軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第98話 軟派な誘い

悲鳴にも似た叫び声が轟くも、それら騒音は全て 人智の隙間(レクトロクス) に遮断されてしまう。どこの誰の声なのかは分からないが、万が一にも彼の声が外に漏れる事はないだろう。という訳で、場面を舞台の上へと移す。

「ルミエスト側出場メンバーのクロメルさん? クロメルさーん? 時間ですので、舞台への移動をお願いしまーす! ……あれぇ、おかしいですね。最終決戦になったというのに、肝心のクロメルさんが登場されません。ハッ! これはもしや、何かのサプライズ!?」

「そのサプライズを運営側が知らないでどうするのですか…… 現在、運営メンバーが詳細を確認しているところです。試合開始まで、もう少々お待ちください」

クロメルが一向に舞台へ姿を現さない為、対抗戦の会場はちょっとした騒ぎになっていた。先ほどの放送の通り、運営部も漸く調査を開始したところで、今のところ続報らしい続報が入る様子はない。

「おかしいな、メルと違って時間をきっちり守るあのクロメルが、よりにもよってこの大舞台で遅刻をするなんて…… ハッ! まさか、何かしらの事件に巻き込まれて誘拐されてパパ助けてな事態に!?」

最終戦に向けて一足先に舞台入りしていたケルヴィンは、子煩悩が過ぎるパパとして当然の反応を見せていた。普通であれば、妄想が豊かであると仲間達からも一笑に付されるところだが、何の因果なのか、今回ばかりは予感が大的中。ケルヴィンは今にも舞台を抜け出して、学園中を疾駆してしまいそうだった。

しかし、ケルヴィンが 風神脚(ソニックアクセラレート) を施して飛び出そうとする間際のところで、ある人物が舞台へと上がって来る。

「失礼します」

その者は何気なく舞台へと上がり、たまたま視線の合ったケルヴィンに何気ない挨拶をした。そこには敵意や殺意のような感情はなく、日常の中で行われるであろう、ごく自然な仕草と行動しか見受けられない。ついでに言ってしまえば、その者はルミエストの生徒であるらしく、リオンと同じ制服を纏い、どこにでも溶け込んでしまいそうな容姿をしていた。

しかし、しかしだ。だからこそケルヴィンはクロメルの事から一旦頭を切り替え、その者に意識を集中させる必要があった。長きに渡り戦いに従事してきたバトルジャンキーの目には、普通である筈の 彼女(・・) がとても美味しそうに見えたのだ。目にするだけで空腹感が刺激され、唾液が溢れ出る。最早そこらのS級モンスター程度では、小腹も満たされない領域にまで達していた筈の戦闘狂の五感に、ありったけの渇望感が叩き込まれる。普通なのに、普通ではない。そんなちぐはぐな印象を感じさせるこの生徒に、ケルヴィンが興味を抱かない筈はなかった。自然に素敵な笑みがこぼれ、気が付けばケルヴィンはこう質問していた。

「……誰だ? 名前は? 目的は? どこ住み? てかさ、ちょっと俺とバトって行かない?」

否、質問というよりも、ナンパに近いバトルのお誘いだった。だが、そんなバトルジャンキーの笑顔と発言を受けて尚、対峙する生徒の表情は崩れない。

「クロメルさんの代役で参りました、ドロシーと申します。リオンさんのルームメイトで、寮の同じ部屋にご一緒させて頂いています。あ、目的はケルヴィンさんを倒す事ですので、戦いのお誘いは喜んでお受けしますよ? この勝負にルミエストの勝利が懸かっていますからね」

ケルヴィンの前に現れた謎の生徒の正体は、なんとリオンの友人でもあるドロシーであった。ケルヴィンは相変わらず笑ったままだが、周囲の反応は凄まじい。

「えっ!? シーちゃん!?」

「は?」

「ありっ? 選手交代したの?」

「いやあ、拙者はそのような事は聞いておりませぬが……」

彼女の登場に、控室より観戦していたリオン達から驚きの声が上がる。それもその筈だろう。彼女達からしたら、ドロシーの登場は全く予期していなかったのだから。

(リオンの友達? つまり、見たまんまルミエストの生徒か。ルームメイトって事は、恐らくはリオンの同級生…… 同級生!? すげぇなルミエスト! 俺も予期していないこんな隠し玉を、まだ持っていやがったのか! そしてリオン、良い友達を持ったじゃないか! 流石俺の妹だけあって、良い目をしてるなぁ。これだけの実力者、一生もんの友達になるぞ。つか、なってお願い……!)

