軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

その瞳に映るのは(前編)

社交界におけるボーデン男爵夫人といえば、目立ちたがり屋で有名である。

明るく社交的でちょっぴり図々しくて――そして何より自慢好き。

というわけで、コニーは今日、そんなボーデン男爵夫人ご自慢のサロンに招待されていた。

「――では、ご紹介するわね」

孔雀羽の扇子をひらひらと扇ぎながら夫人は上機嫌にそう言った。

「こちら、初めて私たちの ギ(・) ャ(・) ラ(・) リ(・) ー(・) に参加されるコンスタンス・グレイル嬢よ」

その言葉に集まった女性たちが一斉にコニーの方を見る。コニーは引き攣った顔で「こ、コンスタンスです」とだけ答えた。

ここはボーデン男爵家の大広間。夫人が今しがた『ギャラリー』と評したように、まるで美術館のように絵画や骨董品などが展示されている。どれも夫人が蒐集したご自慢の品らしい。

どうやらボーデン夫人は無類の 芸(・) 術(・) 好(・) き(・) らしく、同じように芸術を愛する人たちを集め、夫人が購入した品を披露する《貴婦人のミューズ》というサロンを定期的に開催しているのだ。

『なーにがミューズよ。なーにがギャラリーよ。絵には蜘蛛の巣が張ってたし、東方の磁器は埃をかぶってたわよ。芸術が好きなんじゃなくて、単に自慢する場を設けたいだけね』

呆れたような口調なスカーレットに、コニーはさらに表情を引き攣らせた。

ちなみに 広(・) く(・) 浅(・) く(・) が夫人のモットーなのか、この他にも観劇サロンや美食サロンなどを定期的に開催しているらしい。

それでも主催者であるボーデン夫人の紹介を受け、サロンの会員だというご婦人方が続々とコニーのもとに集まってきた。

「よろしくお願いいたします、グレイル嬢。ヘレン・ハイデンです」

「私はレイチェル・ジョーンズと申します」

「オリビエ・ラウンズですわ」

新参者が珍しいのか、その後も代わる代わる挨拶をされる。

ちなみにその度にボーデン夫人の解説が入った。

「ハイデン夫人の旦那様は貿易事業を営んでいて、海外の珍しい品を見せてくれるんですのよ。この前は墨で書かれた虎だったかしら」

「そ、そうなんですね」

「ジョーンズ夫人のご実家は王都にいくつか画廊を持っていて、夫人自身も才能のある画家の 後援(パトロン) をされているんですよ。その甲斐あって宮廷画家になられた方もいるとか」

「な、なるほど」

「ラウンズ夫人とはよく同じオークションで顔を合わせますわ。でもいつも私が落札してしまうので少し申し訳なく思っているの」

「ラウンズ夫人の目がこわいです、ボーデン男爵夫人」

もちろんすべては覚えてなどいられないが、つまり、この場にいるのはいずれも芸術に造詣が深い人たち――ということのようだ。

「ところでラウンズ夫人。最近は何か珍しいものはございました?」

「つい先日シェルゼンの《森林》を手に入れましたの」

「錫釉陶器の? かなり貴重なものではないですか!」

「たまたま伝手がございまして……。ですが、ハイデン夫人も希少品を手に入れたと聞きましたけれど」

「シェルゼンの作品と比べたらたいしたことがないのでお恥ずかしいのですけれど。ミェリヌス王の時代の翡翠の彫刻です」

「それはまさか 小宮殿(グラン=メリル・アン) の建設祝いで彫られたという……!?」

場違い感がすごい。

もともとこの場にはコニーではなく、友人であるミレーヌ・リースが招待されていたのだ。

何でも、ボーデン夫人が長い間行方がわからなかった 非(・) 常(・) に(・) 価(・) 値(・) の(・) あ(・) る(・) 美(・) 術(・) 品(・) を入手したのらしい。

ミレーヌはメイフラワー社の新人記者であり、夫人としてはあわよくば記事になれば――と思ったのだろう。しかし彼女は今、『我が生涯の天敵』と宣言して 憚(はばか) らない底意地の悪いピューリック夫人と、超人気若手舞台俳優の不倫の現場を押さえるために王都中を奔走している。そのため急遽代理としてコニーが来ることになったのだ。

