作品タイトル不明
第246話 手遊
突然の銃声が鳴るも、ルキルはその場から一歩も動かなかった。と言うよりも、視線さえそちらに向けようとしない。今何が起こっているのか、彼女は明確に理解しているようだった。
「不躾な訪問ですね。私達、今は協力関係だった筈では?」
「アンタが猫被っているうちは、一応そんな関係だったんだけどねぇ!」
襲撃者の正体は、ギルド総長であるシン。彼女が放った不意打ちの銃弾は二方向へと散らばり、ルキル、そしてパトリックへと迫って行く。
「うわわわわわ!? ちょ、ちょい待った! ストップ! タイム! 暴力反対!」
襲撃された途端、パトリックは逃走を開始し、銃弾の嵐を回避する事に全力を注ぐ。しかし、それら銃弾は避けても避けても軌道を変え、再びパトリックを追いかけ始める。パトリックは一時休戦を訴えかけているようだが、銃弾達がその願いを聞き入れる様子は今のところない。逃げては追い、逃げては追いの無慈悲な鬼ごっこが、ここに開幕。ただ、それでも今のところは攻撃を躱し切っているところを見るに、逃げ足は相当であるようだ。
―――ガガガガガガガッ!
「っと!?」
「無駄です」
慌ただしいパトリックとは相反して、その場から動かないルキルは、降り注ぐ銃弾を全てその身で受けていた。が、その攻撃によって彼女がダメージを負っている気配はない。まるでハードの『 不壊(ふえ) 』を自身に施しているかの如く、何度撃たれても微動だにしないのだ。
「そいつは…… 巫女の秘術、 聖堂神域(タバーナクル) か!」
「ご名答、この一瞬でそこまで見抜くとは、流石は冒険者の長ですね」
「巫女の腕を移植だのなんだの聞いていれば、嫌でも察するってぇの!」
聖堂神域(タバーナクル) は巫女の秘術の一つであり、S級昇格式の模擬戦でも使用される鉄壁の結界だ。物理・魔法と問わず、あらゆる攻撃を遮断してしまうこの結界は、現存する魔法の中でも最硬と名高い。本来は舞台を丸っと覆い隠すなどして、広い範囲に適用するものなのだが、ルキルは限定的にしか力を行使できず、その適用範囲は著しく狭まってしまう。また、発動できる時間も十数秒と極端に短く、コレットなどの正当な巫女が扱う秘術と比較すると、お粗末としか言いようがない出来だった。
だが、ルキルはそれでも構わなかった。自らの肉体の表面にのみ力を適用する事で、疑似的な『 不壊(ふえ) 』を体現し、範囲のデメリットをカバー。それどころか肉体と結界の隙間をなくす事で、シンが放った『 的外(まとはずれ) 』な弾丸が、結界の隙間にワープして入り込む事を防いでもいたのだ。シンの弾丸は確かに必中だが、一度でも当たりさえすれば、それで弾丸は止まる。時間的な制約は兎も角として、一先ずは 聖堂神域(タバーナクル) を展開できている限り、ルキルにダメージが通る事はこれでなくなった。
「ルキルぅ! 僕の分の結界はぁぁぁ!?」
「ないです」
「ですよねぇぇぇ! けど、僕の逃げ足は神一倍! 逃げ切ってやるよぉぉぉ!」
パトリックは今も必死に逃げ回っている。派手な見た目で大変に目立つのだが、やはり逃げ足は突出したものがあった。
(うーん、ちと不味った。防御性能だけは本物と遜色ないか。こりゃあ、仕掛けるのが一足遅かったっぽいなぁ。ルキルの追跡に手間取ったのが、ケチの付き始めだったかも)
逸早くルキルを怪しみ、行動を開始したシンであったが、その後の追跡はどうにも上手くいっていなかった。と言うのも、 聖杭(ステーク) を出発した直後には、ルキルの姿と気配の一切合切が、綺麗に消えてしまっていたのだ。
(魔法か何かで見えなくなるってのは聞いていたけど、ここまで高いレベルの隠密をかまされたら、流石の私も苦労するってもんだよ。あと少しでも早く到着していたら、少なくともあの魔法陣の上には、立たせなかったんだけど……)
思考を回している間にも、シンは弾丸の種類を毒ガスやフラッシュバンの類に変え、休む事なく攻撃を続ける。流石にそれらを躱す事ができなかったのか、パトリックはもがき苦しんでいるのだが、肝心のルキルには、やはり通用していなかった。
「くふふ、大した力だね! だが、所詮は紛い物の腕一本分! その結界はあと何秒持つ!?」
「ええ、あと十秒も維持できませんよ。ですが―――」
「―――ごふっ、げふっ…… あ゛、あ゛あ゛! す、既に賽は、な゛げ、投げられでいる……!」
パトリックの翼の中で流動していた筈のダイスが、いつの間にか儀式場の床に投じられていた。
「ああ、分かっていたよ!」
尤も、それはシンも把握していた。同時にあのダイスが止まった時に、何かが起こるという確信もあった。だからこそ、ダイスの破壊を試みる。
―――ギギギィィィン!
