作品タイトル不明
第146話 未熟者
巻き起こる嵐の目、その中心に向かって進み続けるダハクとグロス。激しい戦闘が行われているのか、圧倒的なプレッシャーと衝撃波が絶えず二人に迫り来る。かつて黒女神が従えていた戦艦エルピス、アレが放っていた暴風が正面から迫る、そんな馬鹿げた状況だと言えば、その異様さが伝わるだろうか。たとえダハクが竜形体になったとしても、この中を飛んで向かうのは不可能だろう。だからこそ地面を踏み締め、少しずつ進んで行くしかない。ダハクは足元に植物の根を生やす事で、グロスは足元に粘着性の高い猛毒を纏う事で、この状況を何とか打破しようと、歩みを進めるのであった。
「あっ?」
「むふん?」
しかしある時を境に、行く手を阻んでいた脅威全てが消え去った。台風の目に入った? 否、それはあくまでも比喩として表したものだ。ゴルディアーナと十権能の戦いの場は、むしろ中心地に近くなるほど過酷なものとなっている筈である。ではなぜ、プレッシャーも衝撃波も止んでしまったのか? ……答えは単純、それらを発生させていた戦闘そのものが、たった今終わりを告げたからだ。
「プ、プリティアちゃん……!」
「あっ、待ちなさい、ダハクちゃん! 私も行くわん!」
状況の変化に一瞬だけ足を止めるも、直ぐ様にダハクは駆け出していた。愛しき人、いや、愛しき女神が勝ったのか、果たして無事なのか、戦いの結果を逸早く知りたかったのだ。グロスだって気持ちは同じだ。ダハクの後に続き、目的地へと急ぐ。
先ほどまでの荒々しさが嘘であったかのように、今のゴルディアの聖地は静まり返っていた。風は一切吹かず、鳥や虫達の声もまた聞こえて来ない。ここが外であるのが信じられないほどに、どこまでも無音なのだ。静寂は本来心を落ち着かせるもの、しかし今ばかりはそれが酷く不気味で、ダハクの心に焦りを生じさせていた。
……そして、二人は目的地へと辿り着く。
「ッ……! 嘘、だろ!?」
「お姉様……!」
二人が目にした光景は、信じられない、信じたくないものだった。その場にいたのは、間違いなくゴルディアーナと十権能ハオ、その二人だ。だがしかし、二人の状態には明確な違いがあった。
片や、左腕を根元からなくし、全身血塗れのまま直立する十権能ハオ。肩で息をし重傷も重傷であるが、まだはっきりと意識があり、自らで立てる状態にはあった。そして彼の残った右腕には、千切り取られたピンク色の片翼が握られていた。片翼は消滅しかけており、もう数十秒もすれば完全に四散してしまうだろう。
片や、展開していた 慈愛溢れる天の雌牛(ローズイシュタル) が解かれ、うつ伏せの状態で地に伏すゴルディアーナ。彼女が倒れた地面の周囲一帯には、水溜りかと錯覚してしまうほどの、夥しい量の血液が流れ出ていた。素人目にも命の危機である事が分かる、凄惨な有様だ。
「……半神化しているとはいえ、この俺の左腕を奪い取るか。かつての大戦を思い起こさせる、良き戦いであった。その腕はくれてやる。そのまま持っていくと良い」
ハオはゴルディアーナを見下ろし、どこか満足そうに口角を吊り上げながらそう言った。くれてやるとまで言い切ったハオの左腕は、もちろん今も切断されている訳だが、そこから血液が流れ出ている様子はなぜかない。
(やだん、どんな筋肉の動かし方よ、それぇ……)
グロスがある事に気付き、そして驚く。切断されたハオの腕、その根元の筋肉が不自然に収縮し、切断面を無理矢理に締め付けていた。筋肉で物理的に傷口を塞ぎ、血液の流出を防ぐ――― そんなあり得ない光景が、敵の腕の中で確かに成されていたのだ。
「てんっめぇぇぇ! ここから生きて帰れると思うなよぉ!?」
その事を知ってか知らずか、ダハクは関係ないとばかりに声を荒げる。
