軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第83話 トライセン軍

―――トライセン城

東大陸東端、軍国トライセンは決して豊かではない大地に存在する。首都を除く国土のその殆どが砂漠で覆われており、食料物資が年々不足している。また、傭兵団の集まりが傭兵国家として国を成していった経緯がある為か、その気性は大変攻撃的で排他的である。大戦時代では物資確保の為に侵略を是とし、大量の奴隷を使い開拓を行ってきた。今においては和平を結び表沙汰に争いを起こすことはないが、他3国と比べ繋がりの薄い国と言えるだろう。

そのトライセンが今、窮地に立たされていた。水国トラージをはじめとした、デラミス、ガウンの3国が黒風の一件を糾弾してきたのだ。トライセンが英雄として祭り上げた冒険者のクリストフ一行、そのクリストフが黒風の頭として不当に女子供を誘拐、奴隷として捕らえていたところを勇者に救助される。勇者の証言が記録されたマジックアイテムが提示され、クリストフ達からは捕らえられていた人々をトライセンに送る計画だったとの自白まで出ている。最早、言い逃れはできない状況になっていた。

ここはトライセン城の円卓会議室。国の最高機密を主とした討議が行われる、王族や限られた貴族、軍部の最高位の者しか入室することができない場所だ。部屋の中央には木製の豪華な装飾が成された円卓が置かれ、トライセンの王であるゼル・トライセンを筆頭にし、各軍団の将軍が召集されていた。

シンと静まり返った重い空気の中、ゼルがゆっくりと口を開く。

「皆の者、多忙の中急な召集をして済まないな」

「親父、クライヴの野郎がまだ来ていないぜ」

トライセンの王に対し、親父と呼ぶこの男はアズグラッド・トライセン。『竜騎兵団』の将軍であり、トライセンの第1王子。彼は決して七光りでこの地位にいるのではなく、その類稀なる才能で軍の猛者達の頂点に立っている。トライセンには5人の王子が存在するが、軍のトップである将軍職に就いているのは彼だけだ。それは実力主義であるトライセンでは血統だけでは上に立つことはできない為、その最たる例がケルヴィンに叩きのめされたタブラであるが、彼はその正反対だと言えるだろう。鍛え抜かれた肉体はそこらの武将と比べるまでもなく、竜の騎乗能力も群を抜いている。

「まあ、どうせ部屋に女を連れ込んでいるんだろう。あれで実力があるんだから反吐が出る」

円卓に設けられた唯一の空席に目をやりながらアズグラッドが舌打ちをする。

「……時間がない。始めるとしよう。もう皆知っていると思うが、クリストフがデラミスの勇者によって捕縛された。計画を実行してから、さして時が経っていない現段階において、だ」

盗賊団『黒風』を利用した、奴隷確保を目論んだ人攫い計画。当時の黒風を討伐した冒険者をわざわざ大々的に祭り上げ、洗脳を施した残党を率いらせたまでは良かった。入念に画策し、最近になって活動を始めさせたのだが、その結果がこれだったのだ。

「確か、この計画の発案者は…… トリスタンだったな」

ゼルの鋭い眼光が向けられる。その視線の先にいた人物はトリスタン・ファーゼ。トライセンが誇る名門貴族の出で、『混成魔獣団』の将軍である。魔獣団と名乗っているはいるが、その実、調教したモンスターの他に獣人などの亜人の奴隷も含まれている。国の体質と同じく、人族至上主義を掲げるトリスタンは黒風を使った今回の計画をゼルに提案し、自分が従える軍の強化を目論んだのだ。

「いやはや、彼等には期待していたのですがね…… 所詮は野蛮な冒険者、この程度だったということでしょうか」

トリスタンはやれやれと大袈裟にポーズをとる。

「トリスタンよ、お主の思想や釈明はどうでもよい。国王が言いたいのはこの失態の責任をどう取るつもりなのか、だ。この件により我が国の陰の一部が表沙汰になった。既に他3国は同盟を組み始めているぞ?」

トリスタンに噛み付いた老騎士の名はダン・ダルバ。長年に渡りトライセンに仕える百戦錬磨の戦士だ。今では鋼鉄のアーマーで護りを固めた重装兵や機動力に長ける騎兵、更には攻城兵器と様々な兵種を取り纏めた『鉄鋼騎士団』の将軍として従事している。アズグラッドに武を授けたのもダンであり、信頼も厚い。

