作品タイトル不明
第220話 境界の軌跡
漆黒剣、イザベルが言うところの『求剣ペナルティ』の刃が通った道には、謎の障壁が形成される事があった。 損罪廷吏(フェアトライブ) と同様に出現するのは一瞬だが、それらは馬鹿に強固である。透明なカーテンのように現れては、どのような攻撃も受け止め、そのまま直ぐに消え去っていくのだ。いつ、どのタイミングで現れるか分からないそれら壁に攻撃を阻まれ、セラとジェラールは攻めあぐねていた。
「こ、のっ……! こいつの相手だけでも面倒だってのに……!」
「申し訳ありませんが、次の段階に進ませて頂きました。貴方達ならば、まだまだこのレベルにも対応可能だと思いましたので」
「このレベル、じゃと? カッ…… カッカッカ! まだまだ先のある口振り、じゃな……!」
「まだまだと言える程度に先があるかについては、まだ秘密にしておきましょう。ちなみにですが、この世に存在する『境界』で、最も強力な概念を持つものは何だと思います?」
「何の、話よ……!」
「国境でしょうか? 星と宇宙の隔たり? それとも大地の奥深くに存在する地層の境目? いいえ、違います。私が認識する最も強力な『境界』とは、私が振るった剣の軌跡、そのものです」
分かりやすく説明しようとしているのか、剣を見えやすく掲げたまま、イザベルが急に後退を始めた。また漆黒剣の軌跡に合わせて、あのカーテン型の障壁が一瞬出現する。
「そう、私はこの剣の軌跡から結界を作り出す事もできるのです。そして、私が作り出す結界で最も強力なものでもあります。先ほどから防御結界『 箇条窓帷(エクセスカートン) 』が私を守っていたので、何となく察してはいましたよね? これは破壊できないと、肌で感じていましたよね? 現れるのは一瞬ですが、その耐久力が折り紙付きです。消えるのは一瞬、しかし剣の軌跡の数だけ残弾ができるので、そこまで困る要素でもありません。ああ、そうだ。そちらの貴女の両腕に施した『 調停隔壁(レイセプタム) 』も、もちろん剣の軌跡から発生させたものでして、こちらも相応に強固な力が備わっています。解除するのに苦労したでしょう? しましたよね? こちらの結界はですね―――」
「「………」」
唐突に開始されるイザベルの結界講座。と言うよりも、自ら手の内を明かすイザベル。『 調停隔壁(レイセプタム) 』は肉体の一部に施す事で、それ以上のダメージの流出を防ぐ代わりに、回復や再生の類を全て阻害するお邪魔結界である――― 等々、本当に技の諸々についての解説をしているのだ。状況が呑み込めず、冷静ではありつつも目が点になってしまうセラとジェラール。
『どういうつもりじゃ?』
『……私の勘だけど、嘘を言ってる感はないわね。あいつの話している内容、多分全部本当の事よ』
『本当の事じゃと……? 偽の情報でワシらを混乱させようとしているとか、そういう事ではなく?』
『そんな感じは全然しないわね』
『う、ううむ?』
イザベルの狙いが分からない。今のところ判明している事といえば、セラ達が二人がかりで戦っても敵わないレベルで、イザベルが強いという事。そして何の皮肉か、この解説時間がセラ達の休憩&作戦考案時間にもなっている事、くらいだろうか。
『セラの『血染』で奴の剣を奪えるか?』
『もう何度も試したわよ。けど、全然命令できる気配がないの。剣の通り道に結界を作り出す事ができるらしいから、あの剣自体にも常時何かしらの結界が張られているのかもしれないわね。ほら、私やゴルディアーナのオーラみたいに』
『であれば、ワシのダーインスレイヴでその結界から魔力を吸収して――― いや、それも駄目か。仮に破壊できたとしても、また新たな結界に張り直されるじゃろう』
