軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第105話 対抗戦の結末

(今のは、走馬灯……? いえ、こんな余計な思考ができている時点で、死んではいないようですね…… ですが、ええと……)

暗転したドロシーの視界に、徐々に光が戻って行く。朧気な思考の中で自らの状態を確認、脳だけでなく体の感覚までもが曖昧で、未だに夢見心地な気分だった。直前まで自分が何をしていたのか、なぜ今に至っているのか、いまいち記憶が曖昧であるらしい。

「決ま――― ルミエ――― 対抗――― 勝者―――」

遠くの方で、誰かが何かを話している。耳に入って来るのは断片的な単語だけで、その内容までは頭に入って来ない。ただ、視界の方は段々と回復して来ている。それまでにあった靄が晴れ、雲一つない青空がドロシーを出迎えてくれた。

「……空?」

「ん? そりゃあ、外で仰向けに寝てれば、空も見えるだろうさ。おい、大丈夫か?」

吸い込まれるような大空の端から、見覚えのある死神顔がひょっこりと現れる。これはあまり目にしたくない顔ではあったが、それを視界に入れたお蔭でドロシーの頭は瞬時に覚醒。そしてなぜこうなったのかを、何となく理解させてくれた。

「ハァ…… 私、負けたのですね?」

「ああ、物騒な言葉と共に倒れてくれたからな。おい、立てるか?」

ドロシーに手を差し出すケルヴィン。既にケルヴィンの傷は治癒しているようで、肩に空けた穴も塞がっている。彼女はその手を少し訝しんだが、意外にも素直にその手を握るのであった。

「おっとー!? 見事勝利に輝いたケルヴィンさんが、ドロシーさんに手を貸したぁー! これは美しい光景です! 正に殴り合った後の友情だぁー!」

ケルヴィンの手を借りドロシーが立ち上がると、舞台の外よりランルルの実況が聞こえて来た。ああ、さっき聞こえて来た声は彼女のものかと納得するのと同時に、何とも大袈裟に言ってくれるものだと、ドロシーは呆れてしまう。

「実況席もああ言ってくれているんだ。ほら、笑顔を作って観客に手を振れ。そうすりゃ、収まるところに収まるだろ」

ドロシーにのみ聞こえるような小声で、ふとケルヴィンがそう呟いた。

「……私を助けるつもりですか? 貴方を殺そうとした、この私を?」

「まあな。お前、能力も実力も将来有望そうだし。ただ、実戦における経験が圧倒的に足りていない感じだった。次に俺を殺しに来る時は、その辺を鍛え直して来てくれ。楽しみに待ってるからさ」

「は? ……あの、言っている意味が分からないのですが?」

「いや、だってお前、リオンの友達なんだろ? 実際に戦ってみた感じ、リオンとも良い勝負だと思うぞ? 実力伯仲、実に良い事じゃないか。これからも末永く仲良くしてもらいたいものだ」

「………」

予想もしていなかったケルヴィンの言葉に、言葉を失い唖然としてしまうドロシー。それまで仕方ないといった風に手を振っていた彼女であったが、その手も止まってしまっている。

「……友達だから、殺さないと? 本当の友達かも分からないのに? 貴方を殺す為に近づいたのに? それに、また殺しに来いだなんて…… 本当に意味が分かりません、本当に……」

「ハッハッハ、これで意味が分かったら、お前も理知的なバトルジャンキーの仲間入りだよ。安心しろ、うちの家族は日常的に俺を殺しに来てるから、そこにお前一人が加わったところで何も変わらん。ほら、背後から首を狙いに来たり、酷い寝相からの組技をされたり、酔った勢いであれこれされて窒息しかけるとか、よくあるだろ?」

「ないですよ! どんな家族ですか!?」

そんな家族である。

「そ、それに、そういう事ではないでしょ! 私は、リオンさんを騙して―――」

「―――それで良いんだよ、別に。少なくとも、リオンは未だに友達だと思っているみたいだからな。俺はお前と直接殴り合ったが、学園で一緒に過ごした時間は、リオンの方が長いんだ。俺はリオンの信じるものを信じさせてもらうよ」

「ッ……!」

そう言って戦闘の時とは違う笑顔を見せるケルヴィンに対し、ドロシーは自分の気持ちが分からなくなっていた。この気持ちが一体何なのか、困惑するばかりだ。

「ああ、もちろんお前がどこの誰で、何の目的があって俺を狙ったのか、その辺は調べさせてもらうけどな」

「……その点だけは当然の処置ですね。一つお伺いしますが、私が最後に放った言葉、アレを聞いて何ともなかったのですが?」

「ん? あー、『自害せよ』ってやつか? 呪いの類だったんだろうが、俺には効かなかったみたいだ。うちの奥さんが作った装備、状態異常に耐性を持ってるからさ。まあ完全にって訳じゃないから、お前の時魔法はガンガン効いたけどな。あ、もしかして俺じゃなくて、観客が無事だった理由が知りたい感じ?」

