軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第247話 異界の神

ルキルの血が染み、魔法陣が起動する。その一瞬でとんでもない量の魔力と血が吸われたのか、彼女に移植された巫女の腕は、ミイラのように干からびていった。同時に、彼女を護っていた障壁にも亀裂が走る。

「ぐ、うッ……! 良い、ですね……! 遠慮を知らない、傲慢さ、です……!」

ルキルの表情からも、そして彼女の肉体からも、既に余裕はなくなっている。体の穴という穴から血が、皮膚からは滝汗が流れ続け、時間と共に命を蝕んでいく。目で確認できる様子だけでも、そのダメージ量はパトリックの比ではなくなっていた。とでもではないが、もう戦える状態にはない。

「おい、今直ぐその魔法陣を止めろ! 死ぬぞ!?」

「死に、ませんよ……! メルフィーナ様が、転生神になるまで、いいえ……! なってからも、私が支えなければ、なりません、からねぇッ……!」

「ったく、この狂人がッ!」

シンの攻撃を阻んでいた結界は、もう数秒もせずに破れるだろう。しかし、その攻撃が通ったところで、ルキルはこの召喚を止めないだろう。

「そんな事、よりも…… 注目、すべきは、そちら、では……?」

ルキルが震える指先を、とある方向へと指し示す。その先にあったのは、パトリックの権能の粋を封じ込められた、あのダイスであった。カラカラと音を立てながら転がり、やがて止まったそれが示した数字は――― 100。

「スペシャル、かぁ…… いやー、持ってるねぇ。僕、運命の神ながらに驚愕……」

「くふふ、いやいや…… どうなるんだよ、それ?」

「自らの、命運を信じたら、どうです、か……? 私は信じて、いますよ…… メルフィーナ様との、より良い、未来をッ……!」

魔法陣が強い光を発し始める。それが意味するのは、召喚の最終段階――― 異界の神、その降臨が間近であるという事。

(ああ、これは間に合わんわ。何だよ、スペシャルって。結局運任せかよ。と言うか、さっきアダムスっぽい強いプレッシャーがあったし、あっちも無事に復活しちゃったんだろうなぁ。アダムス単体でも世界の危機だってのに、それクラスの災厄がもう一体召喚されたら…… うん、世界の終わりだ。それは不味い。私の 溌剌(はつらつ) とした老後がなくなっちゃう。よし、潔く作戦変更!)

眼帯が外れ、それまで閉じていたシンの片目が剥き出しになる。その魔眼、否、その 神眼(・・) はかつての後任兼弟子から借りパクした、力の残滓であった。

「悪いね、狂信者。体に移植してんのは、アンタだけじゃないんだ」

「は、い……?」

「食らいな、『偽神眼』」

「ッ―――」

シンの片目が妖しく光り、その輝きがルキルを魔法陣ごと飲み込む。それはルキルの感覚からしても刹那の出来事であり、たとえ躱す気があったとしても、後退の一歩を踏み出す事もできなかっただろう。

たった今シンが使用した『偽神眼』は、単一である為に『神眼』のように複数の魔眼を併用する事はできず、その効果の対価として著しい老化現象が起こってしまう、言うなれば『神眼』のモンキーモデルのような力だ。但し、単一で発揮できる魔眼の類は本物と同様に扱う事ができ、その種類は何であろうが使用可能。ルキルを飲み込んだこの光は、目にしたものを転移させる力を有した魔眼によるものであった。シンはこの力を使い、結界に守られているルキルを魔法陣と共に、星の外、つまりは宇宙の彼方へと転送しようとしたのだ。如何に最強の結界に守られていようとも、酸素がなければ呼吸ができず、死に至る。現れた異界の神とやらも、仮に宇宙空間で生存ができたとしても、この星に関与する事はできない。

……だが、その思惑は外れた。いや、外された、というべきだろうか。

「ちょっとちょっと~、強制的に転送されたかと思ったら、全然知らない世界なんですけど~?」

聞こえてきたのは幼い少女の声だった。そう、可愛らしい声色の中に僅かな苛立ちを覗かせている、少女の声だ。

「ッ!?」

その僅かな苛立ちに肌を刺激され、シンの全身がアレは危険だと警報を鳴らす。先ほどまでルキルが立っていた場所は大きく抉られ、床に描かれていた魔法陣も綺麗さっぱり消え去っている。『偽神眼』による転送は、間違いなく成功した筈だ。なのに それ(・・) は、衰弱したルキルの首根っこを掴みながら、パトリックの直ぐ近くに立っていた。

(おいおい、召喚には十分間に合うタイミングだったろうが……!)

