軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

ウォルター・ロビンソンは困惑していた。

「指定された迎えの場所に客人の姿がない」と御者から報告を受け、慌てて付近を捜索すれば、真っ青になった子爵令嬢と、血を流したままぴくりとも動かない青年、それとなぜか――つぶらな瞳の 砂(・) 漠(・) 狐(・) を見つけたからである。

少女に怪我がないようで何よりだったが――何だろう、この状況は。

ぽりぽりと頬を掻いていると、コンスタンス・グレイルがウォルターに気づいて、はっとしたように声を上げた。

「た、助けてください!」

「ええと……」

ウォルターは戸惑いながら倒れている青年を見た。出血はしているが致命傷ではない。

「それはまだ息があるから完全に始末するという――」

「ちがっ、逆! このひと怪我してるみたいなので早く治療をっ……!」

「わかってます、冗談です」

もちろん状況はまったくわからなかったが、まあいいかと青年を担いで馬車へと向かう。ウォルター・ロビンソンは義理堅い男なのだ。このどこか抜けている少女はアビゲイルを救ってくれた恩人でもある。恩人の頼みを断るという選択肢はウォルターの辞書にはない。

だから青年を荷台に放り込むと、そのまま自分も馬車に乗り込み、御者に行先の変更を告げた。

「ここから一番近い私の支店へ」

「――銃創ですね」

ウォルターとは長いつき合いだという初老の医師は、傷を負った青年の手当てを終えるとそう言った。

「まあ、命に別状はないでしょう」

その言葉を聞いて、コニーはほっと胸を撫で下ろす。

出血の割に傷は浅かったようで、薬が効いているのか、ひどかった顔色も今はだいぶ落ち着いてきている。

「商人さん、でしょうか」

褐色の肌に異国の装束。そして、その外貌は広場にいた商人たちと酷似していた。

「可能性は高いですね」

言いながらも、ウォルターは何かを考え込んでいるようだった。コニーは首を傾け、それから「あ」と声を上げる。

「そういえば、砂漠狐は?」

「一緒にしているとひどく興奮するので……」

治療の邪魔になりそうだったので別室に移したという。

コニーは寝台で眠る青年を見下ろした。まだ若い。二十代だろうか。目を閉じていても彫りの深さがわかる。髪は黄金で、猫の毛のように柔らかそうだ。

と、その時、青年の睫毛が小さくふるえた。そのまま、ゆっくりと瞼が開かれる。

(あ、きれい)

きらきらと輝く瞳は、陽光を受けて反射する砂漠の丘陵にどこか似ていた。

青年がゆっくりと視線を動かした。頭がうまく働かないのか、わずかに顔を顰めながら口を開く。

「……ここ、は」

「私の店だよ。商いをしていてね。君も商人かな?」

ウォルターは人の好い笑みを浮かべながらそう問いかけた。青年はどこかぼんやりとした表情のまま肯定する。

「ああ……昨晩入国したばかりだ。今日の催事展に参加する予定で……」

「怪我をして倒れていたようだが、何があった?」

「……悪い、さっきから思い出そうとしてるんだけど……」

どうやら覚えていないようだった。そのまま低く呻いてしまった青年に代わって医者が答える。

「おそらく襲われたショックで記憶が混乱しているのでしょう」

「なるほど。どうすれば戻る?」

ウォルターがまるで明日の天気でも確認するような気安い口調で訊ねた。

「それは状況によるとしか……というより、あなた、まさか怪我人に無理をさせようなんて思っていないでしょうね? しばらくは絶対安静ですよ」

するとウォルターは軽く肩を竦めてそっぽを向いた。悪びれない態度に医者が目くじらを立てる。

その時、タイミングよく部屋の扉が開いた。事務員の女性が水差しを乗せた盆を持って入ってきたのだ。そして、女性の足元を飛び越えるように小さな影が走り抜ける。

コニーは思わず「あっ」と声を上げた。

それは、例の砂漠狐だったのだ。このすばしっこい動物は寝台まで一気に駆け上ると、勢いよく青年の胸へと飛び込んでいく。

突然の衝撃に青年がぶほっと咳き込んだ。

「っ、…… ク(・) ゥ(・) ?」

息を整えていた青年が呆けたような声を出す。クゥ、と呼ばれた生き物は嬉しそうにすりすりと青年にその小さな身体を擦りつけていた。なにそれかわいい。

コニーが静かに悶絶していると、ウォルターが「ああ、そうだ」と懐から手のひらほどの化粧箱を取り出した。

ぱちんという 発条(ばね) の音ともに蓋が開く。綿入れの中央部分に宝石のついた指輪が鎮座していた。

神々しく光輝くそれは、もしやダイアモンドではなかろうか。

「起き抜けで申し訳ないんだが、ちょうどシュキタルの商人から仕入れたばかりでね。どのくらいの値をつけたらいいかと悩んでいたところなんだ。参考までに教えてくれないか?」

