軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第149話 信仰の在り方

神皇国デラミス、デラミス大聖堂。巫女コレットが祈りを捧げる神聖なるこの場所には、今日も多くの参拝者達が訪れていた。本来、転生神が代替わりする世代は、大小問わず混乱が付き物である。古き神から新しき神へと、信仰の対象を変えるのだ。そのままスムーズに移行する方が、おかしいというものだろう。しかし、転生神がメルフィーナからゴルディアーナに移った今も、このデラミスの地に大きな変化はなく、いつも通りの日常が続いていた。

『神様って押し付けるものじゃないと思うのよぉ。将来的な変革は少しずつ起こるだろうけどぉ、別に急ぐ必要はなくなぁい? それって分断の原因だしぃ、ナンセンスな気がするのぉ。それよりも少しずつ文化を育むようにぃ、人々が自由に信仰を築いてくれる方が、私は嬉しいのよねぇ~。女の子の魅力はひとつじゃなくて千差万別、男の子の魅力もまた然りん! 私、欲張りだから色々と楽しみたいのん!』

デラミスとゴルディアの何度目かの会談の際、ゴルディアーナはそのような事を言っていた。信仰の在り方を無理に変えず、今を生きる者達の全てを受け入れようとするゴルディアーナの方針、その全てが詰まった言葉と言えるだろう。

「……自由な信仰、ですか」

関係者以外は立ち入り禁止となる夕刻となり、大聖堂から参拝者達がいなくなる。誰もいない静寂の中でポツリとそのような事を呟いたのは、デラミスの巫女、コレット・デラミリウスだった。瞳を閉じて両手を組み、凛と祈りを捧げる彼女の佇まいは、誰が見ても美しく、神々しささえ感じさせられる。

黒女神騒動後の各地への訪問、転生神を祀る引継ぎ、突如として現れた十権能の対応等々、現在コレットは多忙な日々の最中にいた。日課であるメルフィーナへの祈りさえも、日程の空き時間に詰め込んで、どうにかこうにかして行っているほどだ。そこまで忙殺されれば心身が疲労し、当然ストレスも溜まるものである。

そんなコレットにとって、この祈りを捧げる時間は、至高にして究極のヒーリングタイムであった。まず始めに今日も健やかに人々が過ごせたと、メルフィーナの姿を思い浮かべながら感謝する。これだけでも大分ストレスが緩和されるのだが、コレットの祈りはここからが本番だ。

デラミスが誇る最高の頭脳、そこに記憶されたメルフィーナが脳内に再現されれば、それは殆ど現実と変わらないイメージと化す。頭の天辺から足の爪先まで、どこまでもリアルに再現されたイマジネーションメルフィーナは、今日もコレットの脳内で神々しく輝いているのだ。

そんなメルフィーナを目にする事ができたコレットは、この時点で疲れの殆どが吹き飛んでいる。しかし、まだコレットは止まらない。次は匂いを再現しようと灰色の脳細胞を働かせ、世界最強の嗅覚との併せ技で、これも難なく成功させてしまうのだ。イマジネーションメルフィーナの御尊顔を拝しながら、そのゴッドな芳香までもをハァハァと堪能する。こうなってしまえば、コレットは無敵だ。その日のコレットの疲れとストレスは彼方へ消え去り、明日も全快状態で仕事に励む事ができる! という、歪な永久機関が誕生するのである。

……とまあ、何が祈りなのかと疑ってしまいそうになるが、これはあくまで祈りの最序盤の行動に過ぎない。最高の脳が生み出した、本物に限りなく近い幻想を視覚と聴覚で楽しんだ後に、コレットは巫女の祈り、そのメインへと移行する。心身ともに満たされ、真の清い聖女となった彼女は、前述の通り誰が見ても美しく、そして神々しささえ感じさせるに至る。興奮しているからと言って、ずっとハァハァしているようでは、デラミスの巫女は務まらないのだ。

「ゴルディアーナ様にも感謝を。自由で柔軟なあなた様が次の転生神でなければ、このデラミスの地も平穏のままでは済みませんでした。派閥による分断、人々の心にも混乱を招いた事でしょう」