その一方、ドロシーと初対面になるケルヴィンは、現在起こっている裏事情を全く知らない為、彼女がサプライズによる本当の出場者で、クロメルの代わりに戦う事になったのだと、そのまま信じてしまっていた。悲しい戦闘狂の 性(さが) と言うべきか、それともお馬鹿さんと哀れむべきか。

しかしながら、そんな愚直な死神を騙す事ができても、運営側にとってこの出来事は、不測の事態以外の何者でもない。当然、この事態にストップがかかる。

「ドロシーさん、これはどういうつもりですか? 貴女は対抗戦のメンバーではない筈ですよ。今直ぐに舞台を降りなさい」

静かな口調でそう言い放ったのは、解説席のミルキーであった。対抗戦を運営する責任者として、一生徒の勝手な真似は決して許されるものではない。

「ミルキー教官、残念ですが貴女の命令には従えません。既にこの場は、私が掌握していますしね」

「何ですって?」

―――パチン!

ドロシーが指を鳴らした途端、ケルヴィン達を取り囲む舞台の結界が、全くの別物へと変貌していった。生まれ変わった結界は以前よりも圧倒的に強固であり、召喚術による配下の召喚、念話による意思疎通までもを阻害。紫に染められた究極の結界は、正に召喚士の力を封じる為にあるようなものだ。

(んんっ? この色、この性質、もしかして……)

しかし、ケルヴィンはこの結界がどのようなものなのか、目にしただけで自然と理解できてしまった。その理由は既に知っていたから、である。そして、ケルヴィンと同じ理由で分かってしまった者が、舞台の外にも一人。

「アレは、あの時の……」

「ベルちゃん?」

それはもちろん、元神の使徒のベルである。かつてこの結界を実際に使用した事のある彼女は、使われた側のケルヴィンと同じく、この結界があの時のものであると逸早く理解していた。

『あの紫色、創造者が作り出した結界よ。ほら、私とアンジェでケルヴィンを始末しようとした時に使ったやつ』

その事をリオンに伝える為、ベルはこっそりと念話を送る。

『ひょっとして、獣王祭の時の?』

『そうよ。でも、何であの結界がここに? 統率者を倒す為に、召喚士殺しの仕組みをケルヴィン達に教えはしたけど、他の奴らは知っている筈がないのに…… いえ、今はそれよりも、アレの破壊が先かしらね』

『えっと、僕は直接は見てなかったけど、確かその時はセラねえが結界を壊したんだっけ?』

『ええ、その通りよ。セラお姉様が華麗に優美に破壊してくれたわ。普通、あんな短時間で破壊できるものじゃないから、『血染』を使ったのかしらね。あの時は敵ながらに、お姉様の圧倒的な行動力に感服したものよ。フフン』

あ、今のフフン、ちょっとセラねえに似てたかも。と、そんな悠長な事態でない事は分かっていたのだが、リオンはそう思ってしまった。

『馬鹿みたいに頑丈かつ、魔法だけが通り抜ける特殊な結界だから、ケルヴィンの大鎌でも破壊はできないの。召喚術やこの念話も遮断する、言うなれば対ケルヴィン用の大結界かしらね』

『そ、それって大変な事になったんじゃない!? 急いでケルにいに伝えないと!』

『いえ、あの戦闘馬鹿なら自力で理解してるでしょ。だって戦闘馬鹿だもの』

『あっ、そうか』

何の疑問も持たずに納得してしまうリオン。ある意味、信頼が厚いと言える。

『それじゃあ、急いでセラねえに連絡しないと…… セラねえ、聞こえる? セラねえ?』

リオンがセラに念話を何度も送るも、返答がなかなか来ない。おかしいなと思いつつも、リオンは呼びかけを続けた。

『う、うう……』

『セ、セラねえ!? 大丈夫!?』

漸く念話先から返って来た声は、微かで弱々しいものだった。もしやセラ達の方でも何かあったのでは!? と、リオンは焦った。切迫した空気の中で、リオンが次に耳にしたセラの言葉は―――

『は、はしゃぎ過ぎて、食べ過ぎた…… もう、動けない、くふっ……』

―――食べ過ぎによる、ギブアップ宣言だった。どうやら子煩悩孫煩悩な者達から解放された事で、屋台巡りを楽しみ過ぎたらしい。戦闘面ではメル並みに頼りになるセラも、胃の大きさは人並みであったようだ。

『……流石はセラ姉様、たっぷりとお祭りを楽しんでいたようね。一ルミエストの学生として、とても誇らしいわ』

ベルはとても寛容だった。