ウォルターはにこやかな笑みを浮かべながら青年に化粧箱を手渡した。

青年はどこかぼんやりとした表情のまま、一緒に寄越された鹿革の布を使って、そうっと指輪を摘まみ上げる。

「……傷もないし、銀貨数枚が妥当じゃないか」

まだ体調が万全ではないのか、その答えには覇気がない。ウォルターは怪訝そうに眉を寄せた。

「おいおい、ダイアモンドだぞ。せめて金貨じゃないのか?」

「本物ならね」

そこでようやく青年の意識が戻ってきたようだった。先程よりか幾分かはっきりした口調で告げる。

「でも、これはデザート・ダイアモンドだろう? シュキタルの特産品で、確かに美しいし硬度もそこそこあるけど、ダイアモンドには及ばない半貴石だ」

そして、どこか含みのある笑みを浮かべながら首を傾げた。

「それで―― 試(・) 験(・) は合格?」

ウォルターは瞬きひとつせずに、ゆっくりと青年を見下ろした。それから、わずかに口角を持ち上げる。

「――何の話だ?」

そうして心底不思議そうに口を開けば、いやだなあ、と青年が笑う。

「どうせ最初っから気づいてたんだろ、これが本物のダイアモンドじゃないって。ちょうどいいから俺のこと試したんじゃないの?」

「試す? 何のために?」

「うーん。たとえば、俺が本当にシュキタルの商人かどうか、とか」

寸の間、沈黙が落ちる。

けれど、すぐに朗らかな声が静寂を破った。

「それはなかなか興味深い主張だが――どうして、私がそんなことを?」

青年はあっさりと肩を竦めた。

「そりゃあ、あんたが ウ(・) ォ(・) ル(・) タ(・) ー(・) ・ ロ(・) ビ(・) ン(・) ソ(・) ン(・) だからさ」

「――まだ名乗った記憶はないんだが、よく知っているな」

その言葉にも青年は動じなかった。

「そりゃあ、この国で稼ごうっていう商人であんたの顔を知らないやつがいたらモグリだろ」

「なるほど。……ところで、恩に着せるつもりはないが私はまだ君の名前も知らないんだが」

すると青年は瞳を瞬かせ、「確かにそうだな」と小さく呟く。それから、わずかに棘のあった雰囲気を一転させてへらりと笑った。

「――エリ・レヴィ」

砂漠狐が凄まじい形相で毛を逆立てている。ほんの少し前まであんなに愛くるしかったというのにこれは一体全体どういうことだ。コニーはただちょっと――そう、ほんのちょっとだけ、そのふわふわな毛並みを撫でようとしただけではないか。

恨みがましい気持ちで天使をじいっと見つめる。すると何故か呪詛のような唸り声が聞こえてきたので、コニーは引き攣った微笑みを浮かべながらそっと後ろに下がった。

「あー、あんた」

がっくりと肩を落としていると、やや間延びした声を掛けられる。

「なんだっけ、名前」

「……コンスタンスです。コンスタンス・グレイル」

「そう、それだ」

ぱちん、と指が鳴る。まるで今思い出したと言わんばかりの態度だが、特に挨拶を交わした記憶はないので知らなくても当然だろう。

先程エリ・レヴィと名乗った青年は、寝台の上で胡坐を掻きながらにっと口の端を吊り上げた。

「あんたが助けてくれたんだってな。礼を言わせてくれ」

「あ、いえ、私はただの第一発見者というか。実際ここまで運んでくれたのもお医者様を呼んでくれたのもウォルターさんですのでお礼はあの方に」

「あ、そう、なんだ……」

微妙な間が落ちる。コニーは耐え切れずに口を開いた。

「え、えーと、怪我は痛みますか?」

「そこまでじゃないかな。麻酔が効いてるし。とっとと商隊に戻りたいんだけど、ウォルター・ロビンソンがしばらくここにいろって」

こっちでの営業許可証も取り上げられちゃってさー、と軽い口調で話すエリに、「それはもしやめっちゃ怪しまれてるのでは?」と思ったものの、コニーは口を閉ざしておいた。

するとスカーレットが珍しく微妙そうな声を上げる。

『……黙っていればそれなりなのに、喋ると残念な男ねえ』

そう言われて初めてコニーは目の前の青年をまじまじと見つめた。

なるほど、確かにエリ・レヴィは整った顔立ちをしていた。カイル・ヒューズが王子様然とした華やかな美貌だとすれば、エリには野性的な魅力がある。褐色の肌に、均整のとれた体つき。そして、真昼の砂漠を思わせる薄い象牙色の瞳――

まあ、コニーにとって一番のイケメンはランドルフで二番から下などないのだから全く以って関係ないのだが。

ふと視線を向ければ、砂漠狐――クゥというらしい――がエリ・レヴィに腹のやわらかい部分を撫でられてごろごろと咽喉を鳴らしていた。なにそれかわいい。コニーとしては耳の大きなあの子の方がエリよりもよほど魅力的である。機嫌の良い今ならいけるかも知れない。そう思って忍び足で近づけば途端にキシャアアアアアアと歯を剝き出しにして威嚇された。げせぬ。

呆然と立ち尽くしていると、「悪いな」と場違いに明るい声が掛けられた。

「気が小さいんだよ、こいつ」

「いやたぶん違うと思う」