「―――だから、ゴルディアーナを転生神として認める。まさか、そのように思っているのですか?」

ふと、祈りを捧げるコレットの背後より、聞き覚えのない女性の声が聞こえて来た。

「……参拝者の方でしょうか? 申し訳ありませんが、今の時間帯は大聖堂への立ち入りが禁止されています。お引き取りを」

「それは残念ですね。世界で最も信仰心が厚いとされる聖女、コレット様。貴女の清きお姿をもう少し、拝見しておきたかったのですが……」

不意に出現する暗闇の塊。その中から黄金の長髪をなびかせながら、一人の女性が現れる。

「ですが、コレット様に従う義理は今のところありませんね。私、純粋な信仰者ではありませんので」

「……貴女は?」

「ああ、こうして顔を合わせるのは初めてですね。私の名はルキル、貴女と同等以上にメルフィーナ様を愛し、同時に憎悪の念を抱く異端者です」

コレットの前に現れたのは、最悪の狂信者ルキルであった。優雅に 頭(こうべ) を垂れ、丁寧なお辞儀をする彼女であるが、その瞳は濁りに濁っている。祈りの姿勢から立ち上がり、コレットはルキルと対峙――― 決して引き合わせてはならない 狂信者達(ふたり) が、あろう事か、この祈りの聖地で出会ってしまった。

「この場所はデラミスの中でも最重要区画の一つ、よく侵入できましたね?」

「それ、冗談のつもりで仰ってます? 人間の尺度でいくら警備を厚くしようと、私にとってはあってないようなものです。警備の者を殺すどころか、気絶させる必要もありませんでしたよ。私達が崇拝するメルフィーナ様、或いはケルヴィンという人間に置き換えれば、多少は分かりやすいでしょうか? あの方々ならば、この程度の事など容易いでしょう?」

「……確かに、そうかもしれませんね」

「ご理解いただけたようで、何よりですね」

ニコリとルキルが微笑む。顔は笑っているが、目は全く笑っていなかった。

「それで、用件は何でしょうか? 今は大切な祈りの時間、手早く終わらせたいのですが」

「つれないですね、悲しいです。まあ、手早く終わらせたいのは私も同じなので、全く構いませんが。 ……コレット様、今の世の在り方に満足されていますか?」

「世の在り方? 一体何のお話です?」

「恍ける必要はありません。我々が崇拝するメルフィーナ様が転生神の座から降り、ゴルディアーナという訳の分からない生物が、今正にその椅子に座ろうとしているのです。デラミスの巫女、いえ、メルフィーナ様の信者として、コレット様はそれを許すおつもりですか? 表向き、リンネ教の在り方はそのままです。しかし、それはゴルディアーナの匙加減次第であり、やろうと思えば、メルフィーナ様の名を語って悪事も謀れる、という事なんですよ?」

「……かもしれませんね」

「でしょう!? その可能性が僅かにでも存在するとすれば、本来あるべき姿、あるべき下へと、神を導く事が私達の責務となります! そうだとは思いませんか? 思いますよね!? なぜならば、転生神とメルフィーナ様はイコールであり、唯一無二の象徴、希望なのですからッ! 正も負も、愛も憎も、全てはメルフィーナ様からの賜り物なのですッッッ!」

ルキルはそう言って、大袈裟に両腕を広げてみせた。彼女が引きつれる暗闇も、その感情と連動しているのか、同時に大きく展開されている。

「……なるほど。つまりは、私を同志として迎え入れに来た。そういう事ですか?」

「察しが良くて助かります。それで、如何です? 純度は違えども、コレット様は私と同じ信仰心を持つ方だと、そう信じているのですが。私と手を結び、共にメルフィーナ様を―――」

「―――お断りさせて頂きます。それは貴女本位の願望であり、メルフィーナ様が願う世界では決してありませんので」

コレットの返答は早かった。戸惑う様子も迷う仕草も一切見せず、ルキルの誘いを即座に拒否。これにはルキルも呆気に取られたようで、僅かながらにも沈黙の時間が二人の間に流れる事となる。

「……なるほど、それがコレット様の答えですか。ああ、悲しいです。この世界で唯一、私と分かり合える可能性を秘めた方でしたのに。そんな方を、これから―――」

「―――これから殺めなければならない、それが悲しい。とでも言うつもりか、ルキル?」