軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第163話 風紀

隠密状態でルミエストへ接近する 聖杭(ステーク) の中には、一人の十権能がいた。彼女の名はグロリア・ローゼス、かつてバルドッグと共にゴルディアーナを追跡した、軍人風の衣服が特徴的な金髪碧眼の堕天使だ。彼女は 聖杭(ステーク) のモニターに映し出されたターゲットの顔を注視しながら、どこか思案するような表情を浮かべていた。

「バルドッグの死、リドワンの反乱、エルドの強弁、ケルヴィムの不軌――― この世界に目覚めてからというもの、十権能内の規律が乱れている。いくら神であった時よりも力が衰えているとはいえ、組織の内情がここまでおかしくなるものか? これまでで上手く事が運んだ作戦と言えば、それこそ偽神ゴルディアーナを捕らえたくらいのもの。贄の枠が埋まっていると表現すれば耳障りは良いが、その半分以上は敗れた十権能の魂で補っているのが現状だ。権能を授けられた我々の存在は、アダムスの手足のようなもの。安易に贄に捧げて良いものではないと、エルドは理解していないのか? 事実、それが原因でケルヴィムと内輪揉めの寸前にまで至ってしまった。確かに、以前からエルドとケルヴィムは不仲であったが、このタイミングでそのような事をして何の得になる? それはどこまでも愚かな行為だ。いや、我々が使っているこの義体に、まだ分かっていないバグが潜んでいると、そう考えるべきか? だが、私にはそのような兆候がない。或いは、ないと思い込んでいる? クソッ、ルキルが用意したものだからな。何もかもが信用できん」

早口気味に捲し立てるグロリアの独り言は、全く衰える様子も止まる様子もない。それだけ彼女は多くの疑問を抱いているのだろう。尚も彼女の独り言は続くようである。どうも疑り深い性格が災いして、自分自身の心までもが信用できないでいるらしい。

「残りの面々もいい加減なものだ。イザベル姉さんはいつにも増しておどおどしているし、レムはべそべそしているばかり。ハザマは楽観視が過ぎる、ハオは独善的な考えが先行、パトリックは一言も話そうとしない。リドワンだって触れてやれば受け答えはするぞ、あの馬鹿が!」

……まあ、疑問の間には多少の愚痴も挟まっているようだが。

「唯一比較的まともだと思っていたバルドッグも、特殊な性癖を隠し持っていたようだし…… クッ、不純だ! やはり信用できるのは自分自身だけ、そういう事か。しかしその私でさえも、完全に信用はできないのが痛いところだ。あの時は動揺してしまい、あろう事か不純行為に対する応援をしてしまったし――― む?」

ふと、グロリアの視線が別のモニターへと移る。そこには 聖杭(ステーク) の外の様子が映し出されていた。そして、何やら高速で移動する紅い影が、ほんの一瞬だけ画面に移り込む。

「……驚いた。あの女、明確にこの 聖杭(ステーク) を捉えて向かって来ている。画面越しではハッキリとは分からなかったが、大よその外見的特徴からして、恐らくはベル・バアルか。奴はルミエストとかいう学園に滞在し、異様に勘が鋭いとされている。この場に現れ、 聖杭(ステーク) を発見したとしても、まあ不自然ではない…… が、何か違和感があるな。こう、とんでもない何かを見逃しているような、そんな気がする。この胸のつかえは一体何だ?」

自らの胸に手を当て、考えを巡らせるグロリア。恐らくではあるが、答えは今正にその手の近くにあった。

「何かを抱えているようでもあったな。武器、か? 情報によれば、ベル・バアルは蹴りを主体とした戦闘法であった筈。人の背丈ほどもある得物は使用するという話は――― いや、地上の堕天使がもたらした情報を、そのまま鵜呑みにするほど危険な事もないか。何よりも、これら情報の中にはルキルによるものも含まれている。欺瞞、なるほど、奴がやりそうな事だ。ならば詳細は、この身で確かめるとしよう」

接近する者を仮想敵と定めたグロリアは、 聖杭(ステーク) を護るべく外へ飛び出し、地上へと舞い降りる。グロリアが荒野に着地した丁度その時、仮想敵は彼女の前に現れた。

「あら、攻撃を仕掛ける前に自分から降りて来てくれたのね。手間が省けたわ!」

「手間が省けたのはこちらの台詞だ。わざわざルミエストを離れ、単独で接触して来るとは思わなかったぞ」

「あばばばばばば……!」

「そう? なら、私に感謝する事ね! あと、その装備なかなかに良いセンスじゃない! 私と気が合いそうだわ!」

「想像していたよりも随分と素直な性格のようだな、ベル・バアル。だがまあ、貴様の装備も風紀に守られた良いものだ。その点だけは認めてやろう」

「あばばばばばばばばば……!」

「ふふん、そうでしょうそうでしょう! ……私、セラ・バアルだけど?」

「え?」

「あばばばばばばばばばばばばば……!」

「何? セラだと――― その前にすまないが、その抱えているものは何だ? 私の気を散らす為の秘密道具か?」

「失礼ね、秘密道具なんかじゃないわよ! 便利な人材よ!」

セラに抱えられたカチュアの精神が、先ほどからクラッシュ気味だ。しかしながら、大きな2つの脅威の間にサンドイッチされている今、彼女がそうなってしまうのも仕方のない事だろう。そもそも、ここにやって来たのはカチュアの意思ではないのだから。

「でもまあ、目標を発見できたのだから、もう無理に付き合わせる必要もないわよね。カチュア、一人で帰れそう? 迷子にならない?」

「かかかか帰ります! ひひ一人で帰れますから!」

「それは何より。じゃ、気を付けて帰るのよー! 転ばないでねー!」

「たた、退避! 退避あばっ……! だだだ大丈夫です! そちらに集中なさってください、では!」

セラに降ろされ、そこから急いで学園へと走り出すカチュア。お約束というか、早速転倒したりもしたが、直ぐに復帰した彼女は恐るべきスピードで姿を消すのであった。

「へぇ、なかなかの脚じゃないの。察知能力だけじゃなく、基本的なステータス周りも良い線いってるわね、カチュア。 ……で、私がこう言うのも何だけど、貴女は貴女で素直に見逃して良かったの? あの子が情報を広めるかもしれないわよ?」

「……人違いをしてしまった贖罪だ。まさかこの私自らが、風紀を乱してしまうとは、誠に如何ともし難い……! この程度の事で全て許される訳ではないだろうが、潔く逃走を見逃そう」

「うーん? いやまあ、私はそこまで気にしている訳じゃないんだけど。それに私とベルって、双子の姉妹でもあるしね。たまにはそんな間違いもあるわよ、ドンマイ!」

「そう言ってくれると助かる。私の精神がまだまだ未熟である事を自覚した上で、日々精進していく事を約束しよう」

親指を立てて励ますセラと、頭を下げて深々と謝罪するグロリア。ほんの一瞬だけ、周囲に和やかな雰囲気が漂った。 ……だが、それは文字通り一瞬の出来事でしかない。

「……加えて、貴様を完膚なきまでに叩きのめす事も約束しよう。ベルと同等の力を持つ貴様であれば、私達の目標に足り得る。すまないが、貴様を見逃してはやらん」

「あら、良い殺気じゃない。重くて鋭くて、ケルヴィンが好みそうね! 私、嫉妬しちゃうかも!」

再び視線を合わせた二人の間にあったものは、こいつをぶっ倒すという闘気の衝突――― 和やかな雰囲気は四散し、代わりにこの荒野はプレッシャーで埋め尽くされていた。