軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

「――以上が、西ノルド地区で発見された身元不明遺体の報告になります」

腰まで届く無造作なひっつめ髪に、化粧っ気のないきつい顔立ち。さらに 縁(ふち) のない眼鏡をかけ、まっさらな白衣に身を包んだモリー・ワイズは、無表情のままそう告げた。

優秀な分析官である彼女の報告によれば、死んだ男の身体には、【 暁の鶏(ダェグ・ガルス) 】のもの以外にも無数の入れ墨があったという。それらはいずれも反社会的組織の一員であることを示す 象徴(シンボル) だった。ランドルフが確認した限りでも、北の蛮族の無法集団や、ソルディタ共和国の闇組織、さらには遠く離れた東方の暗部のものまである。

「まるで工作員だな」

検視結果に目を通しながら、ランドルフは呟いた。

否、十中八九そうなのだろう。問題は、どこの国の手の者か――ということだ。

そこに、カイル・ヒューズが外回りから帰ってきた。

「――見つけたぞ」

言いながら、ばさばさっとランドルフの目の前に書類を落とす。

「予想通りだ。中央諜報機関の人間だと思われる奴らが商人や観光客に紛れ込んで入国してる」

そして、そのままどさっと近くの椅子に腰かけた。

「で、遺体の方は?」

「断定はできないが、おそらく、モーシェ・バルシャイの言っていた諜報員で間違いないだろう」

「【 暁の鶏(ダェグ・ガルス) 】に潜り込んでたってやつか?」

「可能性は高いな」

「あちゃー。で、あのおっさんはそのこと知ってんの?」

「いや、まだだろう。少なくともクリシュナと面会した際はそんな素振りはなかった」

ただ、それも時間の問題ではあるだろう。モーシェ・バルシャイがこの国を訪れた理由は殺害された諜報員と無関係ではないはずだ。とすれば定期的な連絡を取っていることは想像に難くなく、それが一方的に途絶えれば否が応でも何かあったのだと気づく。

そこで、ランドルフはふと思い出して顔を上げた。

「そう言えば、中央諜報機関の人間は 認識票(ドッグタグ) を持っていたはずだ。モリー、被害者の持ちものは?」

「確認済みですが、該当するようなものは何も」

「そうか……」

眉を寄せれば、カイルがぽつりと声を落とした。

「そういや、被害者の手のひらに何か握ってた痕があったって言ってたな」

それからランドルフに視線を向ける。

「その 認識票(ドッグタグ) ってどんなやつだ? 首からぶら下げるやつ?」

「そうだ。そこまで大きくはない。銀製で長方形の――ああ、なるほど」

つまり、被害者の手から無理矢理奪われたものは、その 認(・) 識(・) 票(・) だったのだろう。

「あれには、確か識別用の個人番号と彼らの標語が刻印されていたはずだ」

「 標語(モットー) ?」

「あちらの聖典の一節だったと思う。 死(・) を(・) 記(・) 憶(・) せ(・) よ(・) 、と」

その時、モリーがぽつりと声を漏らした。

「――同じ穴の貉ですね」

するとカイルがぎょっとしたように目を見開く。まるで幽霊にでも遭遇したかのように顔を強張らせると、呆然とした様子で呟いた。「じょ、女史が遺体の所見以外のことをしゃべった……?」

