作品タイトル不明
第356話 ファンタジー格闘術
久遠の目が変わった。つうか、彼女の雰囲気が丸っと変わった。さっきまでも真剣に戦っていたとは思うけど、今の久遠は完全に 本気(マジ) になっていると、遠巻きにも分かる変化だ。ポワワンとした温和な目、その瞳孔が開いて目の色が闇に染まっていて、声色も感情のないものへと変貌。前後での落差があり過ぎて、一瞬二重人格なのかと疑ってしまったくらいだ。
そんな久遠の変化を間近で目にしていたセラも、ほんの一瞬ではあったものの、驚きの色が顔に出ていた。戦いに支障が出ない程度の、ほんの一瞬の事である。が、久遠はその一瞬を突いて、全力で後退を開始した。もちろん、セラは直ぐにその後を追ったが、僅かな差を埋めるには至らない。それまで死の間合いを維持していた位置取りが、ここにきて瓦解したのだ。そして、この僅かに開いた間合いは、この先、更に開いていく事になる。
「くうっ!?」
変貌するのと同時に久遠が口にした技の名、『 千手拳(せんじゅけん) 』。それがこの時になってセラに飛来したんだ。
「な、何だ、それは……!?」
「知らないのん、ケルヴィンちゃん!?」
「ああ、知らない…… あんな技、俺と戦った時には叩き込んでくれなかったぞ……! 何でッ!?」
「ケ、ケルヴィンちゃん……」
二人の間に生まれた僅かな空間、その間を埋めるようにして、いや、そんな二人の周囲の空間をも埋めるようにして、数え切れないほどの魔力の塊が生成されていた。それらが一斉にセラへと叩き込まれ、新たに生成され、また叩き込まれ――― と、そんな物量の権化とも呼べる攻撃を開始。これでは常に全方向から壁が迫って来ているようなものである。流石のセラもこの状況に久遠の後を追うのを諦め、防戦に徹する事にしたようだ。
魔力の塊の一つ一つは、精々が拳大ほどの大きさだ。恐らく、というか十中八九、これらはベクタによって作られた運動エネルギーなんだろう。これまでは生成すると同時に着弾していたから、実物に観察するのは、これが初となる。尤も運動エネルギーの塊である為、無色透明な事に変わりはないのだが。
ざっと見た感じ、セラを取り巻くあれらは攻撃と生成を繰り返して、一定の数を維持している。 無邪気たる血戦妃(クリムゾンアストレイア) でどれだけ解除しても、その勢いが衰える様子はない。『千手拳』って技名を素直に受け取るとすれば、常に千の拳を維持しているのだろうか。『連山陣』の密度を更に濃くした上位互換、なんだと思う。 ……おい、何でその技を俺の時に使わなかった? 戦いが終わったら厳しく問い質すからな?
しかし、ゼロ距離でベクタを生成している分は兎も角として、わざわざ距離を置いている分も生成している意味は…… ああ、なるほど。勘の良過ぎるセラに、視覚的にも攻撃を晒す為か。即着弾攻撃と時間差の着弾攻撃、これを全方向に弾幕の如く張り巡らせる事で、攻撃の察知を麻痺させる目的があると見た。どんなに激しい広範囲魔法を繰り出そうとも、それがベクトによる攻撃であれば無効化はできる。が、その弾幕の中に別のもの、例えば投擲物なんかが交じったら、かなり厄介な事になるからな。下手に久遠を追わず、足を止めた選択は正解だろう。
「………」
距離を取った久遠が、ジッとセラの様子を窺っている。但し、それもほんの少しの間の事で、彼女は直ぐに次の行動へと移っていた。
「地殻返し」
そう、その場で蹴り上げたのだ。一体何を? うん、地面を。
―――ドドドドガァァァァン!
