作品タイトル不明
第107話 お手本のような笑顔
「失礼するよ」
「入るぜー」
アーチェさんの身体能力に関心を寄せていると、シンジールとパウル君が入室して来た。二人で何かを引き摺っているようで、大柄な体格の何者かもズルズルと共に入室。某捕らわれた宇宙人のような体勢になっていたので、一瞬吹き出しそうになってしまったが、何とかこれを我慢する。
我慢した上で、引き摺られて来た彼の様子を確認する事にした。かなりの巨体を誇っているのだが、全身が脱力した状態だ。白目をむいて意識がない。いや、それよりもまず気にするべきは、全身が何やらヌメッている事だろう。まるでタコやウナギを詰め込んだ水槽に落とした後かの如く、粘液が全身に纏わりついているのだ。大柄だったりヌメッたりと、シンジール達もここまで連れて来るのに苦労しただろうに。 ……で、この人誰よ?
「な、なんと、ホラス教官ではござらんか! なぜにこのような無残な姿に!?」
そんな事を考えていると、ござる口調の眼鏡の生徒がタイミング良く教えてくれた。ルミエストの教官だったのか、なるほどなるほど。 ……で、何でござる口調なのよ?
「彼の名はホラス・アスケイド、長年教官としてルミエストに勤めていた者だ。そして、今回の件の主犯でもある。それで間違いないかな、ドロシー君?」
「……はい、間違いないです」
「ほう、つまり主犯かつクロメルを襲った暴漢という訳だな? よし、なら俺が止めを刺しても良いかな? 良いよな?」
「良くないでーす。クロメルさんのパパさん、少し落ち着いてくださいね?」
「ああ、愛娘に危険が及んだからと言って、早計に殺めてしまうのは頂けないな。生徒達の前だぞ?」
俺が杖を片手にソファから立ち上がると、アーチェ教官とアートに速攻で止められてしまった。
「いや、流石に半分は冗談だって。信用がないな」
「残り半分が本気という時点で、警戒するに値するだろうに。さて、ケルヴィン君が先走る前に、事の詳細について情報共有しておこうか」
だから、先走らないと。そんな俺の思いを無視する形で、アートによる情報共有が開始される。俺、ちょっと不服。
とまあ冗談の冗談はさて置き、対抗戦最終試合を控えていたクロメルを襲撃したのは、このホラスという教官で間違いないらしい。彼は堕天使という特殊な種族にあり、神話時代の神々の戦いの際、邪神と呼ばれる悪い神の下で戦った天使達の末裔に当たるのだという。気が遠くなるほどの長い間、彼らは世界各地に身を潜めていたのだが、このタイミングで一斉に邪神復活に向かって動き出したんだとか。
「天使の最大の特徴である頭の輪、そして翼は任意に消す事ができるからね。ホラス教官をはじめとして、他の堕天使達もそうする事で社会に溶け込んでいったんだろう。天使の妻と子を持つケルヴィン君なら、私達よりも理解が深いのではないかな?」
「まあ、そうですね。そのままの格好だと何かと目立つので、普段は妻もクロメルも、翼などは消すようにしていますよ」
「出しっ放しだと、魔力も余計に消費もしちゃうので、です」
可愛いクロメルの補足。可愛い可愛い超可愛い久し振りに見ると尚更可愛い。
「ほーん? それにしても、アンタらよくこの男を無力化できたね? 見た感じ、こいつはA級以上、S級未満くらいの強さはあると思うんだが。その上、情報も引き出してると来たもんだ。なるほどねぇ、アンタらも対抗戦に出る資格が確かにあったって事か」
「そういえば僕達が駆け付けた時には、人質になっていた生徒も助け出していたよね? ホラス教官に裏切られたのはショックだったけど、それ以上にシンちゃん達の活躍振りに驚いちゃった!」
「しかも二人とも、無傷だったじゃん? やるじゃ~ん、このこの~」
「ソソソソソ、ソレハダネ、エエトダネ……」
「お、俺らの成果と言うか、何と言うか……」
「「「?」」」
リオンやバッケらに褒められているってのに、シンジール達はなぜか動揺している様子だ。
