作品タイトル不明
第271話 尊い犠牲
「マスター! マスター!」
そうだ、そうだった。トラージの冒険者ギルドには、ギルド長を務めているスズが居たんだった。戦いがひと段落したから、トラージに戻って仕事を再開するって言っていたもんな。ギルドを訪れたら、そりゃあ百パーセント会うに決まっている。で、俺の右腕はすっかりホールドされてしまった。困ったな、嬉しそうにじゃれついているから、振り解くに振り解けないぞ。
「聞いたぞ? エフィルが無事に出産を終えたとな。それはそれは素晴らしい慶事じゃな。どれ、妾が出産祝いに特別なものを送るとしよう。何、礼は不要じゃ。妾とケルヴィンの仲ではないか。遠慮するでない」
そして、こちらは説明不要のツバキ様。トラージと言えばこの人! というレベルで名前の挙がる王様だが、どうしてこんな街中に居るんですかね? んでもって、いつも通り多少強引でも恩を売ろうとしてくる。で、俺の左腕はすっかりホールドされてしまった。困ったな、これを無理に振り解いたら、後々面倒な事になりそうだぞ……
「え、ケルヴィン君、奥さん以外にもお付き合いしている人が居るの? いや~、おばさん、老婆心ながら浮気はいけないと思うなぁ。特に昨今は、そういうコンプラが重要視されてきてるし……」
「そこ、勘違いしない! スズは弟子で、ツバキ様は人材マニアなだけだから!」
「はい! スズはマスターの弟子です!」
「待て待て、そのような説明では納得できないぞ。好き好んだ相手にしかアタックをかけんからな、妾は」
満足そうなスズとは裏腹に、ツバキ様は不服そうだ。そうは言ってもツバキ様、その好き好む確率がめっちゃ高いし。シルヴィアとエマとグラハムにも声を掛けているの、俺知ってるし。何なら、セルジュも対象になっていなかったっけ?
「して、ケルヴィンよ。そちらの艶やかな黒髪の者は? トラージの者に似た容姿をしているが、はて、見覚えのない顔だ。そして、非常に愛くるしい顔をしている。 斯様(かよう) にも目立つ存在であれば、妾が知らない筈もないのじゃが……」
「私も御会いした記憶がないですね」
「え、スズもか?」
「え? あ、はい、そうですけど?」
いや、それはおかしいだろ。 白翼の地(イスラヘブン) での戦いの時、スズはパウル達と一緒に 聖杭(ステーク) で居残り組をしていた筈。なら、そこから久遠の姿も目にして――― あ、いや、違うわ。そういやその時のスズ達、あの場には居なかったわ。アダムスが復活する際に 聖杭(ステーク) が起動して、大移動に巻き込まれたんだった。
後に自力で帰って来たけど、最終的には見た事もない場所に飛ばされたって言っていたもんな…… パウルの『位置特定』が帰る目印になって良かったと、あの時は笑いながら話してくれたっけ。半ば遭難に近い状態から、よく帰還してくれたもんだよ。
「えへへ、愛くるしいって言われちゃったよ、ケルヴィンく~ん。おばさん、アラフォーなのに~」
「あらふぉー? それはどういう意味じゃ?」
「ああ、ええとですね―――」
これ以上憶測で話してもらっては面倒なので、双方について纏めて紹介する。もちろん、久遠が異世界の住人だとか、そういったややこしい情報は抜きにしてだが。久遠、強い人。ツバキ様、偉い人。スズ、仕事一杯苦労人――― 俺は頑張って説明した。
「ほう、あのケルヴィンが目を掛けるほどの実力者なのか? それは興味深いのう」
「また微妙な言い方をしないでくださいよ、ツバキ様…… まあ興味関心があるって意味では、俺も同意なんですけど」
「マスターと渡り合えるほどの猛者……! それに、その容姿で私のお母さん世代の年齢……!?」
「嬉しい事に、よく娘の姉妹だと間違えられるんだよね~」
「まあ進化を経てしまえば、エルフのように寿命が延びるからのう。スズよ、お主も既に進化を果たしておるのだろう? ならば、そう珍しい事でもあるまい。いや、本来は相当に珍しい現象ではあるのじゃが」
「あっ、それもそうでしたね!」
すんません。その人進化云々関係なく、天然でその見た目なんですよ。と、これについても話したら長くなりそうなので、秘密にしておく。既に興味津々なツバキ様が、更に興味を持ってしまう事請け合いだし。
「ところでさ…… ん~、君、良い体しているね~? 細く見えるけど、よ~く鍛える体だ。筋肉の付き方からして、私と同じ格闘術の使い手かな? あ、でも手の平を見るに、棍とかも使うの? それも親近感湧いちゃうな~」
「あっ、えっ、えっ?」
っと、今度は久遠がスズに興味を持って、体をべたべたと触り始めてしまった。早くアダムス達を見つけておきたいし、長居は無用かな。
「はいはい、同性でも勝手に体を触っちゃ駄目だっての」
「わ~ん、引き離さないで~」
駄目です。引き離します。そして離脱を試みます。
「ツバキ様、そろそろ俺達はお暇したいと思います。実はこの後、人と――― いえ、人じゃないかもしれませんが、兎に角その者達と会う約束をしていまして」
「ふむ、そうなのか? ならば仕方あるまい、妾も共に行こうではないか!」
「……え? あ、いや、それはちょっと」
「遠慮するな遠慮するな。ケルヴィンの友は妾の友、要するに魂の友と同義じゃ」
それ、要は自分にも紹介しろって事ですか?
