軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第165話 距離感

悪魔を模った深紅の鎧、圧倒的なまでの深紅のオーラを纏ったセラ。魔王然とした強くも気品溢れるその姿は、全ての者達を畏怖させ、平伏させるに相応しいものだ。実の父であれば歓喜の余り失神し、側近の執事であれば感涙までしてしまうだろう。しかしそんなセラと向かい合うのは、彼女と同等以上のプレッシャーを放つ超越的な存在であった。

権能を顕現させたグロリアの姿は、堕天使としての一般的なイメージを具現化させたような、模範的なものだった。彼女の頭上にて鈍く輝く漆黒の天使の輪、背に生えた天使の翼も同様に漆黒に染まっている。その存在の大きさを表すかの如く翼は荘厳かつ巨大、天使の輪には十字架の形を交えた多少の形状の変化も見られるが、リドワンやバルドッグの姿と比較すれば、随分と堕天使らしいと言えるだろう。

ただ唯一、彼女の周囲で漆黒の逆十字が無数に整列し、円を描くように旋回しているところが、変わっていると言えば変わっているだろうか。それらは権能を顕現させる前に使っていた十字架よりも随分と大きく、どれも人の背丈ほどはありそうなサイズ感であった。神聖な十字架が黒く染まり逆向きに、更にはその中心に一つ目らしき模様まで描かれたその様は、正直セラ好みのデザインとなっている。

「「………」」

黒き堕天使と紅の悪魔、歴史的にも神話的にも相容れぬ存在同士が、再びこの荒野にて対峙する。二人が戦いを開始してからというもの、この辺りを縄張りとしていた生物達は恐れ 戦(おのの) き、できるだけ遠くへ、遠くへと避難を開始していた。しかも、その対象範囲は今も尚広がっている。この荒野を所有する国、そこに住まう野生動物の全てが危険を察知し、まるで災害から逃れるかのように、国外への大移動を始めようとしている――― そんな有様なのだ。恐らく、国の首脳陣や冒険者ギルドは今頃大騒ぎになっている事だろう。全力での戦いを開始する前からこれなのだから、実際に拳を交えれば、それこそ大陸中に影響が及びかねない。

(んー、想像以上に心擽られるデザイン…… って、そうじゃなかった! ええっと、いくら『血操術』で血を固めて『自然治癒』を補助しようとしても、全然傷口が塞がらないわね。あの十字架、回復阻害の力でも働いているんじゃないの? それか、悪魔に対する特効能力があるとか? めんどいわねぇ)

(権能を顕現させたとしても、この忌まわしい血は剥がれず、か。自らを拘束するのは癪だが、ここは『 不徳の拘束具(ヴァイスバンデージ) 』の魔法で右腕を無力化するしかあるまい。左腹部も多少動きを制限されるが、浮遊状態であれば問題はないだろう)

(どっちにしろ、これ以上あの十字架を受ける訳にはいかないわ。何かすっごくでかくなってるし! マジで風穴開くわよ、あんなの! それでいて自分はその魔法が効かないとか、竜王の加護かっての! エフィルだって炎に当たれば、ミクロレベルのダメージが…… あれ、受けてたっけ? まあ、兎も角ノーダメージは卑怯! ずっこい!)

(どちらにせよ、これ以上奴の血を浴びる訳にはいかないな。奴の能力は自らの血の操作、そして付着した対象の洗脳操作、といったところか。能力まで風紀を乱すものとは、進化を経て強力になろうと所詮悪魔は悪魔…… どこまでも卑劣な奴め)

そんな一大事を知ってか知らいでか、セラとグロリアは周囲環境への影響よりも、自分自身の状態と敵の能力の方が気になっていた。それもその筈、無事に決戦形態になれたとしても、その前に受けた傷口が都合良く消える訳ではないのだ。となれば冷静に自らの状態を分析し、敵の能力を推測、対処法を考察していく事の方が、二人にとっては有意義なのである。

「ングング…… んー、ケルヴィンみたいにメルから『大食い』のスキルを借りたいわね」

「 不徳の拘束具(ヴァイスバンデージ) 」

セラが胸元から取り出したメル印の回復薬を半分ほど口に含み、グロリアが魔法で生成した漆黒の包帯らしきものを、血で染められた右腕と腹部に巻き付けていく。一見休戦状態のようにも見えるが、その間にも二人の視線は絶えず敵へと送られていた。少しでも隙があれば叩き潰すと、そんなメッセージを視線と共に送っているのである。

「ふいー、これで少しは血の足しになったかしらね。じゃ、最終ラウンドに行っちゃう?」

「そのような確認、今更必要ないだろう?」

「そう、ねッ!」

放たれた矢の如く突貫を開始するセラ。 生き急ぐ(ヴィーヴル) こそ使ってはいないが、一瞬で最高速度に達した彼女の加速振りは流石の一言だ。それこそ、この程度の距離であれば一瞬で詰められるほど――― だった筈なのだが。

(ッ!? 全然距離が詰まらない!?)

