軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第97話 懲罰

突如としてホラスの眼前に出現した謎の触手が、目に留まらぬ勢いで彼に迫り来る。異常なまでの危険性を察知したホラスは、即座に回避行動を開始。あと少しで掠ってしまうかという、本当にギリギリのところで触手を躱す事に成功する。天井が高く上に逃れるスペースがあった事、そして漆黒の翼を予め顕現させていた事は、彼にとって大変に幸運な事であった。しかし、眼下の生徒達はそうもいかない。

「あらあら、躱されてしまいましたか。まだ力が馴染んでいないと考えるべきか、それとも思いの外動けるものだと感心するべきか…… まあ人質とやらは確保できたので、良しとしましょう」

「あっ、あっ……」

「う、ああぁ……」

地上に取り残されたマール寮の生徒達は、一人残らずタコ足のような触手の波に飲み込まれ、苦し気に声とも言えない声を漏らしていた。ダメージを負っている様子は見受けられないが、生気が丸っきり消失してしまっている。

空中から見下ろす事で、生徒達の様子を確認できたのと同時に、例の触手に関しても漸くその全貌が明らかになった。漆黒の触手はクロメルが装備する純白の聖衣、アグノスパスマのスカートの下から生えており、全ての方向に地面を這うようにして伸びていた。しかし、それら触手が辺りを侵食する規模が尋常でない。ホラスが見渡す事ができる学内の床、その全てが触手によって覆い尽くされてしまっていたのだ。

「こ、この禍々しい力は、一体……!?」

「禍々しいだなんて、とんでもない。この 深海の悪魔(アビスダゴン) はご覧の通り、無数の触手を生み出すだけの、ちょっとした青と黒の合体魔法です。触れた者の魔力を根こそぎ吸収してしまう特性も持ち合わせていますが、まあ些細なものです。まあ取り敢えず、これで生徒の方々は自害もできません」

次なる獲物を求めているのか、床を満たしていた触手が徐々に宙へと興味を示していく。段々と吊り上がって行く触手の先が向けられるのは、当然空中にとどまっているホラスだ。

「ううっ、ヌメヌメしてる…… けど、私達に対しては害はない……?」

「じょ、嬢ちゃん! 確認だけさせてくれ! 味方って事で良いのか!? あと、この力は一体!?」

触手の海に巻き込まれて姿が見えないが、その中にはパウルとシンジールも居たようだ。生徒達とは違い、こちらは魔力を吸われていないようで、しっかりと自分の意思を保っていた。

「もちろん、味方ですよ。ただ、敵の前で安易に説明などはしたくないのですが…… まあ、良いでしょう。取るに足らない相手ですし」

「なっ!」

普段であれば絶対にしないような、相手を小馬鹿にする態度を取るクロメル。これだけでも衝撃的な絵面ではあるが、肝心なのはその異常なまでの強さの方だ。

「私の固有スキル『怪物親』は、私がパパを目にしている時に、パパの強さをこれまでで一番強かった、所謂全盛期の時にまで力を底上げする能力です。先ほども言っていたようですが、だからこそこの力を警戒して、私と分断した後にパパを結界の中に閉じ込めたんですよね、ホラス教官? ええ、その作戦はとっても真っ当で、正しい選択です。『怪物親』のもう一つの力がなかったら、の話ですけれどね」

「もう一つの、力、ですと……!?」

「ですです♪ その力は逆の状況、つまりパパが私の存在を、全く察知できないでいる時に発動します。その効力は、私を全盛期の力に引き戻す事。疑似的にその段階にまで急成長させる、とも言えるでしょうか。性格の悪さまでその時期に寄ってしまうのが、少々難ではあるんですけどね。そして、私の全盛期とは――― っと、そこまで教えてあげる必要はないでしょう。貴方は何となく察していそうですし」

