作品タイトル不明
第80話 奥の手
物理・魔法を問わず、何に対してもこれまでの舞台とは一線を画す耐久値を誇り、魔力を送り続ける限り自動修復を行い続けるという、圧倒的なまでの能力を有する特製舞台。それは幾度の敗北を喫しても決して諦めず、自身の腕を弟子達と共に磨き続けた舞台職人シーザーと、世界最高峰の魔法技術を惜しみなく注いだ、ルミエスト魔導研究所所長ミルキー・クレスペッラが作り出した、奇跡の作品である。理論上はS級冒険者同士の戦いにも耐える事ができ、何者にも破壊されないものとして計算されていた。事実、対抗戦の第一戦は危な気なくその役目を全うしたのだ。しかし第二戦は少々、いや、大分事情が異なっていた。
「クハハハハ! やるねぇ! それでこそ男だ!」
「 貴姉(キシ) こそ、拙者の予想を軽々と越えるで 候(そうろう) !」
この戦いは正しくS級冒険者として相応しい二人の実力者が、加減する事なく自身の全力をぶつけ合える、真のS級の戦場であったのだ。常軌を逸した破壊に対して、これまた常軌を逸した破壊が迫り、衝突し、拮抗――― その結果舞台に撒き散らされるのは、双方の威力が乗った超災害なのである。
「こここ、これはぁーーー!? 鋭利な炎、されどその数は土砂降り雨の如しぃ! というか上下左右全部から出てるから、豪雨どころの話じゃないぞぉこれぇーーー! そんな煉獄地獄に挑むは謎の大魔神、舞台の化身っぽいゴーレムだぁーーー! 繰り出される鉄拳は破壊と再生を超高速で繰り返しって、もしかしてこれ、舞台の再生機能をそのまま使ってます? というか、試合展開が速過ぎて私の早口実況もそろそろ息がぜぇうぜぇう!」
実況のランルルには、速過ぎる試合内容を目で追い切る事ができない。炎と大岩が凄い事になっている。と、そう感じ取るのが精々である。彼女が憧れるガウンのロノウェでさえ、このレベルの戦いを把握する事は不可能なのだ。それも仕方のない事だろう。だがそれでも、彼女は肌で感じたその全てを言葉に表し、実況をし続けた。観客達もその実況を耳に、眼前で巻き起こる超常現象に興奮する。
しかしだからこそ、彼らは気付く事ができなかった。ド派手な展開に目を奪われ、より盛り上げようとする実況に酔ってしまっていたから――― それら超常現象の真下にある基盤、所謂特製舞台が崩壊寸前である事になど、微塵も目に入らなかったのだ。
「 巌窟刀(ケイブレイド) 」
巨大ゴーレムの手に乗ったグラハムが、刀に岩を纏わせる。そのままでも異常に長かった刀身は、これにより更に長く、更に武骨なものへと変貌していった。最早それは巨人の為の刀である。
「あ? 刃に岩なんて付与? 馬鹿が、自分から切味を落とす奴がいるかっ! 舐めてんのかっ!?」
「心配無用、拙者は本気でござる。 ――― 切味同化(グレイスクリーヴ) 」
連続するS級緑魔法【 巌窟刀(ケイブレイド) 】、【 切味同化(グレイスクリーヴ) 】。舞台を材料に刀に岩を貼り付け、内部にある刀『 荒夜叉(あらやしゃ) 』の切味を全ての岩に伝播させる。これにより、グラハムが持つ岩石刀は見た目からは考えられない切味が保証され、それどころか最初に生成した巨大ゴーレム、 巌窟観音(ケイブカンノン) にまで斬撃属性が付与される。つまるところ、グラハムが振るう刀は全てを両断するし、 巌窟観音(ケイブカンノン) が振るう拳に至っては全てを粉砕し、両断もする。
「ほおあぁっ!」
「ッ!?」
ここに来て、グラハムの攻撃が初めてまともヒットした。バッケは 灼熱竜爪(スカルプチュア) を一爪分斬られ、彼女自身も浅くではあるが、一太刀を浴びてしまう。
「ッ……! ハ、ハハハッ! アタシを捉えるか、良いねぇ! なるほどなるほど、非礼を詫びるよ! じゃ、いよいよアタシもトップギアだ! ――― 極炎巨爪(パガトリオン) !」
バッケの残る九本の爪が炎を吹きながら膨張し、こちらもまた巨大化していく。灼熱の爪は次第に指先から外の方へと展開し始め、彼女を覆うように形状を変えて行った。それに伴い、彼女の琥珀色の髪までもが紅蓮に燃え上がる。今の彼女が宙を駆ければ、ただそれだけで通り道が地獄と化すだろう。人型のバッケのサイズには似つかわしくない、火竜の一裂き――― 極炎巨爪(パガトリオン) の完成である。
