただけだ。保育専門の才能があるかもしれない」

「そんな大袈裟な――」

「大袈裟ではない。五日ですごいな」

まだ五日なのかとアイリスも気付いた。

(心地がよすぎて、もっと長くいた感覚だったわ)

日々が充実しているからだろう。

自分のドレスを買いに行く算段をする暇もなく、雑務の手伝い。アリムの行動に応じて都度動き、付きっきりで世話をする。

実家にはなかった忙しさは遣り甲斐があった。

「好きでしているだけですので、すごいという実感は……私も楽しんでいますし。アリムにどんなことをして楽しんでもらおうか、次の計画を立てるのも楽しいです」

「確かに、ベリーバイも美味しそうに食べていたな」

「み、見ていらしたのですかっ?」

まさか、と目を剥くと、ヴァンレックが首を傾げるようにして覗き込んでくる。

「なぜ恥ずかしがる?」

「夢中になってぱくぱく食べてしまっていたからで……見られるなんて思っていない状態でしたし……距離もあったではありませんか」

「獣人族は目がいい。意識すれば好きなだけ遠くのものを視認できる」

なんてチートな能力なのだろう。

(あの距離から私の表情まで見えていたということ?)

相手は我が子のこととなると、無害で嘘もつけそうにないイケメンだ。

気にせず食べていた様子を見られていたことを思うと、何やら恥ずかしくなってきて視線が落ちる。

すると向かいから彼の声が続いた。

「――そういう反応も、できるじゃないか」

「え?」

風が気持ちよく流れていった。

横髪を押さえたアイリスは、聞こえたほうへ顔を向ける。

同時にヴァンレックが、池のほうへと顔を背けた。