軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第157話 神鯨

「ん、重畳」

「……? 急にどうしたの、シルヴィア?」

ふと呟かれたシルヴィアの言葉に、地図を広げて道を確認していたエマが視線を寄越す。ここは水国トラージに面する竜海――― ではなく、更にそこから大海原の方へと突き進みに突き進んだ、言ってしまえば深海と称される場所である。

太陽の光が届かないほど深い、暗黒が支配するこの領域は、本来人が居て良い場所ではない。呼吸ができないのはもちろんの事、大きな水圧が掛かる為に、そもそも生身で行けないのだ。では、なぜシルヴィアとエマはここへ来られたか? 答えは二つ、疾うに人間のスペックを超越しているから、そして魔法による水中特化仕様を備えているから、である。

A級青魔法【 水絶除泡(ダフロス) 】、シルヴィアが自身とエマに施したこの魔法は、C級青魔法【 水除泡(フロス) 】の深海仕様とも言えるものだ。巨大なシャボン玉で対象を包み込み、水を払い除け水圧から身を護る特性を持つ。エマの固有スキル『咎の魔鎖』との併せ技で、魔法の効果が殆どないシルヴィアにも固定化できるようにしているようだ。

「未知の食材を発見した。美味しそう」

「それ、ヒトデじゃないの……?」

エマのE級赤魔法【 火照(ラムベント) 】の光を頼りに、疑似潜水服状態で深海での散歩を楽しむ(?)二人。当然ながら、 深海(ここ) へは遊びに来ている訳ではない。というか、見通しが悪く見た事もない不気味なモンスターが跋扈するこの場所は、絶対に遊びに来るには向いていない場所だ。そんな場所へ好んで出かけるのは、どこかの戦闘狂なもの好きくらいだろう。

「ハァ、ケルヴィンさんから特別依頼を受けたのは良いけど、まさかこんな遠くにまで来る事になるとはね…… 深海に存在するとされる幻のダンジョン、なぜかその地図をツバキ様が持っていて、またまたなぜか気前良くその地図を借りられた訳だけど、もう少し考えるべきだったかな?」

「ん、最近はお休みが続いていたから、勘を取り戻すには良い機会。それに、報酬が魅力的」

「それ、絶対後半だけが理由でしょ? エフィルさんの料理フルコースおかわり無制限、だっけ? 報酬金も莫大だけど、そっちの方がメインになっているよね、絶対。確かに、私としても魅力的だとは思うけど…… シルヴィア、そのヒトデ、いい加減に放してあげなよ」

「ッ!?」

「いや、そんな驚愕されても困るのだけれど。持ち帰るにしても、せめて魚の形を保ったものに――― ううん、やっぱ駄目。丸焼きにしても、食べられる自信がないや……」

辺りを漂う深海魚達の異様な姿を見て、エマは何とかシルヴィアの説得を試みるのであった。

「残念……」

「ほら、元気出して。依頼を達成できたらエフィルさんのフルコースだよ? 落ち込んでいる暇なんてないって」

「ん、了解」

頭の中でフルコースを思い描けたのか、シルヴィアは素直にヒトデを逃がしてくれた。代わりに口元から欲望が垂れているが、まあそこは必要経費と割り切るしかない。

「……で、私達に何か御用ですか?」

小さな問題が解決したのも束の間、エマがそう言って来た道を振り返ると、二人の背後にとある人物が立って――― 否、泳いでいた。

「ん、セルジュ?」

そう、シルヴィアの言う通り、そこにはセルジュが居たのだ。 ……なぜか水着姿で、ゴーグルらしきものを着けて。また、思いっ切り空気を吸った後に潜ったのか、彼女のほっぺはパンパンに膨れ上がっていた。その様子も相まって、深海に居るとは思えない緩い雰囲気が醸し出されている。

『いや~、それが色々あってツバキちゃんに、二人の手伝いをお願いされてさ~。私としてもシルヴィアちゃんとエマちゃんとは仲良くしたかったし、絶好の機会かなと思って? 大急ぎで来ちゃった(はぁと)』