『 無邪気たる血戦妃(クリムゾンアストレイア) のオーラであいつに触れ続けるってのも考えたんだけど、嫌なタイミングで例のカーテン結界に邪魔されちゃうのよね。剣の通り道を全部覚えておく事自体はできるのだけれど、照らし合わながら戦うのが案外難しいわ。あいつの方が強い分、どうしても後手に回っちゃう』
『あ、あの剣速で動いている剣の軌道を、全部覚えておるのか……? いや、ちょっとワシには無理そうなんじゃが……』
『えっ、何で?』
念話でいくら話し合っても、打開策は見つからない。ひょっとしたら、これほどまでに実力差の開いた敵と戦う事は、二人にとって初めての事になるのかもしれない。誰の目から見ても、これはどうしようもない、絶望的な状況でしかないだろう。
『じゃ、どうする? 諦める?』
『カッカッカ! それこそ、まさかじゃの! 久方ぶりに胸が躍ってきたところじゃよ!』
『奇遇じゃない、ちょうど私もそう思っていたところよ!』
だが、だからこそ、二人にとっては面白かった。ケルヴィンの気質に少しだけ(?)感化されているセラ達は、その言葉の通りワクワクを募らせていた。全力を出しても勝てない。逆に言えばそれは、出した上で手の届かない相手と戦える滅多にない、二人にとって本当に滅多にない貴重な機会でもあったのだ。全力を出すのは普通、試行錯誤を繰り返してなんぼ、そこから己の限界を超え始めて、漸く上等なものとなり得るのである。
……ただ、その前に少しばかり確認しておきたい事があった。
「ねえ、アンタ私達を倒す気あるの? さっきから手加減しているみたいだけど?」
「はい? ……改めて問われてみると、どうなんでしょうね。倒すよりも貴方達の進歩に打ち震えるのに忙しくて、正直それどころではなかった感もヒシヒシと」
やはりと言うべきか、そもそもイザベルはセラ達をそこまで敵視していなかった。最初こそ始末するつもりだったのかもしれないが、セラ達の力を目にしてからは、段々と本来の目的とは異なる方向へと感情がシフト。今では弟子達を美味しく育て上げるケルヴィンの如く、セラとジェラールの成長を楽しんでいる。尤も、ケルヴィンが楽しみにしているのは その後(・・・) で、イザベルは この行為自体(・・・・・・) に生き甲斐を見出しているようでもあるが。
「まあ、それも些細な事ではありませんか。そもそも私の目的はアダムスの復活、そして全世界の正常化です。この世界を滅ぼす事、貴方達の命を潰す事が目的では決してないのです」
「そのアダムスとやらを復活させるのに、強者の魂が必要なのではなかったか? それとも、ワシらの魂では不足だと?」
「いえ、グロリアを倒せる時点で十分ですよ? ただ、意欲があり将来有望な者を生贄にする必要もないではありませんか。生贄は、そうですねぇ…… 『蛮神』ハザマと『運命の神』パトリック、後は他に集まって頂いた方から、適当な者達を見繕っておけば問題ないと思いますよ?」
「……それ、味方の堕天使なんじゃないの?」
「フフッ、良いんです。私はあの者達が嫌いなので。怠惰を貪り、他人の力を当てにするような神は、新世界には不要でしょう? ああ、でも安心してください。貴方達の事は気に入りました。その気高き心を持っている限り、貴方達は私の愛しき子らです。正しき道へと導き、全ての事象から守護していきましょう。私は『守護の神』ですからね。それが当然の責務です。だから私に見捨てられぬよう、日々精進してくださいね?」
イザベルは涙を振り払い、とても良い顔を作りながら、そんな台詞を口にしていた。
「「………」」
ああ、こいつはこいつで厄介な思想を持ってんだな。ここで叩いておかないと後々不味いな。と、二人の意見が一致する。
「ったく、どこまでも上から目線ね」
「実際、遥か高みの存在ですので」
「ふむ、かもしれんな。じゃが、その遥か高みに―――」
「―――私達が手をかけたら、アンタはどうするの?」
「はい?」
イザベルが首を傾げた次の瞬間、セラとジェラールの体が妖しく光り始めた。