「それでは皆様、お待ちかねの品ですわ」

その声とともに従者がうやうやしい所作で持ってきたのは花瓶だった。

大人が両腕で抱えるような、晩餐会用の長テーブルの中央に置かれるような大きなものだ。

全体的に霞がかったような淡い紫で色づけられていて、正面には丸くなって眠る子猫が描かれている。

興奮したように声を上げたのはハイデン夫人だった。

「まあ、これがミレの《子猫の 微睡(まどろみ) 》ですのね! なんて美しいんでしょう! 聞きしに勝る素晴らしい作品ですわ!」

「ふふ、ありがとう」

すぐにラウンズ夫人も同調する。

「本当に素晴らしいですわ。ロイヤル・ヴァイオレットシリーズ自体希少ですのに、この《子猫の微睡》はミレの最高傑作のひとつと言われているものでしょう? わたくし、以前主人の伝手でミレの陶器をいくつかオーウェン伯爵家で拝見したことがございますけれど、あのオーウェン氏の財力をもってしても《子猫の微睡》は手に入らなかったそうですわ」

ボーデン夫人の鼻が得意気に膨らんだ。

「ま、まあ、そうなのね。オーウェン伯爵と私では財力も爵位も違うからそんなことを言われても困ってしまうけれど……ただ運が良かっただけよ」

「ご謙遜を。価値ある者は持つべき人のところに渡るのですわ」

「嫌だわ、そんなこと。――でも、もしかしたらこの子猫は無骨な殿方よりも母猫のような柔らかな腕に抱かれたかったのかもしれないわね。実は私、最近美食サロンの影響で太ってしまったから」

夫人流の冗談だったらしく、笑いが起こる。

それから夫人を囲むようにして会話が弾んでいった。

(そ、そんなにすごい花瓶なんだ、これ……)

今さら輪の中に入れず蚊帳の外で呆然としていると、なぜかじいっと花瓶を見つめていたスカーレットがあっさりと肩を竦めてこう言った。

『――贋作よ、これ』

コニーはぴしりと凍りついた。

『絵に深みがないし、色の濃淡の出方も雑。釉薬も確かに光沢はあるけど全然洗練されていないじゃない。表面には見苦しい貫入も黒い斑点もあるし、どう見ても粗悪品よ。こんなことにも気がつかないなんて、骨董品蒐集が趣味だなんてよく言えたものね。まあ、周りの連中も似たようなものだけど』

得意気に花瓶の自慢をするボーデン夫人と、それを賞賛する取り巻きたちを目にしながら、聞きたくなかった、とコニーは心底思った。

『ちょっとコンスタンス、聞こえていて?』

聞こえている。聞こえているが、聞きたくない。

コニーは素知らぬ振りをして《子猫の微睡》を見つめた。丸みを帯びた紫地の花瓶。きれいだとは思うが、正直、マルタが庭の花を活けている我が家の花瓶との違いがよくわからない。

しかし、ここで偽物だと言っても夫人に恥をかかせるだけである。誰にも公表していない段階ならともかく、この口の軽そうな取り巻きたちに知られてしまえばすぐに拡散されてしまうだろう。

(そもそも証拠もないし……)

スカーレット・カスティエルが言うなら真実なのだろうが、普段から芸術に関わりがある人間ならともかく、まさか質素倹約を掲げるグレイル家の人間が骨董品を鑑定できるとは思わないだろう。

うん。やっぱり、聞こえなかったことにしよう。

密かにそう決意していると、ふいに「あの……」という声が聞こえた。

視線を向けた先にいたのは美しいブルネットの髪を持つ三十代ほどの女性だった。確かジョーンズ夫人だっただろうか。

彼女はちらりと花瓶に目をやると、ぐっ、と眉を寄せてすぐに顔を背けてしまう。

(ん?)

花瓶から視線を逸らしたまま、ジョーンズ夫人はわずかに強張った声でこう訊ねた。

「こちらは、いったいどこで手に入れられたものなのでしょうか?」

(んん……?)

