軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

2.出会いは突然に

顔がいい。

あまりに顔がいい。

異性から笑顔を向けられる経験がほとんどなかったケイトは、動揺のあまりその場で硬直してしまった。

その様子を見た青年は困ったように首を傾げる。

「あれ、信じてない? ……ええと、ちょっと待ってね。あ、ほらこれ、身分証」

腰ポケットから金属製カードを取り出し、ケイトに向ける。

そこには『王立憲兵局中尉 カイル・ヒューズ』という文字が刻まれていて、固まっていたケイトはそこでようやく我に返った。

「も、申し訳ありません、疑っていたわけではなくて……。その、私はケイト――」

慌てて名乗ろうとして、ふと言葉をとめる。

この青年は先程、自分の名を呼んでいたはずだ。

「ええと、もしかして、私の名前……」

「知ってる。ケイトちゃんでしょ? ロレーヌ男爵家の」

さらりと家名まで告げられ、ケイトはわずかに眉を寄せた。聞き間違いでなければ以前に会ったことがあるようなことを言っていたが、ケイトには記憶がない。

こんな印象的な青年を覚えていないなんてことがあるのだろうか。

不信感が顔に出てしまったのか、カイルがにっこりと笑みを浮かべた。

明らかに自分の顔の良さを知っている甘い笑みである。

よく見れば軍服も着崩しているし、見た目といい、喋り方といい、全体的に軽薄な雰囲気が漂っている。

ケイトは警戒するように一歩身を引いた。

「俺、ランドルフ・アルスターの同僚なんだよね」

「……アルスター卿、ですか?」

けれど、意外な名前が出てきて目をぱちくりと瞬かせる。

確かにランドルフ・アルスターは親友の婚約者であり、憲兵局の人間だったはずだ。

「そうそう。ちなみにコニーちゃんとも友達ー」

「はい……?」

このいかにも軽そうで遊び慣れていそうな青年が友達――?

(そ、そんな話聞いてないわよ、コニー……!)

動揺しているうちにカイルが言葉を続ける。

「それより、レディ・スミスが外出中ってほんと? いつ戻ってくるとかわかる?」

「あ、その、出て行ったばかりなので、今日はおそらく戻って来ないかと……」

「――やりやがったな、あのババア」

「バ……?」

何だか、今、とてつもなく悪い言葉が聞こえた気がする。

思わず「信じられない」というように目を見開いて相手を見れば、失言の自覚があるのか、カイルは少しだけバツが悪そうな表情を浮かべた。

「いや、ほら、実は今日あの人と会う約束してたんだよね」

ケイトは思わず「えっ!?」と声を上げた。

キンバリーのスケジュールは把握しているが、この時間に憲兵局の人間が訪問するとは聞いていない。おそらく急遽入った 予定(アポ) か、ケイトの知らない個人的な 経由(ルート) で伝えられたものだろう。

それに、キンバリーが任務終わりに婦人部に寄っていたことを考えると、カイルとの面会の件はちゃんと覚えていたと考えられる。

つまり、覚えていたにも関わらず、『血の三角事件』の報告を優先させたということだ。

しかも、その後の 対応(フォロー) などは全くせずに。

前々から『すみれの会』と王立憲兵局は折り合いが悪いような気がしていたが、さすがにこれはあんまりである。

「そ、それは大変失礼致しました……!」

さあっと血の気が引いていき、ケイトは慌てて頭を下げた。

するとカイルは不思議そうな表情を浮かべて小首を傾げる。

「別にケイトちゃんのせいじゃないでしょ」

「それが……その……たぶん私のせいでもあるというか……」

「ん?」

そもそもケイトが『五人目が出た』と伝えなければ起きなかった事態だ。

先程まで警戒していたというのに、事実を知った今は気まずさしかない。何だか非常に居たたまれない気持ちになったケイトはぐっと拳を握りしめた。

「ヒューズ中尉……! 何か私にお手伝いできることはありませんか……!?」

「へ?」

「一応これでもスミスの秘書……というのは言い過ぎですけれど、身の回りの手伝いのような仕事をやらせて頂いているので! 言付けがあるようでしたら伝えておきますし、事務室に戻ればスミスの予定も確認できます……!」

「え、ほんと? じゃあさ、ダメもとで聞くんだけど次会う日も決められちゃったりする? やっぱりあの人の確認が必要?」

「大丈夫です! なるべく早い日程で調整させて頂きますね……!」

握りしめた拳で胸を叩けば、カイルは驚いたように「まじで?」と呟いた。

「よっしゃ、超助かる。ありがと、ケイトちゃん」

(うっ……)

こちらに向けられる眩い笑顔に良心が痛む。ケイトはそっと視線を逸らしながら、「と、とりあえず事務室に……」と消え入るような声で告げたのだった。

「連続不審火事件、ですか?」

キンバリーの予定を確認したところ、ちょうど明日の昼過ぎの時間が開いていたため、あっさりとカイルの訪問日は決定した。

話はそれで終わったのだが、紅茶と小菓子を準備してしまったので、少しだけとりとめのない会話がはじまる。

カイルの口から告げられたのは、今日の訪問の目的だった。

「うん。聞いたことない?」

「……そう言えば、このところ王都で 小火(ボヤ) が続いてるって新聞に」

「あ、それそれ。けっきょく放火だったんだよね。聖女信仰の過激派の仕業だって『すみれの会』が突き止めたんだ」

聖女信仰。その名の通り 三女神(モイライ) ではなく、聖女アナスタシアを至上としている宗教団体だ。歴史はかなり古く、もともとあった土着宗教にうまく溶け込んでいることもあり、教会の次に信者が多い。確かケイトの知り合いにもいたはずだ。

「あの、聖女信仰は知っていますけど、 過(・) 激(・) 派(・) なんてあるんですか?」

「台頭してきたのはここ数年かな。ディケー派っていってね、上層部の連中に反王制的な思想が見られるってことで『すみれの会』の監視対象だったらしい。それで今回の件にもすぐに気づいたってわけ」

「でも、どうして放火なんて」

「動機に関してはまだわからない。捜査の方は 憲兵局(うち) で引き継ぐことになったから、早めに情報の共有がしたかったんだけど」

(……あれ?)