「ええ、まあ、そちらもそうですね。私、結構声を張り上げて言ったつもりでしたから」

「んー、そっちは俺もよく分かっていないんだが…… 多分だけど、アート学院長の演奏が防いでくれたんじゃないかな。お前が呪いを置いて気絶した直後にさ、突然ジャジャーンって音をアートが鳴らしたんだ。皆ビックリしていたけど、アート曰く勝利のファンファーレを奏でたとか、そんな事を実況解説に乗せて言ってたよ。あのクソでか演奏で、お前の言葉は掻き消されたんだと思う」

「なるほど、あの学院長が…… フッ、 悉(ことごと) く読まれていましたか。S級冒険者とは、侮り難いものですね」

どこまでも完敗、そして一周回って清々しくなったのか、ドロシーの表情には僅かな笑みがこぼれていた。

「……あの呪いの言葉、私の固有スキル『英雄想起』で作り出したものなんです。ついでに言うと、肉体が鋼鉄のように硬化していたのも、その能力のお蔭です」

「おいおい、突然ぶっちゃけたな?」

「今でないにしても、私から情報を引き出すつもりでしょう? なら、遅かれ早かれいずれ言う事ですので」

「あらら、やけに素直になったもんだ。 ……その固有スキル、戦闘中に宙に浮かべていた、あの本に関係しているのか? チラッと確認させてもらったけど、アレってトライセンの本だよな? 前の魔王騒動について書かれた、まとめ本みたいなやつだったが」

「ええ、その通りです。『英雄想起』は一冊の本を対象として、そこに記載されている偉人の固有スキルを借りる事ができるんです。今回私が借りていたのは魔王ゼル・トライセンの『王の命』、そして鉄鋼騎士団のダン・ダルバ将軍が持つ『鉄心』という能力でした。一度に一つの固有スキルしか使えない為、一々切り替えていたんですけどね。どの場面で使っていたのかは…… まあ、貴方なら説明するまでもないでしょう?」

「まあな。しかし、はぁー、時魔法に加えて、そんなもんまで持ってたのか。ふーん」

ドロシーにますます興味を抱いてしまったのか、ケルヴィンの瞳が邪悪に輝き始める。ドロシーはそんなケルヴィンを視界に入れないよう努めた。

「なあ、もう一つ良いか?」

「あまり良くないですが、何ですか?」

「俺を殺したかったのなら、こんな公の場で対決なんかせず、最初から暗殺なりなんなりすれば良かったじゃないか? 俺としてはそれも歓迎だし、少なくとも真正面から試合に臨むより、勝てる見込みはあったと思うぞ?」

「それは、ええと……」

ケルヴィンの問いに言葉を詰まらせるドロシー。それから考えるような仕草をし、何かを頭の中で噛み砕いていく。数秒ほどして、彼女は納得したように顔を上げた。

「……何でもしてやろうと思っていた憎しみが、友達に浄化されてしまったのかもしれません」

「へ? 何だ、その変な理由は?」

「貴方が理解できなくとも、そんな理由なんですよ、多分。あ、でも付け加えるとすれば、貴方の娘さんに少し意地悪をしたかった気持ちもあったかも。なぜなのかは、私もよく分かりませんが」

「あ? ぶっ殺すぞ?」

唐突にマジな殺意を向け始めるケルヴィン。但しドロシーはこの反応を予想していたのか、何食わぬ顔で受け流している。

「ったく、あまりつまらない冗談を言ってくれるなよ? ああ、そうそう。言い忘れてたけど、お前が気絶している間に、ちょっとした細工をさせてもらった」

「細工?」

「うん、細工。生かす選択をした上で、後々に俺以外の奴にちょっかいを出されても困るからさ、お前の心臓に 鷲掴む風凪(ハートカーム) っていう、緑魔法と白魔法の合体魔法を施したんだ。何、そう心配する事はないさ。普段は治癒能力と自浄作用を強めるっていう、むしろお前にとって良い働きをしてくれる。気絶してから、思いの外目覚めるのが早かっただろ? それ、実はこの魔法のお蔭なんだよ」

「……普段は、というと、それだけの魔法ではないんですよね?」

「もちろん。俺以外の奴に殺意を伴うほどの危害を加えようとした時に、問答無用で心臓を切り刻むから、その点だけは気を付けてくれ。いやあ、合体魔法って調整が難しくってさ、良いタイミングで被検体――― コホン! テストに協力してくれる人が現れてくれて、本当に助かったよ」

「………」

やっぱりこいつ嫌いだ。ドロシーは心の底からそう思った。