「真剣―――」
「―――勝負ッ!」
再び刃を交える怪物達。火力を増した戦いは、当然ながら更に激しさも増す事となる。 ……と、このように一見好き勝手に暴れているバッケとグラハムであるが、その実、周囲の結界を破壊しないようにという配慮はちゃんとしていた。ルール違反で退場させられては堪らないと思っているのか、結界の内側でのみ火力を集中しているらしい。配慮していないのは、真下にある舞台だけなのだ。
「やべぇな」
「やばいですね」
別々の場所にいた男女二人の声が、全く同じタイミングで不意に重なった。一人は観客席の一角で弟子達と共に試合を眺めていた男、舞台職人のシーザー。声援や歓声で入り混じった会場に居るのにも関わらず、彼は自身が手掛けた舞台が上げる悲鳴を、その耳で確かに聞いていたのだ。
「やばい、ですか? 何がです、師匠?」
「決まってるだろ。俺の舞台が、だ。もう数十秒も堪えられねぇ」
「え、ええっ!? あの特製舞台が、ですか!? い、いやいや、それはないですって!」
「そうですよ! あの舞台は師匠の集大成、それもルミエストのお偉いさんも協力してくださった逸品なんです! あのルミエストの美人さんだって、喩えS級冒険者が暴れても大丈夫だって、そう言ってたじゃないですか」
「馬鹿共が。俺の言葉より、あの嬢ちゃんの言葉を信じるのか?」
「「そ、それは……」」
そうシーザーに言われ、言葉を詰まらせる弟子達。ちなみに嬢ちゃんとはミルキーを指しているのだが、彼女はシーザーよりも大分年上である。
「アレを血反吐を吐きながら作ったのは本当だけどよ、これまで何度も何度も何度も、俺はS級冒険者の奴らに舞台を破壊され続けて来たんだ。んなもん、音を聞けば分かっちまうもんよ。どうやら俺の腕は、今回も負けちまうみたいだ」
「「し、師匠……」」
弟子達は悔しそうに拳を固める。ある者は涙を流し、ある者は自らの非力さを嘆いた。いくら特製舞台に修繕機能があるとはいえ、その能力には限界がある。エネルギー源である術士達からの魔力供給が途切れれば、そもそも修繕機能は止まってしまうし、そうでなくとも修繕速度が追い付かなくなる可能性だってある。シーザーはそれら全ての限界を受け止め、ここに敗北を認めたのだ。 ……しかし。
「だからよ、奥の手を使わせてもらうぜ。なあ、嬢ちゃん!」
敗北は認めても、彼は諦めてはいなかった。解説席に居るミルキーに向かって、シーザーは叫びと共に拳を突き出した。
(ええ、分かっていますよ。ですから、既に準備は終えていますとも)
そんなシーザーの姿を把握していたのか、ミルキーはタイミングよく心の中でそう答えた。そして通信機としての機能があるマジックアイテムを懐より取り出し、新たに指示を出す。
「魔力供給班に連絡、供給機能を全開状態へ移行。吸収される魔力量が尋常でなくなるから、 ベルさん(・・・・) 以外は供給機から十分に離れるように。じゃ、早速彼女にありったけの魔力を送ってもらってください」
『了解』
そんな供給班の返事の他に、通信機の先からベルの棘のある言葉が飛んでいた――― ようだが、ミルキーは満足そうな表情を浮かべながら、それを聞かなかった事にした。通信機のスイッチ、オフ。
「フフッ、ベルさんにはまだまだ余裕がありそうでしたからね。裏方としても頑張ってもらいませんと」
そう、ミルキーとシーザーの奥の手とは、舞台上の怪物達に対抗できるであろう人材を、舞台へ送る魔力の供給役として据える事だったのだ。一戦目にベルがそれほど消耗しない事を予想していたのか、ミルキーははじめからベルに目を付けていたようである。舞台を見れば、崩壊寸前であった特製舞台が、ギリギリのところで盛り返しているところだった。
「ぜぇ、ぜぇ……! ミ、ミルキー教官、はぅ…… な、何か、仰いましたか……?」
「いいえ、何も。ほら、それよりも試合が進んでしまいますよ。見えないなら見えないなりに、もっと実況を頑張ってください。私は心から生徒達を応援しています♪」
「お、鬼ですぅ……」
一方、隣のランルルは実況に集中しているせいで、ミルキーの言葉が届いていなかったようだ。