が、何度銃弾がヒットしても、ダイスは破壊されない。傷ひとつ付かない。それどころか、ダイスが転がる軌道さえ変わる様子がない。ルキルが 聖堂神域(タバーナクル) を施している訳でもないのに、その頑丈さは異常であった。
「げっ、こっちもか!?」
「フ、フフッ、フハハハハハ! 止まらない、止まらないし壊れないよぉ、権能を発動した僕の賽はぁ! おふっ、げふぅぅ……!? そ、そのダイスは僕が一度投げたら、自然と止まるまで他の力や能力に一切介入されないんだ! これぞ、フェアなギャンブル! まあ、投げ方によるイカサマとかの一切も、全部禁止されちゃうんだけどね、ハハハッげふぉぉぉッ!」
銃弾を躱し、毒ガスに咽ながらも、パトリックは大声で喋り続ける。まるでそれが、自らの使命であるかのように。
「ぜぇ、ぜぇ……! せ、説明しよう! 僕の権能の名は『 手遊(てすさび) 』! 対象とした事象の運命に介入する能力さ! 能力の効果はダイスが示した数字によって変化する! このダイスは百面ダイス、その名の通り1から100までの数字が記されているんだ! 出た目の数字次第で、戦況は良くも悪くも転がっていく! ああ、そうそう! もちろん今回対象とした事象は、ルキルの異界の神の召喚だ!」
「ほう、面白そうな能力だね! 私もギャンブルは好きだよ!」
「え、そう? でへへ、お姉さん、僕達気が合いますね! ……って、そうじゃなかった! 説明を続けるよ! 基本的にダイスの数字は、低いほどに僕の都合の良いように、高いほどに僕の都合の悪い結果となるんだ! 但し、例外が一つある! それが100の目、僕はスペシャルと呼んでるんだけどね! この目となった時に限り、能力の結果は理外の 理(ことわり) に導かれる!」
「理外の理? どういう事だ!?」
「お姉さん、ノリが良いね! 好き! で、説明の続きだけど、良くも悪くも僕の常識に囚われない結果になるって事だよ! ぶっちゃけ、効果をこの目で見るまでどうなるのか、僕にも全っ然想像ができない! あくまで僕の経験論でしかないけど、単純に良い悪いって言葉では測れない結果になると思うよ! だから、ここで僕達が狙うべき数字は1、お姉さんが願うべき数字は99って事になるね! 分かったかな!?」
「よし、分かった! 取り合えずダイスが止まる前に、お前を倒せば良いんだな!?」
「ちっがぁーーーう!」
シンの弾丸がパトリックに集中し、遂には回避の精度が落ちていく。弾丸に貫かれ、毒に侵され血を吐き、手足が痺れる。だが、それでも尚、彼はしぶとく生き残っていた。
「ふぅ、はぁ、ひぃ…… む、無駄さ、そんな事をしたって! 最早僕を殺したところで、この権能が止まる事はない! けど、僕は逃げる! 生きる! それはどうしてかって? そんな事は決まっている! 僕のまだ見ぬ未知を、アダムスをも超えるかもしれない偉大なる力を、この目で見たいからさァッ! ルキル、ダイスが止まるよ! さあ、やるんだぁって、やべっ、足つりそう……!?」