作品タイトル不明
第102話 止まる世界
S級時魔法【 堕ち尽く(エテルネル) 】、世界を完全に静止させる大魔法が発動し、ドロシーと対峙していたケルヴィンをはじめとして、周囲の観客達の喧騒や、実況を行っていたランルル達の時が止まる。今この世界で動ける者は、それこそ術者であるドロシーだけだ。尤もその彼女も、この世界で自由に動けるという訳ではなく、幾つかの制限が課せられていた。
一つ、 堕ち尽く(エテルネル) を発動させた後だとしても、静止したこの世界で一歩でも動くごとに、多大なる魔力を消費してしまう事。一つ、動くにしても水中にいるかの如く体が重くなり、行動が非常に緩慢なものになってしまう事。一つ、停止した世界の中では一定サイズ以上の生物に触れる事ができず、たとえ攻撃を放ったとしても、対象に衝突する寸前のところで攻撃が止まってしまう事(具体的には対象から数ミリの時点で停止)。
これらの条件がある為に、ドロシーは長時間この魔法を維持する事ができず、また起こす行動も極限られたものとなってしまう。だが時を止めるという事は、それらデメリットを補って余るほどのメリットが存在する。
「魔力の燃費が悪い? 行動が制限される? 時を止めても敵を殺せない? 違いますよ。だって時を止めている間に、敵を殺す用意だけ済ませておけば良いのですから」
堕ち尽く(エテルネル) を展開する中で、ドロシーが取った行動は些細なものだった。杖を弓に見立てて片腕を引き、照準を 敵(ケルヴィン) に合わせる。ただそれだけだ。
「 黄泉飛ばす(モール) 」
杖の両端に、そしてドロシーの指先に生成されるは、不可視の弦と不可視の矢。弓矢を模したこれら時魔法【 黄泉飛ばす(モール) 】は、言わば 腐り堕ちる(デカダンス) の射撃バージョンとも呼べるものだった。効果範囲を矢の形に凝縮し、その通り道の時を一気に進め、全てを朽ち果てさせてしまう。 腐り堕ちる(デカダンス) よりも更に範囲を絞っている為、その効力もより激しいものと化している。
―――ヒュッ。
放たれた不可視の矢は、一寸の狂いもなくケルヴィンの心臓へと向かい、その寸前のところで静止した。あと数ミリでも直進すれば、ケルヴィンの心臓に直撃する位置だ。
「今は当たらなくとも、時が動き出せばそれで終わり。故に時魔法は最強なのです」
終幕を飾る最後のスイッチを押す為に、ドロシーは必要最小限の動作で、弓代わりにしていた杖をゆっくりと持ち替える。
「戦いを好むのであれば、どこかに遺恨は必ず残るもの。貴方は欠片も気にしていないのでしょうが、これは同胞である六柱が討たれた恨みを晴らす為の一撃です。さようなら、ケルヴィン・セルシウス。神人ドロシアラの名において、手始めに貴方を討つ。 ―――時よ、動き出せ」
時間を止めた時と同様に、ドロシーが杖の底で再び舞台を叩いた。彼女の宣言通り、停止していた世界は元の摂理を取り戻し、何事もなかったかのように動き出していく。当然、ドロシーが放った 黄泉飛ばす(モール) も、ケルヴィンの心臓目掛けて進撃を開始。意識の外からによる、必中不可避の完全なる不意打ちだ。ケルヴィンの死という形で試合は終了、そう確信するドロシー。だがしかし、眼前で起こった光景は、彼女が思い描いていたものと大分異なっていた。
「あっっっぶなぁっ!?」
聞こえて来たのは悲痛ではあるものの、生気を感じさせる叫び。密度を高める事で 神聖天衣(ディバインドレス) を食い破り、ケルヴィンの心臓を貫く筈だった 黄泉飛ばす(モール) は、その役目を果たしていなかったのだ。代わりにケルヴィンの左胸の表面、そして左肩を大きく抉るに留まり、殺し切るに至っていなかった。
「ば、馬鹿なぁぶっ……!?」
それどころか、ケルヴィンはドロシーの目の前に一瞬にして現れ、彼女の顔面に猛烈な蹴りを食らわしていた。手加減なし、助走を入れて目一杯に蹴った、本気の一撃である。逆に不意打ちを食らってしまったドロシーは、その勢いの余り、舞台の上を何度も跳ねながら後方へと吹き飛ばされてしまう。