「どうした、らしくないな? そんなに言い淀んで?」
「マ、マスター・ケルヴィン、実は……」
「何があったのか、何を聞き出したかを伝えたのは俺らだけどよ、その…… このホラスってのを倒して尋問したのは、俺らじゃねーんだよ」
「は? なら、一体誰がやったんだ?」
「「それは……」」
パウル君とシンジールの視線が、ストローでジュースを飲んでいるクロメルに集まり出す。
「……マジか?」
「大いにマジだよ、マスター。クロメル姐さんが一人で片を付けてしまったんだ。私達はただ眺めている事しかできなかったよ……」
「ああ、クロメルの姐御は覚えてないらしいんだが、これがマジなんだよ……」
神妙な顔つきで頷く二人。どうやら嘘を言っている訳ではないらしい。ここで嘘を言っても意味がないし、本当にそうだったと考えるべきか。しかし、待て。姐さんに姐御って、お前らクロメルの事を、前からそんな呼び方してたっけ? うーむ、どこかの竜王ズみたいなノリになって来ているような…… い、いやいや、今はそんな事を気にしている場合じゃなかった。
「クロメル、本当なのか?」
「その、パウルさんの言う通り、私自身は何も覚えてなくって…… 何かに夢中になっていたような、そんな気はするのですが……」
「なるほど、クロメルがそう言うのなら、そうだったんだろうな! 至極納得だ!」
「あらぁ、ケルヴィンちゃんったら、ホントに愛娘ちゃんには甘いんだからん。私としては、こうも完璧に無力化できた事に驚きを隠せないのだけれどぉーーー…… まっ、それはさて置こうかしらん! それでん、他に分かった事はぁ?」
「お、おう、クロメルの姐御が吐かせた事は、俺がその場で覚えたからよ、姐御の代わりに俺が説明するぜ」
パウル君曰く、この騒動における堕天使ホラスの目的は、同じ堕天使であるクロメルの勧誘、そしてS級冒険者の打破であったそうだ。また、それら目的を達成する為に、学園都市内にあったルミエストの神柱を起動させ、その中に封印されていた神人ドロシアラ、要はドロシーを仲間に引き込んでいたという。
「私から言うのも信憑性に欠けると思いますが、一応補足しておきます。ホラス教官によって呼び起こされた私は、本来であれば神柱を起動させた邪悪なる存在、この場合のホラス教官を消す事を、機械的に最優先事項にします。ですが、どういう訳なのか、私にもよく分からないのですが…… 私はホラス教官を消す事よりも、ケルヴィン…… さん、を、消す事しか頭にありませんでした」
「なぜに!?」
その段階では何の交流もなかったよね、俺達!? いや、まあ、大歓迎ではあったけれども!
「ケルヴィンをピンポイントで殺す気だったとは、良いセンスしてるじゃないの。貴女、ただの地味な子かと思ってたけど、なかなかどうして。私と気が合うかもね」
「え、あ、はい……?」
ベルさんや、何をコソコソ話しているのかな?
「ええと…… そ、それで、彼が持ち掛けた取引に応じたんです。ケルヴィンさんを殺す機会を作ってくれるという、そんな取引に」
「その機会ってのが、今回の対抗戦だったって訳だ。前々から計画してたって事だねぇ」
「ええ、その為に私は学園に入学したのです。入学の為の条件は色々とありましたが、必要な事は全てホラス教官が手引きしてくれました」
「あらら、ホラス教官がそこまで…… アート学院長、らしいですよ?」
「アーチェ君、このタイミングで良い笑顔を私に向けないでくれ給え。それにしても、うーむ…… 私も受験希望者の確認は全てしていたが、ホラス君にしてやられたといったところかな? まさか、学園の幹部に内通者がいたとはね。これだけでも汚職行為、学園としても大事件だ」
珍しくアートが頭を悩ませている。上に立つ者は大変だな。
「くふふ、大変そうだね、アート! ここで私は素直な気持ちのままに、こう言ってあげよう。 ……ざまぁ!」
そんな言葉とアーチェ以上に良い笑顔を携えて部屋の窓から登場したのは、我らがギルドの長、シン総長であった。