作品タイトル不明
第159話 運搬者
聖杭(ステーク) 、十権能が所持する杭の形状をした巨大な方舟。鍛冶神バルドッグは神話大戦末期に、この船を六隻生み出したとされている。戦いの最中に幾度かその存在が目撃されるが、大戦が終結した後もその使用用途は不明のままであった。邪神アダムスが敗戦した後、神達によってその行方の捜索が成されるも、 聖杭(ステーク) の発見には至っていない。
「―――と、 白翼の地(イスラヘブン) に残された書物には、そのように記されていましたね。なるほど、発見されない筈です。封印されたその時も、バルドッグが自らの『保管』に隠し持っていたのですから」
リドワンから奪い取った 聖杭(ステーク) の中枢区画にて、誰に言うともなく、ルキルが小さく呟く。この船には囚われた神鳥ワイルドグロウしか、ルキルの他に乗員がいない。誰の反応が返って来る訳もなく、船の中は静かなものだ。
ケルヴィンとの同盟を結んだ彼女は、黒女神クロメルとのかつての決戦の地、中央海域に 聖杭(ステーク) を移動させていた。どの大陸からも目立たず、どこで何が起ころうとも臨機応変に対応できるこの場所は、ルキルが世界を見渡すのに適していたのだ。もちろん、この中央海域で待機している事はケルヴィン達も知っており、彼女が望む残る神柱達が捕獲されれば、順次ここへ運ばれる事になっている。
「へえ、そうなの? そんな凄い場所に立ち入った私、もしかして歴史的快挙?」
次の瞬間、ルキルの独り言に対し、予想もしていなかったまさかの反応があった。
「……貴女は?」
「ちわー、運び屋でーす」
そこに居たのは先代勇者のセルジュであった。彼女はこの部屋に備え付けられた椅子に、何の断りもなく勝手に座っていた。
「………」
運び屋、確かに神柱が運ばれて来る事になってはいた。が、その運搬者がセルジュだとは、ルキルは全く聞いていない。要は不測の事態である。つまりは運搬者ではなく、ただの侵入者である可能性が高い。そう結論付けたルキルは、分かりやすいほどに不快感を表情に出し、目の前に現れたセルジュを睨みつける。臨戦態勢、彼女の指先からは黒炎が灯り始めていた。
「おかしいですね。 聖杭(ステーク) には隠密能力も備わっていた筈ですが、まさか侵入者が現れるとは。さて、どこの害虫でしょうか?」
「おいおーい、こんな超絶美少女が害虫な訳ないでしょー? ルキルさんや、目薬が必要ですかな?」
「よろしい、聖戦ですね? 前哨戦には丁度良いでしょう」
「うおい、本当に気が短いな! 違うって、私はただの『運搬者』、さっきも言ったけど、頼まれていた神柱を運んで来ただけだよ。というかさ、この船の搬入口ってどこなのさ? 神霊デァトートはまあ良いとしても、馬鹿でっかい神鯨ゼヴァルが入らないんですけど? 外に置いて来てるから、中に入れてくれない?」
「………」
セルジュの目を見る、分析する、見極める――― 嘘をついているようには見えない。どうやら彼女は、本当に運搬者として動いていたようだ。
「……失礼しました。まさか、先代の勇者様が直々にいらっしゃるとは、夢にも思っていませんでしたので。お会いできて光栄です。ええ、とても」
「うわあ、さっきの展開からよくそんなに口が回るもんだね。私も大概だけど、感心と同時に寒心しちゃうよ」
「聞き流しましょう。それで、神柱を運んでくださったんですよね? 少々お待ちを。確認でき次第、 聖杭(ステーク) 内部へ搬入します」
コントロールパネルらしきものに向き合い、ルキルがそれを巧みに操作する。すると、部屋の外側からガコンガコンと機械音が聞こえて来た。
「へえ、十権能から奪取したって聞いていたけど、もう使い熟せるようになったの?」
「ええ、分析するのは得意ですので。リドワンが一度目の前で実践していましたし、後はどうにでもなりますよ。 ……お待たせしました。神鯨と神霊、確かに本物のようです。この短期間で捕獲できた事に、正直驚きを隠せません」
