軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第130話 最悪の狂信者

青と白、言うなればメルのイメージカラーで構成されていた氷の地下空間が、ドス黒い瘴気のようなもので包まれて行く。見た目の色合いもそうだが、この場を支配する空気までもが、息苦しく、そして害があるように感じられた。特にメルにとっては、その効果が悲鳴を上げるほどに著しい。

「フフッ、可愛らしい悲鳴ですね。何を恐れているのです? この場所には私とメルフィーナ様、それと神柱に――― ああ、レイガンドの第一王子もいましたか。まあ、彼は最早どうでも良いです。その程度の存在です。メルフィーナ様、ここには私達しかいませんよ? 恐怖する必要は一切ありません。ご安心ください」

微笑むルキルがそう言うが、汗が止まらない。背中を伝う汗、頬を流れる汗、どれもこれもが嫌な予感しかしないものだ。ルキルから発せられる全てが、メルの目には邪悪にしか見えない。

「……無理ですね。ルキル、貴女から感じられるものは、全てが悪しき何かに染まっています。堕天使であるからと、そんな事では説明できないほどのものです」

堕天使とは天使が神に刃向かい罰を受け、堕落してしまった成れの果てとされている。しかし、だからといって堕天使そのものが邪悪という訳ではない。中には極少数ではあるが、罪を受け入れて善を尽くそうとする者や、記憶を失ったクロメルのように、純粋無垢(特定条件下では例外だが)である者も存在するのだ。つまるところ、種族の変化が元の精神に大きな変化を与える事はない。

「なるほど、私の姿はそのように見えているのですか。私は本心から言っているだけですのに…… いえ、少し違いますね。メルフィーナ様、確かにかつての私は、貴女を憎んでいました。神の座へ至る為、生の全てを捧げて来ました。期待してくれる方々がいました。その全てを、貴女様は奪い去った」

「………」

「それからの私の苦悩、想像できますか? 違和感なく皆に溶け込む為に、転生神となった貴女様を、憎む対象でしかない貴女様を、崇め、賛美し、支え続ける苦しみを。かつて私に期待してくれていた父と母も、揃って貴女様を崇拝していましたよ。私が失ったものなんて何も知らず、心から崇拝していました」

「ルキル、それは―――」

「―――ああ、別に謝罪の言葉を必要としている訳ではありません。私は分かっていますから。私を陥れた事象を仕組み、私の記憶のみを残した張本人は、メルフィーナ様であって、メルフィーナ様ではなかった事くらいは。メルフィーナ様の全てを理解する為に、百年ほどは費やしましたからね。寝ても起きても貴女様の事を考え、想い、憎んで生きて来たのです。それらは苦痛であり、また酷く愉快な事でもありました。澄ました顔で祈りを捧げ、内心では貴女様にとっての最大限の不幸は何なのか、真剣に考えていたんですよ? フフフッ、これって本当に愉快な事ですよね? ですよね!?」

コレットをも凌駕する早口な台詞に、メルは口を挟む暇がない。

「メルフィーナ様、正直に申します。そんな矛盾した生を歩んで来たお蔭で、崇拝して憎んで、私の感情は愛憎 相半(あいなか) ばを通り越し、お恥ずかしながら…… 貴女様に対し、完全に愛憎が入り混じった状態になってしまいました! 可愛さ余って憎さ百倍、いえ、憎さ余って可愛さ百倍なんです! メルフィーナ様を愛でたい、苦しませたい、それら気持ちが本心から同居しているのです! これは悲劇なのか、それとも喜劇なのか、哲学的で運命的な何かを感じませんか!?」

「え、ええっと……」

「なるほど、一言では言い表せないと、そういう事ですね? 流石は転生神を全うされたお方、一々仰る事が深いです。腹立たしく不快、それでいて尊敬の念を抱くほどに深いです! ああ、私の心が掻き乱されるッ! まるで親の仇に恋をしてしまったかのような! いえ、この気持ちはそんな安い表現で収まるものではありません! 殺してやりたいのに、私の隣にいてほしい! ぐちゃぐちゃにしてやりたいのに、優しく抱きしめて差し上げたい! 矛盾、矛盾、矛盾! どこまで行っても、私と貴女様の関係は矛盾だらけなのですッ! プラスマイナス、ゼロッ! ノー、この感情は無限大ッ!」