「そう熱くならないでください、ダン将軍。寿命が縮んでしまいますぞ?」

「……何だと?」

ダンが立ち上がり、トリスタンに睨みを利かせる。一般人であればこれだけで失神もののプレッシャーであるが、当のトリスタンは半笑いでダンを見据えている。

「よしなさい。陛下の前ですよ」

部屋に響くのは、この場に似つかわしくない美しい声。

「しかし、シュトラ様……」

「ダン将軍」

「……承知した」

ほんの僅かな沈黙の後、ダンが着席する。

ダンの怒りを押し留めた少女の名はシュトラ・トライセン。ゼルの一人娘であり、トライセン唯一の姫である。その姿は美しく、シュトラとタブラは本当に同じ母親から産まれたのか、と国民や兵士から疑われたほどだ。本来であれば男性でしかその位を授かれない将軍であるが、シュトラはその才覚を遺憾なく発揮し、現在では若くして『暗部』の将軍にまで登り詰めた。年々縮小傾向にある暗部に就かせたのは貴族への配慮なのか、それとも彼女の可能性を見出したのかは、任命したゼルにしか分からない。

「はあ、本当に姫様には弱いですな」

「………」

トリスタンが挑発するも、ダンは無視を決め込んでいるようだ。「何だ、詰まらない」とばかりにトリスタンからも溜息が漏れる。

「悪ふざけもそれくらいにしておけ。トリスタンよ、大まかにはダンが言った通りだ。現在、我が国は苦境に立たされている。クリストフを英雄から抹消し、トライセンとは無関係と弁解してはいるが、それでは治まることはないだろう。下手をすれば3国を相手した戦争に成りかねない。それこそ将たるお前が責任を取らねば、な」

明確な殺意。王たる者のみが持つ発言の重み。しかし、それを受けても尚、トリスタンは動じない。

「……それならば、やってしまいましょう。戦争」

「何?」

「和平を結んで長き時が経ち、我らトライセンは着々と軍備を進めて参りました。それこそ、私の祖父の祖父…… そのまた祖父ですかな? まあ、これは置いておきましょう」

トリスタンが軽く咳払いする。

「考えてもみてください。我らが軍拡の努力を惜しまずに進めていた頃、他の3国は何をしていましたかな? ただただ平和を謳歌していただけではありませんか! そのような弱国が寄り集まったところで、我らトライセンの敵ではない。今こそ、長年の理想であった大陸統一を成す時ではありませんかな? ここはひとつ、『将票』で決めましょうぞ!」

「確かに、大陸の統一は私達の大いなる目的です」

「おお、シュトラ様は賛同して頂けますか?」

「しかし、それは今ではない。将軍がおっしゃるほど3国は腑抜けていませんよ。行動するならば、私達よりも後の世代でしょう」

シュトラの言葉にトリスタンは一喜一憂を器用にポーズで表現する。

「国民からの人気の高いシュトラ様に反対されるとは、悲しいですなぁ。それは暗部の情報ですか?」

「さて、どうでしょうね」

「……俺は戦争に賛成だ」

「……お兄様!?」

賛成に票を投じたのはアズグラッド。心底意外だったのか、先ほどまで冷静であったシュトラが驚愕する。

「ガウンの兵と何度か小競り合いをしたことはあるが、奴らがそこまで精強だとは思えない。クライヴの奴に頼るのは癪だが、あいつが来てからトライセンの力は大幅に上がった。それに、竜騎兵団にはアレがある」

「ほほう、大金叩いて入手したアレですな。これで賛成2、反対1となりましたぞ」

「ちっ、ここで将票を持ち出すとはな」

トライセンには5人の将軍による多数決を行い、王に意見具申を行う将票といった制度がある。最終的に判断を下すのは王ではあるが、その効力は計り知れず、王もおいそれと却下する訳にはいかない。それが大多数の将軍を蔑ろにする行為であるからだ。逆に将票を提案した将軍にもリスクがある。万が一その意見が大多数の賛成支持に満たなかった場合、王の匙加減一つで罪が変わる罰があるのだ。罰は軽い場合もあるが、場合によっては死罪だった例も過去にある。今回の議題は事が事だけに、王からの罰も相当なものになるだろう。表面上は飄々としたトリスタンであるが、実の所、命をかけた賭けに出ていたのだ。

「ワシは当然反対だ! ふざけるにも程がある!」

「それは残念ですな。ではこれで票は同数…… 残るはクライヴ将軍ですが、ここにはいませんでしたな」

全員が空席であるクライヴの席に顔を向ける。

「クハハ、トリスタンよ、そなた見掛けによらず豪胆であるな。いいだろう。貴様の命を持って、この将票を認めてやろうではないか。誰かある! クライヴを呼べ!」

トライセンの王は愉快そうに口を歪めた。