「……先ほどの者達か、駄犬の如くよく吼える」
「ああん!?」
「未熟とはいえ、貴殿も竜の王であるのだろう? 勝負にならないほどの実力差があるのは明白、だというのに奇襲を仕掛けるでもなく、真っ正面からのこのことやって来るとは…… 左腕を失ったこの身なれど、貴殿らを倒す事は容易。貴殿には俺を倒す千載一遇のチャンスに見えているのかもしれんが、実際のところは手の込んだ自殺よ。悪い事は言わん、立ち去れ」
「こ、のぉぉぉ……!」
「ダハクちゃん、落ち着きなさい」
今にも飛び出しそうになっているダハクを、グロスティーナが必死に食い止める。グロスも想いはダハクと一緒であったが、まだ冷静であったのだ。深手を負い、隻腕となったハオであるが、それでも尚、自分達よりも遥かに強い。心が捻じれるほどに悔しいが、グロスは冷静に実力差を読み取っていた。
(なくなった腕が再生しないところを見る限りぃ、回復系の能力は持っていないのかしらん? けど、女神であるお姉様を単独で倒したその力ぁ、確実に私達の力が及ばない領域に踏み込んでるわん。十全に力を出してぇ、最大限に連携する事ができたとしてもぉ、これはぁ……)
命を第一にするのであれば、ここでの最善は大人しく退く事だ。しかし、目の前で愛する女神を倒されたダハクは、絶対にその選択を許さないだろう。
(……けどぉ、マブダチがこう言うからにはねん。私も覚悟を決める時かしらん。 鱗粉乱舞(りんぷんぷんぷん) !)
ダハクを抑えるその一方で、特殊な毒の生成を始めるグロス。 舞台に舞う貴人妖精(バイオレッドフェアリー) ・ 発展形態(セカンドエディション) の羽を小さく、正面からは見えない程度の大きさで展開し、密かに鱗粉を振り撒いていく。
「去れと言われて素直に去る奴がいると思ってんのか、おお!? 男なら売られた喧嘩、真っ向から買いやがれ! その為にてめぇはここに来たんだろうがぁ!」
「……俺がここへ来たのは、この者に興味を持ったからだ。肉体を極限にまで鍛え上げ、鋼の如き精神力を持っていた、この者をな。しかも、それだけではない。機知に富み、最上を称して良いまでに技を磨いていた。愛を知り、己の限界を超えさせる起爆剤を備えていた。ここまでの武術家と拳を交える機会は、数百年、いや、数千年に一度あるかどうかだろう」
「うるせぇ! プリティアちゃんを知った風に言うんじゃねぇよ! んなこたぁ、俺はずっと昔から知ってんだ! 愛を知る? なら、俺がその愛を引き継いでやるよ! てめぇをぶっ殺してプリティアちゃんを助けて、そんでハッピーエンドだ!」
「……フッ、その心意気や良し。だが未熟者は未熟者、心意気の一つや二つが変わったところで、急に強くなったりはせん。もう一度言ってやろう、立ち去れ。真の強者となってから俺の前に立つんだ―――」
「―――うるせぇっつってんだろうがぁ!」
グロスを払いのけ、遂にダハクが突っ込んで行ってしまう。解き放たれた瞬間に自らの肉体に植物を幾重にも巻き付け、更にはハオが立つ地面の四方八方から、『異種交配』で生み出し急成長させた凶悪な肉食植物を萌え立たせる。大地を司る竜王の怒りは、それら植物達にも伝播しているようで、どれもこれもが獰猛な状態にあった。
「まったく、手のかかる子ねぇ! ぬぅん、 妖精の輪(フェアリーエンジェル) !」
戦闘の用意をしていたグロスも、ダハクの行動に合わせて支援を開始する。周囲に漂っていた毒鱗粉が、天使の輪を作るようにハオを取り囲んで、じわじわと密集。ダハクの肉食植物と連携して、ハオを追い詰めて行った。即席とは思えないなど、見事なコンビネーションである。だが、それでも―――
「―――蛮勇と勇気を履き違えおって、馬鹿者どもが」