「ま、まさか 神聖天衣(ディバインドレス) を貫通して来るとはな、今のは今日一驚かされたわ…… しかもさっきのアレ、予備動作も何も感じなかったぞ。完全に時を止めてたって事か? マジですげぇな……!」
時が動き出した直後、 神聖天衣(ディバインドレス) の消失と身に迫る危険を無意識のうちに察知したケルヴィンは、ノータイムで魔力超過を織り交ぜた 風神脚(ソニックアクセラレート) ・ Ⅶ(セプタ) を発動。アンジェ以上の速度となったケルヴィンは、そこより体を捻る事で、矢の軌道から心臓を外していたのだ。
(見えなかったけど、体に覚え込ませていた類の攻撃だったっぽいな)
加えて、不可視である故にケルヴィンも認識はしていないが、矢を模した攻撃であった点も、ケルヴィンが攻撃を回避するに当たって大きく寄与していた。如何に強力とはいえドロシーの矢は、常日頃から鍛錬で躱しているエフィルの矢よりも、スピードと攻撃規模が劣っていたのだ。それこそケルヴィンは、ほぼゼロ距離からエフィルに矢を放たせ、その攻撃を躱すという馬鹿げた鍛錬を行っている。ならば意識外からの攻撃とはいえ、戦闘状態のケルヴィンが真正面から危機を察知し、行動を起こせない理由はない。
しかし、それでも完全に躱すには至らなかった。現在ケルヴィンの肉体は左胸から左肩にかけて、抉れる形で矢の通った道が残されている。不思議な事に傷口からは血が一切出ていないが、それでも重症には変わりなかった。
(うげ、肩ねーじゃん。でもまあ、左腕はギリ動くか。よし、軽傷!)
尤もケルヴィンは心臓が腐って消滅するよりかは、随分とマシであると判断したようだが。
「ふー」
ドロシーを蹴り飛ばしたケルヴィンは、その場で呼吸を整え始める。この試合初めて攻撃を当てる事に成功した訳だが、ケルヴィンもケルヴィンで相応に負傷している。先ほどから負傷箇所に回復魔法を施しているのだが、なぜなのか傷口は治らなかった。いや、治療される速度が、著しく遅いというべきか。
ケルヴィンの顔面蹴りを食らう直前、ドロシーはこの攻撃は躱せないと判断して、回避を捨ててとある魔法を詠唱していた。それが 杭留める(タール) 、敵の傷口に呪いの如くかけ、傷口のみ時間を停滞させる魔法だ。つまり、それ以上傷が悪化させない代わりに、回復魔法などの治療手段も受け付けさせなくしてしまう。これにより、ケルヴィンがいくら回復魔法を唱えようとも、傷口は一切塞がれないという訳だ。
一方のケルヴィンも何となくその事を察して、それ以上回復を繰り返すのは止めたようだ。代わりに、吹き飛ばしたドロシーの方へと視線を移す。
「つうか、お前随分と顔硬くない? うちのジェラールを蹴ったような、鋼鉄みたいな感触だったぞ?」
「……女の子に対して、その物言いは少し酷いですね。まあ、実際そうなんでしょうけど」
倒れた状態から逆再生をしたかのような、不気味な起き上がり方をするドロシー。ケルヴィンの攻撃は確かにクリーンヒットした筈なのだが、コキコキと首を鳴らす彼女は平然とした様子だ。ちなみに召喚士であるケルヴィンは自分が非力であると自称しているが、全力で蹴れば大木だって倒れるし、常人であれば首から上が吹き飛ぶ程度には威力がある。
(まさか、もう一つの固有スキルまで使う事になるとは。魔力ももう心許ない。となれば、これ以上の長期戦は避けたいところですが……)
(あの硬さ、純粋なステータスによるものじゃねぇな。勢いで蹴っちまったが、大鎌で斬った方が良かったか? 反省反省、猛反省)
睨み合う双方は杖と大鎌を構え直し、次なる手を模索する。未だ謎めいた能力を残すも、魔力の枯渇が激しいドロシー。未知の戦いに喜び勇むも、治療不可能な傷を負ってしまったケルヴィン。戦いはいよいよ終盤へと突入する。