先程のボーデン男爵夫人の説明によれば、ジョーンズ夫人の実家は王都にいくつか画廊を持っており、彼女自身も若い頃から新鋭画家の 後援(パトロン) をしていたという。それほど芸術と真摯に向き合っている人であれば、この花瓶が贋作ということに気づいてもおかしくはない。

さらに言えば、知識もあり、サロンの会員でもあるジョーンズ夫人の口から伝えるのであればそこまで角が立たないだろう。

そこから先は詐欺として憲兵に通報するも、相手側に訴訟を起こすも、ボーデン夫人の選択である。

ひとまずこの件には巻き込まれずにすみそうで、コニーはほっと胸を撫で下ろした。

これでも一応、厄介事を引き寄せる体質だという自覚はあるのだ。けれど、とりあえず今回はうまく面倒ごとを避けられたようだった。

そう、思っていたのだが――

ボーデン夫人はジョーンズ夫人の問いかけに談笑をやめると、なぜかコニーに向かって意味ありげなウインクをひとつ寄越した。

(んんん?)

それから、非常に晴れやかな笑顔を浮かべてこう言ったのだ。

「――ブロンソン商会ですわ」

アナスタシア通りの一等地。そこに堂々と店を構える元婚約者の商会にひょっこりと顔を出せば、従業員たちからまるで死神にでも遭遇したような反応をされ、コニーはそのまますぐに特別室へと通された。

けっきょくあれからジョーンズ夫人はボーデン男爵夫人に花瓶が贋作だとは伝えなかった。コニーの早合点で実際は贋作だと気づいていなかったのかもしれないが、その後も顔色は悪いままで、最終的に「急用を思い出した」と言って帰ってしまったのだ。

そのことを、どう捉えるべきか。

偶然か、それとも――

用意された高級茶を飲んで待っていると、すぐにばたばたと慌ただしい音がする。

「ま、待たせてすまない――」

短く刈り上げた髪に、何の装飾品もない地味な装い。それでも最後に会った時よりも少しだけ大人びた印象の青年。

「ううん。突然来ちゃってごめんね、ニール」

そう言うと、ニール・ブロンソンは何とも言えない表情になった。

「いや、その……君が先触れもなしに来るということは、何か急を要する事態があったということだろう?」

ブロンソン商会など放っておけ、と言ったのはスカーレットだ。あの男はもう婚約者でも何でもないただの下僕なのだからと。

(いや下僕じゃないからね――って、そうじゃなくて)

確かにニールとは 色(・) 々(・) あったが、今は比較的いい距離感を保てていると思っている。

それに、コニーが処刑されそうになった時も奔走してくれたのだと聞いた。

そんな相手を見捨てるのはやはり誠実ではないと思うのだ。

そう伝えればスカーレットは「けっ」と嫌そうな顔をしたが、それ以上何も言わなかった。

どこか緊張した面持ちのニールに、コニーは神妙な表情で頷くと、「実は……」と切り出した。

「――ミレ製陶所のロイヤル・ヴァイオレットシリーズの花瓶?」

ぱちくりとニールが瞳を瞬かせる。

「そう。ブロンソン商会がボーデン男爵夫人に売った《子猫の微睡》についての詳細が知りたいの。その、たとえば鑑定書の写しとか……」

言いながら、ちらりとニールの様子を窺う。

ニールは驚くでも怒るでもなく、どう反応したらいいのかわからない――という表情で固まっていた。その事実にコニーは少し安堵する。疑っていたわけではないが、悪事がばれて焦っているような雰囲気ではなかったからだ。

「ええと、こんなこと急に言われても困るよね。いや、あのね、たぶん何か手違いがあっただけだと思うんだけどね。でも、たぶん、これはすぐに対応した方が――」

「コンスタンス」

どこか躊躇いがちにニールが声を発する。

「 う(・) ち(・) じ(・) ゃ(・) な(・) い(・) 」

「――え?」

コニーは思わず聞き返していた。

「何があったのかはわからないが、うちじゃない。というより、売れるわけがないんだ。だってそもそも――」

ニール・ブロンソンはひどく真面目な表情を浮かべるとこう言った。

「―― ブロンソン商会(うち) は、《子猫の微睡》を所有したことがないんだから」