俺の目にはそれがただの蹴り上げにしか見えなかったが、どんなファンタジー格闘技を使ったのか、その久遠の蹴り上げと同時に辺り一帯の地面、いや、結界内の荒野全てが砕かれ、大きく空を舞った。ああ、俺のS級緑魔法【 全土崩壊(サブサイデンスクエイク) 】を何の配慮もなしに使ったら、多分こうなるんだろうなぁ。という率直の感想。 ……いや、S級魔法規模の損害を、蹴り上げで出すんじゃねぇよ。
「溜まんねぇな。弾幕中の異物混入を警戒していたら、足元から攻撃が来るんだもん。本当に格闘技なのか、アレ?」
「正道ではないけどぉ、そういう技もあるわん。こっそりと手に握った土、或いは戦いの最中で流れた血を利用して、目潰しを狙ったりねん。アレはその系統の最上位技と呼べそうねぇ」
「そ、そうか……?」
絶対目潰しってレベルの技じゃないと思う。けど、目隠しになっている事には違いないか。これでセラはベクタの弾幕の上に、土砂のカーテンで視界を完全に塞がれてしまった。
「やっている事は派手だけどぉ、大地が爆発したに過ぎないわん。セラちゃんの事だからぁ、ダメージを受けたとしても、何とか耐えていると思うのぉ。そ・れ・よ・り・もぉ~~~…… ジッと観察されちゃったわねん」
「ああ、されちゃったな」
これも予想になるが、久遠はこの戦いが始まるその時まで、セラの能力を知らない状態だったんだろう。一応は共闘している(?)アダムスの配下、イザベルのみはセラの力を知っているが、俺が余計な事は話すなと『 鷲掴む風凪(ハートカーム) 』で情報を秘匿させているから、そこから漏れる心配はない。久遠が独自に調査すれば話は別だろうが…… 何となく、彼女はそんな事をしない気がするんだよな。どことなく、俺と同じで戦闘を楽しむタイプだと、理知的な戦闘狂の勘が言っている。これ、たま~に当たるんだよ。
まあ、そんな訳で事前情報なしで戦いに挑んだと想定。だからこそ、なぜセラにベクタが効かないのか、久遠は不思議に思っていた。で、何度か間近で確認した後、千手拳を使用して完全なる見に回り――― 防御の際、セラがうっすらとオーラの膜を纏っているのを視認。それまで省エネモードで上手く隠しながら使っていたセラも、あの弾幕ともなれば常時使用しない訳にはいかないからな。まず間違いなく、その存在を知られてしまった。久遠自身に影響はないが、あの赤い膜は少なくとも魔法を無力化できると、そう認識した事だろう。
「これからはベクタを攻撃の軸とした戦法から、別の戦い方に切り替えてくるんじゃないか? 俺との模擬戦から推察するに、残る手はファンタジー格闘技の直接行使くらいだと思うんだが……」
「となると~…… この視界の悪い中で気配を消してぇ、セラちゃんに近づく算段かしらん?」
「ああ、その可能性が高い――― ん?」
あれ? 久遠の奴、真っ黒な何かを両手に持っていないか? 形状から察するに――― 手裏剣!?
「ベ式ドッガン手裏剣」
そう言って久遠が放った手裏剣は、驚くべき速度でセラの下へと迫って行った。投げた時の音がシュッ、とかじゃない。もうドリルみたいにギュインギュイン鳴ってんの。何それ、本当に投擲した時の音なのか? あと、そのネーミングセンス、どこかで耳にしたような……?
と、兎も角だ、手裏剣は宙に舞う大地を豆腐みたいに切り裂きながら、衰える事なくセラの下へと向かう。手の平レベルの手裏剣である為に、見た目としてのサイズ感や圧迫感はそうでもないが、前述の通りこの手裏剣、何かがおかしい。絶対に触れてはいけないような、そんな危険な気配がするんだ。
「目隠しとは洒落臭いわねッ!」
翼を広げたセラが真上に飛び、舞い上がった大地の中から抜け出す。よし、手裏剣の軌道から逸れた! ギリギリだったが、これで危機からは脱した!
「ドッガン棒」
と、そんな思ってもいない事を夢描いたのも束の間、空へと脱したセラの頭上には、いつの間に移動していたのか、漆黒の棒を振りかぶった久遠の姿があった。しかも、躱した筈の二つの手裏剣も軌道を変え、セラの後を追って来ていて――― だよなぁ、そんな甘い攻撃をする筈ないもんなぁ。