ランドルフは動揺するカイルを無視して白衣の女性に向き直った。

「どういうことだ、モリー」

「致命傷となった首の傷ですが、珍しい切り口でしたので過去の事件で似たものがないか調べてみたんです」

彼女は淡々とした口調で手元の資料を確認していく。色素の薄い瞳が無感動に動いた。しばらくすると、頁を捲る手がとまる。

そこには、数年前に起きた殺人事件の詳細が記されていた。

「三年前のセイムス伯爵殺害に使われた凶器と酷似していました。刃先が鉤状になっているナイフ――これは中央諜報機関の支給品であることがわかっています」

セイムス伯爵殺害事件――実行犯はイヴリー・コーエンだとされながら、最終的に証拠不十分で逮捕できなかった事件だ。

「状況的に今回の事件は潜入された【 暁の鶏(ダェグ・ガルス) 】側の犯行だと考えるのが自然でしょう。けれど、使われた凶器は中央諜報機関のものだった」

「……攪乱目的でなければ、東シュキタルに【 暁の鶏(ダェグ・ガルス) 】の手の者がいるということか」

「はい。最初から工作員だったのか、それとも途中で祖国を裏切ることにしたのかはわかりませんが」

「蓋を開けてみたら、お互いに鼠が紛れ込んでいたと」

となれば、もう一度関係者を洗い直す必要があるだろう。ランドルフはわずかに目を細めた。

「――ヒューズ准尉」

その時、モリーが感情のこもらない口調でカイルの名を呼んだ。

「ご期待に沿えず申し訳ありませんでした」

「は……?」

急な謝罪を受けた当人は、まるで豆鉄砲でも食らったような表情のまま目を瞬かせた。モリーが何でもないことのようにさらりと告げる。

「せっかく驚いて頂きましたのに、けっきょく遺体に関する話でしたので」

「い、いや、その……」

女性相手だというのに、カイルは珍しく顔を盛大に引き攣らせたまま言葉を濁した。

ランドルフは顎に指をあてると今後取るべき対応を考えた。バルシャイたちが何を企んでいるのかわからない以上、一番手っ取り早いのはカイルが見つけてきた中央諜報機関の人間たちを一時的に拘束することだ。けれど厄介なことに――彼らの身分はれっきとした公務員である。入国手続きも問題なく通過している以上、強引な手段は取れないだろう。

内心頭を抱えていると、そこにデュラン・ベレスフォードがやってきた。

「なんだ、辛気臭い面だな」

デュランはランドルフと目が合うと意地悪く笑った。

「まあ、何に悩んでるかは予想がつく。砂漠の犬どもの件だろう?」

「……ええ」

打開策がないわけではないが、難点は時間と手間がかかり過ぎることだ。

「実は今、そのことで古い友人と世間話をしてきたとこだ」

「……は?」

突拍子のない発言にランドルフは面食らう。

「高くついたが何とかしてくれるとさ。まったく、女は怖えな」

そう言うとデュランはまた豪快に笑い、そのまま立ち去って行った。

「……なんだありゃ」

カイルが不思議そうに首を傾げる。ランドルフは「さあな」と答えると、そっと声を潜めた。

「――それで、 エ(・) リ(・) ・ レ(・) ヴ(・) ィ(・) については?」

返ってきたのは、どことなく歯切れの悪い言葉だ。

「ええと、なんつーか、怪しいけど、怪しくない、みたいな」

「どういうことだ?」

「少なくとも、中央特務機関の人間じゃない」

「……なら、傭兵か?」

エリ・レヴィ。本人は東シュキタルの商人だと言っていたが、倒れていた状況はもちろん、言動にも行動にも不審な点が多い。

それに事件のあった酒場から怪我をした青年が逃げるのを目撃した――という証言もある。

なぜかコンスタンスと親しいようだが――

そこまで考えるとランドルフは首を振った。捜査に私情を挟むのはよくないだろう。

「うーん。東シュキタルの情報は調べ尽したけど、エリ・レヴィという男は引っかからなかったんだよなあ。何の変哲もない商人だ。入国手続きも滞りなく済んでいる。でも、そもそもそれが不思議だと思わないか? この催事展は東の主導だ。直接的にせよ、間接的にせよ、招かれた商人たちは何らかの形で上層部との関わりがあるはずなんだ。けれど、この男にはそれがない。とすれば、全くの善人か――」

続く言葉をランドルフが引き取った。

「もしくは、調べるべき前提が違っているのか」

「クッキーはどう?」

ここ数日ですっかり顔馴染みになった少年が、バルシャイにお決まりの台詞を話しかけてくる。

もちろんバルシャイの返事も決まっていた。

「アニスが入ったものは?」

そう問いかければ、少年は申し訳なさそうに眉尻を下げる。

「……今日もないんだ。ごめんね、おじさん」

「いや、君のせいじゃない。また適当にくれるかい?」

バルシャイは慰めるようにそう言うと、銅貨を手渡した。

――噴水が陽の光を受けてきらきらと輝く飛沫を上げている。広場のベンチに腰かけたバルシャイは買ったばかりのクッキーを齧りながらその光景を眺めていた。

しばらくすると、ひとりの男が音もなく近づいてきてその隣に腰掛ける。

「あなたの言う通り、同胞たちに命じて噂の種を撒いておきましたよ」

低い声で告げたのはイヴリー・コーエンだ。

「シラ・ナバムの《砂漠の薔薇》がこの国にある、とね。けれど、何のためこんなことを? 肝心の親書の行方は?」

「連絡待ちだ。それに、前にも言っただろう? 鼠を炙り出すのが先だと。あれがここにあると知れば、敵は必ず動きを見せるはずだ」

「……議長を殺害したのは【 暁の鶏(ダェグ・ガルス) 】の仕業だったのでは?」

「いつだって彼らは雇われている だ(・) け(・) なのだよ、イヴリー。だから滅びない。おそらく背後にいるのは反和平派だ。そして、親書の情報が漏れていた以上、裏切者は和平派――我々の中にいる」

バルシャイは顎の下で両手を組むと低く笑った。

「さて――いったい何が引っかかるやら」