作品タイトル不明
第109話 桃色勧告
叡智(えいち) の間を覆い尽していた黒き光が、徐々に 翳(かげ) りを差し始める。エルドが放った謎の攻撃は建物などの物質を壊す事はないようで、光の中から現れた 叡智(えいち) の間は無傷のままであった。しかし、彼がターゲットに定めていたゴルディアーナはその限りではない。
「……ふぅー! やだん、ビックリしちゃったわん!」
黒き光の中より叫びと共に姿を現したのは、なぜか自らを抱き締めるような格好をしたゴルディアーナであった。なぜそのようなポージングをしているのかは全くの不明であるが、セクシーさと戦慄を同時に覚えさせられるような、妙な神々しさを放っているような、そうでもないような。そんな調子で声を上げているところを見るに、思いの外元気そうではあるが、決してダメージを受けていない訳ではなかった。むしろゴルディアーナからすれば、エルドの攻撃は想定以上の凶悪さであったのである。
(ふぅーん、反射的に 愛の抱擁(がっちりホールド) で守りを固めて正解だったわん。光のような速度で放たれる攻撃にぃ、妙な衝撃をアレンジしている感じかしらん? 生身だったら危なかったわねん。さ~てぇ、ここに来る時にも使った転移方法は、どうやら封じられているみたいだしぃ、一体全体どうしたものかしらん!)
防御形態であるらしい 愛の抱擁(がっちりホールド) から、通常の構えへと移行。その間に思考を巡らせ、ついでにバチコンとウインクをプレゼントするゴルディアーナのサービス精神は見事なものだった。しかし、飛んで行ったサービスは十権能全員に躱されてしまう。
「あらん? 私からプレゼントぉ、お気に召さなかったかしらん? もしかしてぇ、ウインクよりも投げキッスの方が好みだったとかん?」
更に気を遣うゴルディアーナであるが、絶対にそういう意味で避けた訳ではないだろう。そんなゴルディアーナの言葉を無視するように、十権能は話を進めてしまう。
「カカカ、言いおるのう! エルド、少しばかり手加減が過ぎたのではないか?」
老人風の言葉遣いをするこの男は、金の刺繍が施された純白のローブで顔を含んだ全身を覆い隠しており、姿が一切晒されていない。しかも、彼が纏うローブの形は人型を模っておらず、それでいて巨大――― ローブの中身が一体どうなっているのか、全く見当のつかない風貌だ。
「不完全とはいえ、転生神の代理役…… それなりに力があるのは、明白だった……」
そんなローブ男に続いて小声ながらも口を開いたのは、十権能の中で最も小柄な少女だった。輝くような長い銀髪をツインテールに纏めた彼女は、擦り切れた赤のゴシックドレスを纏い、その腕には片目がなく、腹から綿が飛び出したヌイグルミを抱いている。
「……目覚めたばかりのせいか、力の制御が上手くできていないようだ。ハザマ、レム、私の代わりにやってくれるか?」
「カカッ、御免被る。お主ほどでないにしろ、ワシの力も加減の利かぬものじゃて。ここは大人しく、若者に任せるとしよう」
「私だって、嫌…… 何か、あの見た目が駄目…… それに私の人形、まだ準備できてない……」
どうやら十権能は、誰がゴルディアーナを倒すかで揉めている様子だ。
(ふんふぅん? あのお爺ちゃんらしき人がハザマちゃんでぇ、小さくて可愛い娘がレムちゃんねぇ? さっき自己紹介してくれたエルドちゃんはぁ、素直にそのままリーダー格と考えるとしてぇ…… んんっ?)