「そ、そうは言ってもですね、ご自分の立場を分かってくださいよ。ほら、今は護衛の人達も居ないようですし」
「ふっ、甘いのう。護衛ならば、ほれ」
そう言って、優雅に手を叩くツバキ様。
「ん、呼んだ?」
すると近くにあった茶屋の中から、ひょっこりとシルヴィアが顔を出した。ええっ……
「……色々とツッコみどころはあるけど、取り合えずはなるほど、と言うべきなんですかね」
「うむ。現在我が国の客将として招いている、『氷姫』のシルヴィアじゃ。ケルヴィンはもちろん知っておるじゃろう? 護衛として、これ以上の人材は居まいて!」
「な、なるほど、道理でツバキ様と街中でエンカウントする訳です。シルヴィア、この前は神柱の捕獲依頼を受けてくれて、ありがとな。本当に助かったよ」
「ん、セルジュが手伝ってくれたから、思ったよりも難しい依頼じゃなかった。ズルズル」
無表情のまま、うどんらしき麺をすするシルヴィア。護衛としての実力は俺も認めるところだけど、護衛中に飯を食うんじゃないと。 ……ん? おかしいな。いつもであれば、そろそろエマの常識的なツッコミが飛んで来そうなものだが、一向に飛んで来る気配がない。
「なあ、エマは一緒じゃないのか?」
「別行動中。今は唐突にやって来た変な奴らの見張り役をしてる」
「変な奴ら? あー……」
変な奴らと言うと、十中八九、マリアとアダムスの事だろう。まあ敵意がないといえ、アレらを野放しにしておく訳にはいかないからな。当然と言えば当然か。
「じゃ、その変な奴の監視は俺が引き継ごうかね。ツバキ様、そんな感じでひょっとしたら危険かもなので、同行するのは止めておいた方が良いと思うのですが」
「何じゃ、ケルヴィンの約束の相手はそ奴らじゃったのか? そして、ケルヴィンが危険視するほどの者でもあると。ふむ…… フッ、ならば尚更じゃ。その領域の者が相手ならば、城に居ようが最早関係なかろう。むしろ、ケルヴィンやシルヴィアと共に居た方が、安全と言うものよ。と言う訳で、妾も連れて行くがいい!」
「あっ、はい……」
尤もらしい理由を付けられてしまった。こうなったツバキ様は意地でも付いて来るだろうし、ツバキ様の仰る通り、もう素直に同行してもらった方が安パイか。
「マスター、では私も一緒に―――」
「―――ギルド長、こんなところに何をなさっているのです? まだ書類仕事が終わっていませんよ? ええ、まだまだありますとも」
「あ、ちょ、今はそんな書類よりも、優先すべき大事な事がッ! マ、マスター! マスターぁぁぁ
―――」
「「「「………」」」」
ギルドの職員に首根っこを掴まれ、スズは冒険者ギルドの建物の中へと消えて行ってしまった。悲し気な叫び声だけが、未だ聞こえてくる。
「……スズ、良い部下を持ったじゃないか。お前を引き摺って連行できるほどの力、大したもんだ。大陸中を捜したって、なかなか見つけられるものじゃないぞ? 師匠として鼻が高いよ」
「じゃのう…… よし、では行くとするかのう!」
「ああ!」
「ん」
「刀屋さんとかないかな~?」
スズという尊い犠牲を払い、俺達は次なる一歩を踏み出すのであった。