どんな神であったとしても、召喚さえ阻止してしまえば脅威にはなり得ない。それは動かしようのない事実だ。そして、この作戦は成功する筈だった。ルキルが対象となる神を降臨させるのには、まだ一秒ほどの時間が必要だったからだ。タイミングとしては間に合っている。なのに、召喚は成功していた。

「それに何? 今、この子ごと 妾(わらわ) をどこかに移動させようとしたよね? よく分からないけど、ワープ? 的な? うん、多分そんな感じ! 転送が終わる前に攻撃を仕掛けるとか、妾、マナーがなってないと思うなぁ。思わず、自分からこの世界に飛び込んじゃったよ。転送直後に転送とか、本当に意味分かんないし。妾、プンスカ!」

「自分から、世界に飛び込んだ……?」

そんな事が本当にできるのかどうか、シンには判断できない。ただ、これだけは分かった。シンの意図は、全て読まれてしまっていた。見るからに幼い、目の前の少女に。

「で、ここどこ? 何だか崩壊寸前っぽいし、佳境なのかな? 結構強そうなのも多そうだし…… うん、なかなか面白そう! 妾、良いタイミングで来ちゃったかも」

煌びやかな銀髪をなびかせた、無垢なる美少女が人懐っこそうな表情でころころと笑う。上品な衣服を纏った彼女は、殆どが人間と変わらない姿をしていた。但し、頭にはセラのそれに似た角があり、明らかに人間でない事を表している。まあ、元々異界の神を召喚する儀式を行っていたので、ただの人間が召喚される筈がないのだが。

「こ、子供!? ……ルキル、どうやら僕達の夢、終わったみたいだ。フフッ、儚かったなぁ……」

パトリックはそんな少女の姿を見て、地面に倒れながら器用にガックリと肩と落とした。どうやら自らの能力が悪い方向に傾いたのだと、そう勘違いしている様子である。

「違い、ますよ……」

「へ?」

「成功、です…… ええ、成功です…… 彼女の力は間違いなく、アダムスに匹敵して、かふっ……!」

吐血により言葉が遮られる。しかし、今の言葉だけでもルキルが何を言わんとしているのか、パトリックは理解した。理解した上で、信じられなかった。

「し、信じられないな、彼女がアダムスと……?」

「アダムス? だぁれ、それ? まっ、良いか。自分から旅行しに行く事は結構あるけど、勇者みたいに他世界に拉致されたのは、妾も初めての経験だよ。君ら、凄いね! この世界の上位種? 見た感じ、天使みたいなのも居るし――― ん、天使? えっと、そっちのも天使なのかな? 天使の亜種?」

「あっ、どうも……」

独特の見た目をしているパトリックに、少女は眉を顰める。

「ええと、あの、取り合えずお名前をお伺いしても……?」

信じるかどうかはさて置き、アダムスと同等である可能性を見出したパトリックは、分かりやすく下手に出始めていた。未知がどうこうと言っていた事はさて置き、命は惜しいようである。

「あっ、そうそう、自己紹介がまだだったね。妾の名前はマリア・イリーガル! ちょっとだけ腕っぷしに自信のある、アイドル系吸血鬼だよ! 皆~、よろしくね~!」

そう言って、可愛らしくポージングを取るマリア。

「………」

本当にこれがアダムスに匹敵する神なのか、それ以前に吸血鬼と名乗っている事に、あとアイドル系とは一体何なのかと、らしくもなくパトリックは頭を悩ませた。