素潜り状態で喋れない為か、白魔法を使って光の文字を作り出し、筆談を始めるセルジュ。器用な事に、魔法文字はなかなかに達筆であった。はぁとも達筆であった。

「来ちゃったって、ちょ、その腕は一体どうしたんで――― い、いえ、まずは普通に話をできるようにしましょう。シルヴィア、セルジュさんにも 水絶除泡(ダフロス) を」

エマに応じ、シルヴィアがセルジュに魔法を施しシャボン玉を生成する。こうしてセルジュは無事(?)、呼吸と会話ができるようになるのであった。

「ぷっは~~~! いやはや、呼吸ができるって素晴らしいよね。あと数十分もしたら、私ってば窒息するかもしれないところだったよ、えへへ」

「えへへ、じゃないですよ。一体どんな肺活量をしているんですか? と言うよりも、よくそんな薄手の装備でここまで来られましたね? 普通、水圧に耐えられずに死んでいるところですよ?」

「だって私、セルジュ・フロアだし? 水圧如きで死ぬようなタマじゃないよ~ってのは冗談で、この水着に秘密があってね。それでこの深い深い海の底まで、無事にやって来られたって訳なのさ。あ、呼吸は普通に我慢して来た感じだけどね!」

「ええっ……」

ちなみにであるが、セルジュの水着とゴーグルは聖剣ウィルの変形装備であるらしい。最早何でもアリだなとエマは呆れ、おおっ! と、シルヴィアは目を輝かせていた。

「まあ冗談はさて置き、協力しに来たってのは本当の話。ケルヴィンから聞いているかは知らないけど、先の十権能との戦いでちょっとやらかしてさ、装備を壊しちゃったんだよね。で、トラージのツバキちゃんに良い鍛冶師を知らないか、むしろ良い装備をプレゼントしてくれないかってお願いしに行ったらさ、二人の事を聞いたんだ」

「なるほど、それで協力しに…… あの、ひょっとしてその腕も、その時の戦いで?」

「大正解! これも色々あって、腕が再生できない状態でさ。今は呪いを飼い慣らそうとしているとこ!」

「な、なるほど……?」

「セルジュ、塩水沁みないの?」

「わっ、シルヴィアったら私の事を心配してくれてるの!? 嬉しいなぁ! でも大丈夫大丈夫、これでも私ったら世界最強歴代トップの勇者様だからさ、傷口をどうにかする方法くらいは自力で何とかできるの! 私ってば、何気に魔法の腕も凄いんだから~!」

「おー」

パチパチと、感心した様子で手を叩くシルヴィア。とても純粋、実に無垢である。そんなシルヴィアがツボに嵌ったのか、セルジュは堪らん! と、頭に片腕を当てて悶え始めた。

「セルジュさん」

「ああ、うん、エマちゃんごめんね。ちょっと調子に乗り過ぎたね。でも、腕の方も本当に心配ご無用、このお手伝いが終わったら、ツバキちゃんに義手を用意してもらう予定なんだ。まあ、この探索中も足手纏いにはならないと思うから、そこそこ信頼して、そこそこ頼りにしてね」

「……まあ、そういう事なら。シルヴィアも良い?」

「ん、私は別に構わない。セルジュは白魔法が使えたと思うから、捕獲対象を捕まえるが楽になりそう」

「オッケー! すっごい頼りにして! 私、シルヴィアちゃんの為に頑張るよ! もちろん、エマちゃんの為にも!」

ずずいと、お互いのシャボン玉が密着するほどにシルヴィアへと接近するセルジュ。そのあまりの勢いっぷりに、エマの下がりつつあった警戒心が、再び跳ね上がってしまう。

「セルジュさん」

「ごめんて。まあまあ、そんな怖い顔しないでさ~。私達、 殺(あい) し合ったり、 共闘(あい) し合ったりした仲じゃん?」

「そんな仲じゃありませんよ!?」

「ん、ダンジョン発見。エマ、先に行ってるよ」

「あっ、ちょっとシルヴィア!? 一人で進んじゃ駄目だって!」

「そうそう、危ないよ~? だから私も行くよ~? シルヴィアちゃん、待って~」

「アンタも待てぇぇぇ!」

深海だというのに、この辺りは非常に賑やかだ。

それから数時間後、三人は神鯨ゼヴァルを捕らえ、トラージへと無事に運び出す事に成功するのであった。