セラがいくらグロリアに向かって駆けても、その距離は一向に詰まる様子がなかった。別にグロリアがセラの動きに合わせて、後方に移動している訳ではない。先ほどからグロリアは、一歩も今の場所を動いていないのだ。

(これは……)

いくら走っても周囲の景色が一切変化していない事から、距離が縮まらないのは自分が一切移動していないからだと、瞬間的にそんな答えに行き着くセラ。知らぬ間に自分が転移させられているのか、それとも特殊な結界をこの辺りに展開しているのか、どのような力が働いているのかまでは分からない。ただ、この状態のままでいるのは非常に危険であると、それだけはハッキリと理解できた。

「潔く退避っと!?」

前言撤回して状況分析に回る! と、そう判断したセラは一度後退しようとした。が、これも駄目。倍以上の距離を置くつもりで跳躍したのに、前進と同じく先ほどと全く居場所が変わらない。

「無駄だ。権能を行使した私からは最早、近付く事も逃れる事もできない」

グロリアが左手をセラに向けると、彼女の周囲を旋回していた黒十字のひとつが動き出し、その矛先を左手と同じ目標へと定めた。何か凄まじくやばそうだと、セラの勘と察知スキルが警報を鳴らし続けている。

「 黒十字杭改(クロスパイルアルター) 」

その黒十字がいつの間に飛来したのか、セラは全く認識する事ができなかった。気が付いたら、黒十字が凄まじい勢いのまま眼前に、文字通りセラの目と鼻の先、それもゼロ距離の位置にあったのだ。視認できないくらい速いとか、多分そういう事ではない。どちらかと言えば瞬間移動をしてやって来た、という感覚だった。このままでは頭をかち割られるのは確実、というか、もう黒十字の先端がセラの眉間に触れていた。

「のぉぉらぁっ!」

頬を深々と引き裂かれつつも、セラは咄嗟に身をよじらせ、本当に紙一重のところで黒十字の魔の手から逃れていた。目で見て、そこから超反応で躱すという荒業である。事前に 生き急ぐ(ヴィーヴル) を使い、体感時間を伸ばしていたのが功を奏したのだ。セラ持ち前の勘の良さも相まって、ギリギリ命を繋げる事に成功する。

また 生き急ぐ(ヴィーヴル) を使ったついでに、セラはカウンターとなる 紅玉(ブラッドボール) の放出を行っていた。しかも、この攻撃には 無邪気たる血戦妃(クリムゾンアストレイア) のオーラを纏わせている。結界に遮られず、何物も透過して『血染』の効果を発揮させるこれであれば、意味の分からないグロリアの権能も無効化できると踏んだのだ。

しかし、そんなセラの読みは外れてしまう。放出された筈の 紅玉(ブラッドボール) は、どういう訳かその瞬間に勢いを完全に失い、その場に落下してしまったのだ。反撃は失敗、やはりセラを含め、攻撃の類もグロリアには届かない。

「ッ!」

ただ、攻撃を躱され、それどころか反撃に転じられたこの事実は、グロリアを大きく驚かせはしたようだ。結果として攻撃は失敗したが、心理的には一矢報いた形である。

「貴様には何度も驚かされる。まさか、初見の私の権能を躱すとはな。一体どんな手品だ?」

「別に手品なんかじゃないわよ。友情の力とか、そんなところかしら?」

「……なるほど。口は減らないが、やはり口だけではないようだ」

「いや、本当に友情の力なんですって」

そんな些細な会話の最中にセラは、先ほど半分ほど残しておいた回復薬の液体を抉られた頬に、そしてこっそりと自らの尾に振り掛けていた。メル印の謎成分が含まれた液体とセラの血が接触し、何を命令されたのか、どんどんその液体量が増えていく。

「 刈取鮮血海(リーパーブラッドマーレ) 」