カイルの言葉を聞いている途中、ふとあることを思い出し、ケイトは首を傾げた。

「それなら、そちらに報告書がいってませんか?」

「ああ、来てたけどちょっと確認したいことがあって――って、あれ、なんでケイトちゃんが知ってるの?」

「書類を送ったの、私なんです。内容までは知りませんでしたけど、タイミング的にそうなのかなって」

カイルは何度か目を瞬かせると、何とも形容しがたい表情になった。

「……いや待って。普通に受け入れてたけど、そもそもケイトちゃんは何でここで働いてるの? え、働いてるんだよね?」

「はい、その、成り行きで……」

キンバリー・スミスと出会ったのは例のコニーの処刑騒動事件の時だ。キンバリーの力を借りて、親友の処刑を阻止するために奔走した。それから何度かやり取りし、お礼も兼ねて 頼(・) ま(・) れ(・) ご(・) と(・) をこなしているうちになぜか給金が出るようになり――

「成り行きィ?」

不信感のこもった目で見られ、反射的に手を横に振る。

「あ、でも、働くのはきらいじゃないんです」

「うんわかるよ仕事っていいよね……ってそうじゃなくて……! それなら他にもっといい職場あったでしょ!? ここがどんな場所なのかは知ってるんだよね!?」

「ええ、はい、ふんわりと……」

「ふんわりと!?」

大声に驚きびくりと肩を震わせたケイトを見たカイルは、眉を寄せたままぼそりと呟いた。

「まあ本人がいいって言うならいいのか……?」

がしがしと頭を掻きながら、お茶請け用に出したクッキーをかじる。

「……あ、これうまい。甘くないんだ」

ケイトは自分の机の資料の山をさりげなく片づけながら――汚いとまでは言わないがさすがに他人の目に触れるには雑然とし過ぎていたので――思わず微笑んだ。

「チーズと黒胡椒が入ってるんです」

「ふうん」

言いながら、カイルはケイトの手元に視線を向ける。と、その目がわずかに細められた。

「……血の三角事件?」

「――あ」

たまたま手にしていたのは、『血の三角事件』についての記事と遺体発見現場をまとめた地図だった。

キンバリーに五人目の報告した後、必要になるだろうと思い、簡単な資料を作成していたのだ。

「調べてるの?」

この流れで否定するのも難しく、ケイトはためらいながら口を開いた

「実は、すみれの会もこの事件の調査を行うことになりそうで……」

「……ああ、今朝五人目が出たからか」

カイルが納得したように頷く。

「ってことは、今陛下に謁見を?」

「はい。……その、すみません、私が知らせたんです。それで、スミス会長は王城に」

目を伏せながら告げると、カイルは面食らったように目を瞬かせ、「だからケイトちゃんのせいじゃないって」と言いながらおかしそうに笑った。

「悪いのはこんなことしやがる犯人のクソ野郎でしょ」

またもやとんでもなく悪い言葉が聞こえたような気がしたが、初夏の風のように嘘みたいに爽やかな笑顔のせいか、最初の時ほど戸惑わなかった。

「ちなみに 憲兵局(うち) の方も五人目の被害者を受けて合同捜査班が設置されたよ。まあ俺は放火事件に回されたけど、もともとこの事件を担当してたんだよね」

それからカイルは意味ありげな視線をケイトに向ける。

「――どう思う?」

「え?」

「この事件のこと。せっかくだから、一般人の視点が知りたいなって」

内容が内容だけに、ケイトは慎重に言葉を選んだ。

「……私は新聞に書かれてあることくらいしか知りませんけど、被害者はみんな 異(・) 常(・) な殺され方をしていますよね。猟奇的というか」

「殺害方法に注目すべきってこと?」

確かにミレーヌはそう言っていた。実際、ケイトも異様だとは思う。

――でも。

「いえ、それよりも」

ケイトはカイルの青い目を見据えると、はっきりとした口調でこう言った。

「現場に残されていたという図形の方が気になります」

カイルは面白い言葉を聞いたようにわずかに口の端を吊り上げる。

「どうして?」

「被害者を殺した後に残しているから」

当たり前のように告げれば、カイルがわずかに瞳を見開く。

「殺すことが目的なら、そんなことをする必要はないので」

「……犯人の自己顕示欲の表われとか、承認欲求っていう可能性は?」

「なら、四人も殺す前に犯人しか知りえない情報を書いた犯行声明を新聞社に投書しているはずです。でも、この事件が明らかになったのは憲兵局からの発表がきっかけでしたよね?」

「俺たちだってそんなことしたくなかったけどさ。三文記者に市民の不安を煽るような記事を書かれそうになったからね」

カイルはふと思い立ったように訊ねてきた。

「ケイトちゃんは推理小説とかよく読むの?」

「え? いいえ、特には。でも、恋愛小説なら少しだけ……本当に、あの、嗜む程度に読んでますけど」

「じゃあ今のってケイトちゃんが自分で考えたの?」

「考えた、というのはちょっと違うというか……。……実際に、想像してみたんです」

「想像?」

ケイトは頷いた。それほど特別なことをしたつもりはなかった。

ただ、ケイトは、想像しただけだ。

「――この事件の犯人は、どうしてああいう行動を取ったんだろうって」