「ッ……! 演技でもない、私達と共に歩む気もない。ならば、貴女が私達を支援したのは、一体なぜです?」

「ひょっとして、以前の 私(クロメル) の話をされています? 言っておきますが、その 私(クロメル) はもう死んでいるのです。今の私は、あくまでも能力によって、その域にまで力を高めたに過ぎません。尤も、パパが大好きな 私(クロメル) の事です。ある程度の予想はできますよ。万が一に敗れた際の為に、パパへの次のプレゼントとして、置き土産を用意していたんでしょう。競う相手がいなくて、パパが退屈しては大変ですからね」

「お、置き、置きみや、げ……!?」

「はいです♪ ああ、もちろんホラス教官の事ではありませんよ? いくら何でもそれは、自分を驕り過ぎです。用があるのは背後にいるであろう、大天使や邪神さんですから」

怒りで全身を震わせるホラスの姿を、クロメルは満足気に眺めていた。後方にいるパウルとシンジールは、ただただクロメルの言動に恐怖するのみである。

「ふう、少し長話が過ぎましたね。ああ、外からの応援を待つのは推奨しませんよ? 大方情報の伝達だけでも仲間に、なんて事を狙っているのでしょうが、私はママほど優しくはありませんから。ほら、とっくの昔に外部との繋がりは遮断していますし」

クロメルが両腕を広げると、辺りからガシャンガシャンとガラスが割れたような音が鳴り響いた。ホラスが辺りを見回すと、全方位、天井までもが黒々と染まっているのが目に入る。

「漆黒の、結界!?」

「惜しいですが、 人智の隙間(レクトロクス) は結界を作る魔法ではありませんよ。空間を刳り貫いて、代わりにでたらめな小さな世界を生成した、と言った方が正しいです。予め警告しておきますが、その黒き世界には触れない方が良いかと。非常に概念が不安定な状態ですので、貴方程度では存在を保てるかどうか、正直私にも分かりませんので。まあ、それでも通り抜けたいと言うのなら、あとはご自由にどうぞ。それを眺めているのも、また一興です」

「あ、あの、それって私達が誤って触れた場合も、凄まじく危険なのでは……?」

「ですね。大人しくそのまま埋まっていてください」

「「………」」

パウル&シンジール、大人しく待っている事を決意。

「せ、世界の創造……!? 馬鹿な、転生神でもない貴女が、そのような神の御業を成せる筈がないっ!」

「ですから、今の私は神に至っているんで、っと、今のは失言です。ええと、今はそれよりも――― ああ、居ました居ました」

何かを捜すような仕草をした直後、クロメルが触手の一本を動かす。地上より持ち上げられたその触手には、一人の生徒が束縛されていた。

「ひぃぃぃっ! ななななっ、何、何なんだよ、これぇぇっ!?」

「ふんふん、なるほど。一人だけ元気な状態で残しておきましたが、酷く混乱している様子。どうやら、あのおかしな洗脳は消えたみたいですね。外部との空間を遮断して、正気に戻ったとなると…… なるほど、彼らを洗脳した能力者は貴方とは別にいると、そういう事ですね♪」

ビシリとクロメルに指を差されるホラス。同時に、悲鳴を上げながら錯乱していた生徒の魔力を、触手が吸収。抜け殻になってしまったかのように、ダラリと生徒の体から力が抜けていった。

「外のお仲間も気になりますが、そちらはパパ達が何とかするでしょう。さて、ホラス教官はどうされますか? 勇敢にも私に立ち向かい、情報を根こそぎ抜かれてしまうか。それとも賢明な判断で逃走し、やっぱり私に捕らえられてしまうのか。ええ、どちらを選択しようとも、私は貴方に敬意を払いましょう」

「……私を侮るのも、大概にして頂きたい。真なる神の使徒、ホラス・アスケイド! 今こそ、邪悪を断ち切る!」

黒き翼を最大限にまで広げ、ホラスがクロメルへ突貫を開始した。

「ふふっ、大変に愚か♪ あら、また失言さんです」