「そう? 私の見立てだと、君単独でも十分に可能だと思ったけど?」
「世辞でも嬉しい御言葉ですね。まあ、可能ではありますが」
鳴り響いていた機械的な音が止まる。恐らく、神柱の搬入が完了したのだろう。
「なるほどね~。それで、その神柱の合体とやらはいつやるんだい? 私の捕縛魔法が破られる事はまずないけど、あんまり長い期間待たされると、魔力がしんどくてさ。できるだけ急いでくれると嬉しいかな~って」
「……ケルヴィンへの連絡は?」
「もち、もうとっくにしているよん」
「でしたら、ドロシアラがこちらに到着次第、開始できます。 ……何を企んでいるのです?」
ルキルが訝しむ。ずっとニコニコ顔でいるセルジュは、やはりどこか怪しかった。運搬をしに来たのは嘘ではない。だが、それとはまた別の理由もあるように感じられたのだ。
「別に何も企んでいないよー? ただ、その完全体神柱とやらと、ちょっと手合わせしてみたくてさ。本当に神様レベルの強さなのか、直接確かめたいんだ。ほら、そっちも出来立てホヤホヤの神様の力、確認しておきたいでしょ? 丁度良い機会だと思うなー?」
「……自殺願望でも?」
「ある訳ないない。私の未来、希望で満ち溢れているんだよ?」
「……貴女も戦闘狂で?」
「いやいや、ケルヴィンと一緒にされちゃ困るなー。私、性癖以外は比較的真っ当だよ? まあ、比較対象が全員真っ当じゃないってのもあるけどね!」
「………」
これも嘘ではない。いよいよもって、ルキルはセルジュの思考が分からなくなって来た。
「ではなぜ、貴女はそのような事を望むのです? 如何にセルジュ・フロアだったとしても、万全なる神には敵いません。それは先の戦い、黒きメルフィーナ様の力を見て、明白となった筈です」
「フフッ、そんな今更な質問をするの? 今日の私は『運搬者』だけど、いつもの私は『守護者』を名乗っていたんだぜ? 大切な人を護る為に、相応の力を手に入れたいと思うのって、そんなに不思議な事かな?」
「大切な、人……?」
「そう、大切な人。少し前なら私は最強で、基本的にどんな相手からも守護れたんだけどさ、最近ってパワーバランスがおかしくなっているっていうか、インフレが凄い事になってるんだよね。そんな環境下でも、私は大切な人を護りたいの。それを絶対的なものにする為には、私が絶対的に強くなるしかないじゃん? パーフェクト神柱ちゃんと戦いたいのは、まっ、腕試しみたいなものだよ。あと私はどの程度強くなるべきか、って確認の為のね。別に殺し合いがしたい訳じゃないんだ」
だから、戦いそのものが目的である 戦闘狂(ケルヴィン) とは違うのだと、そう結論付けるセルジュ。確かに、それであれば戦い自体は彼女の手段であり、目的とはなり得ない。
「……神に手が届くまで強くなると、そう仰るのですか? 私が言うのもおかしいですが、なかなかの狂気ですね」
「お褒めに預かり恐悦至極、まあ周りに可愛い女の子がいたら、私のやる気が途切れる事はないからね。ドロシーって子、おどおどした小動物系を見せかけた強気な女の子なんでしょ? うーん、会うのが楽しみ! 私よりも強かったら、それはそれで興奮すると言いますか、むしろそのまま押し倒されたら新しい扉を開けるかもと言いますかって、何を言わせるんだい! やっぱり修行をするなら、私に適したベストな環境でやるべきだよね!」
「………」
どうやらセルジュは、自らの伸び 代(しろ) はここからだ! と、そう信じて止まないらしい。一方で大切な人云々の話はどこに飛んだのかと、本当に セルジュ(これ) とドロシアラを会わせて良いものかと、ルキルは眉をひそめる。何か酷い悪影響が出そうな気がしたのだ。
「あ、それと私、貴女の監視役も兼ねてるから。ん? よくよく見ると、ルキルさん…… 貴女、凄い美人だね! 私、美人な女性もアリアリのアリだよ! ドロシーちゃんが来るまで、私とお茶でもしないかい!?」
「………」
何か、とてもとても酷い悪影響が出そうな、そんな気がしたのだ。