その間にも思考を巡らせていたゴルディアーナが、とある事に気付く。本来ゴルディアーナが会う予定であった天使の長達、そんな彼らが 格納(・・) されていた機器から、十権能と同じ気配を感じ取ったのだ。
(もしかしてだけどぉ、いなくなった天使の長は元々ぉ……)
構えから美しいポージングに移行する事で、ゴルディアーナの思考は更に加速していく。全く以って謎理論ではあるが、こうする事でゴルディアーナの思考力は頗るアップするのだ。しかし、それも束の間の事。キレッキレのポージングを決めるゴルディアーナの前に、新たなる十権能が歩み出ていた。
「ハザマさんにレムさんもやる気がないのなら、僕がやりましょう。もちろん、他の方々は手出し無用でお願いします」
「バルドッグ、待て。偽神を討つのであれば、自分こそが相応しい。ここは自分に任せろ」
片や、青髪で眼鏡をかけた知性的な印象を受ける男。背中に何を背負っているのか、巨大な得物らしきものが見える。片や、金髪でベレー帽を被った軍人口調の少女。背丈はそれほどない、むしろ小柄な方だが、眼光が鋭く異様なプレッシャーを放っているのが、肌で感じられた。
「グロリアさん、僕の話を聞いていましたか? 手出しは無用、そう言いましたよね? まだ頭がお眠だったりします? なら、ここは僕がやっておくんで、どうぞ二度寝を楽しんでください」
「貴様こそ寝言は寝て言え。物事は合理的に、適材適所で行うべきだろうが。今後この場は我々の拠点として扱うのだぞ? 貴様の大雑把な戦い方で、早速破壊してしまうつもりか?」
「ハハッ。ひょっとして僕、喧嘩を売られてます?」
「そんな非効率的な真似はしない。事実を言ったまでだ」
「「………」」
(あらやだん。美青年と美少女が私を取り合っているわぁ。私ったら、いつまでたってもモテ期なんだからん! 神になっても罪深いお・ん・な(はぁと))
バチバチと視線で火花を散らす二人を、ゴルディアーナは慈愛に満ちた瞳で見守っていた。傍からすれば、何を見せられているのか意味不明な構図である。
しかしながら、ゴルディアーナもいつまでもこうしている訳にはいかない。如何に半転生神と化した彼といえでも、十権能を全員同時に相手にするのは、流石に無謀でしかないのだ。だからこそ 時間稼ぎ(・・・・) 、情報収集もそこそこに、そろそろおいとましようという考えに至る。
「バルドッグちゃんとグロリアちゃんは仲が良いわねぇ。邪魔しちゃなんだからぁ、そろそろ私は―――」
「―――カカカッ! 白翼の地(イスラヘブン) にいた天使達の避難が終わり、時間稼ぎの必要もなくなったかの? 外見はともあれ、何ともお優しい偽神じゃて」
「……あらぁ~、それを知った上で、待っていてくれてたのん?」
実のところ、ゴルディアーナは十権能の姿を確認した時点で、 白翼の地(イスラヘブン) に住まう天使達全員に向け、己の桃色オーラを利用したメッセージを送っていたのだ。避難を呼びかける大文字をオーラで模り、空に展開させるという圧倒的な力業である。
「今代の凡庸な天使達に興味などない。我々が狙うは、真なる神に仇なす可能性を秘めた、力ある者達だけだ」
「喩える、ならば…… 不敬にも、神の領域に踏み込んだ…… 貴女みたいな―――」
リーダー格のエルドに続いて、人形を抱いたレムが言葉を続けようとした。が、彼女らの眼前にゴルディアーナの姿は既になく、気が付けば猛ダッシュをかましている女神の背中が遥か遠くに見えて――― そう、天使達の安全を確認したゴルディアーナは、会話の流れをぶっち切って逃げの一手に走ったのだ。文字通り、全力で走ったのだ。
「―――偽神、と、か…… ぐすっ……」
最後まで台詞を言わせてもらえなかった事がショックだったのか、 叡智(えいち) の間に残されたレムが涙目になっている。
「ごめんなさいねぇ。勇気と蛮勇は違うと思うしぃ、私も私が可愛いのぉ。ここは大人しく激しく、出直させて頂くわん」
チラリと後方を確認しながら、依然として猛ダッシュを続けるゴルディアーナ。しかし意外な事に、そんな彼を追う魔の手は間近にまで迫っていた。
「僕達がそう簡単にぃ!」
「逃れられると思うなっ!」
つい先ほど名乗りを上げていたバルドッグとグロリアが、背の得物に手をかけ、或いは禍々しい魔力を拳に篭め、ゴルディアーナを追っていたのだ。既に距離はあってないようなもので、追跡者達は今にも攻撃を放って来そうである。
「あらやだぁ! 良い 脚筋(あし) してるわねぇ!」
誉め言葉(?)と共に投じられるは、ゴルディアーナのウェルカム極大ウインク。が、やはりと言うべきか、バルドッグとグロリアはこれを確実に躱すのであった。