「………」

メルはこれ以上、ルキルと言葉を交わしたくなかった。瞳に宿るハートマークも、これ以上見たくなかった。折角食べた料理を戻してしまいたくなるほどに、気分が悪い。

「っと、脱線してしまいましたね。コホン、話を戻しましょう」

咳払いの後、スッと元の冷静さを取り戻すルキル。しかし、メルは欠片も油断はしていない。なぜならば、彼女の瞳の奥にあるハートマークが、まだそのままだったからだ。狂気の沙汰でしかない。

「それでですね、また数百年ほど考えて、閃いたんです。どうすれば貴女様を崇拝できる状態で、最大限の苦痛を与える事ができるのかを。ええ、今考えてみれば、至極単純な事だったんですよ。何も難しく考える必要はなかったんです」

ルキルがメルの方へと、両腕を広げながら一歩だけ歩み寄る。メルが反対側へ、一歩だけ後退する。

「先ほども申し上げましたが、改めて…… 私達が住まうこの美しき世界、その管理を行う転生神への、恒久的な就任! それこそが私の愛憎を満たす、最高の方法だったのです!」

いえ、普通に嫌ですけど!? と、メルは心の中で叫んだ。言葉を交わしたくないので、心の中で叫ぶに留めた。

「ええ、ええ、そうでしょう。メルフィーナ様が実は怠惰であり、ケルヴィンとかいう人間を愛している事は既に承知しております。折角神を円満退社をして、この美しき世界に戻る事ができたというのに、またブラックな仕事はしたくないですよね? メルフィーナ様のお気持ちは痛いほど分かります、理解できます!」

勝手に心を読むな、メルは心の中でツッコミを入れた。いつもは自分がケルヴィンに言われている台詞なのだが、今回は立場が逆転してしまっている。

「ですが、だからこそなのです。メルフィーナ様が転生神に復帰して頂ければ、私の信仰心は満たされます。本望です。そして、それによりメルフィーナ様が心の底から苦しんで頂ければ、私の復讐心も満たされます。満足なのです!」

満足気なルキルがメルの方へと、指先をわしゃわしゃと動かしながら、また一歩だけ歩み寄る。恐怖に染まったメルが反対側へ、また一歩だけ後退する。

「メルフィーナ様、今後も続けましょうよ、転生神! きっと楽しいですよ! 一人でやるのが嫌でしたら、私が地の果てまでご一緒しますから! 一緒に仕事をして、一番近くで、ゼロ距離で見守りますから!」

「あ、貴女の目的は痛いほど分かりました。ですが、それは無理なのですよ。転生神とは天使の長が見定め、選定されるもの。貴女一人の意思で決められるものではありません。それに次の転生神はゴルディアーナであると、既に決定しています。これが覆る事は、絶対にあり得ません」

確かにメルは先代の転生神ではあるが、既にその身は良い意味でも悪い意味でも、俗世に染まっている。染まり切っている。万が一に転生神になると名乗りを上げようとも、天使の長はこれを了承しないだろう。

「クスクスッ」

しかし、そんな核心を突くメルの言葉を受けても、ルキルは笑っていた。だからどうしたと言わんばかりに、口角を吊り上げている。

「メルフィーナ様、機械的にしか物事を判断できない、旧時代の長達はもういないのですよ?」

不敵なルキルの笑みは続く。

「まあ、メルフィーナ様が仰っている事も分かります。機械に身を投じ、自らの意思を消失させた旧時代の長達を説得するなんて事は、流石に無理でしょう。ですが、その長達の肉体は今、義体として使用されています。そして、それら義体を使っているのが、私が復活させた十権能です。彼らは堕天使ではありますが、長をも凌ぐ神聖を有しています。つまるところ、 十権能(かれら) にメルフィーナ様の素晴らしさを 理解さ(わから) せてやれば、貴女様は再び神として復権できるのですよ」

「ル、ルキル、そんな事の為に、十権能を復活させたのですか!?」

「そんな事、ではありません。これは私にとっての至上命題なのですから!」

あまりに狂人的な発想、世界の均衡を崩しかねない無茶苦茶な行動――― それら全てに理解が及ばない。しかし、それでもルキルは本気であったのだ。何せ彼女は、最悪の狂信者なのだから。