作品タイトル不明
第64話 求婚騒動
それまでざわめきの中にあった大食堂が、打って変わってしんと静まり返る。リオン達はもちろんの事、この空間内にいる全生徒が必死に頭を動かし、言葉の意味を理解しようしていたのだ。それほどまでに、エドガーの言葉は突拍子もない事だった。
「……ええっと~? もしかして、私の聞き間違えかも? おい、そこの色男。さっきの言葉、もう一度言ってみなよ?」
「フッ、臆する事なく余に手間をかけさせるとは…… やはり面白い女だな、ラミ・リューオ。良かろう、ならばもう一度宣言しようではないか。リオン・セルシウスにラミ・リューオ、余の妻となれ!」
その瞬間、大食堂内は一気に喧騒に包まれた。熱を帯びるその大多数は、たまたまこの場所に居合わせた一般生徒達だ。しかし、それはやむを得なくもある。西大陸の強国レイガンドの第一王子が求婚を、それも同級生二人に対し行ったこの事実は、年頃の生徒達を興奮させるに十分な理由となっていたのだ。講義室で女生徒達が恋に関する話で盛り上がっていた、その最上級バージョンだと考えれば納得もいくだろう。
「キャ――――! きゅ、求婚よっ!」
「うおおっ!? 今、あいつ何て言った!? 食堂のど真ん中だぜ、ここ!?」
「しかもその相手、リオンとラミじゃねーか! 二人同時にって、どんだけ自分に自信があるんだ!?」
「卒業間際に婚約を交わす話はそこそこ聞くけど、色々すっ飛ばしての求婚パターンは珍しいわね。しかも、美男美女だし…… ああ、新たな創作意欲がっ! ねえ、紙! 紙はないっ!?」
「うわっ!? きゅ、急にどうしたのよ!?」
とまあ、極一部おかしなところもあるが、この通りの反応なのである。
「「………」」
但し、求婚されたリオンとラミにおいては、決してその限りではなかった。リオンは未だにエドガーの言葉の意味を上手く飲み込めていない様子だし、ラミに至っては分かりやすいくらいに嫌そうな表情を作っている。
『リオン、聞こえますか? 私です、メルです』
そんな中、これまた唐突に念話を受信するリオン。心なしかメルフィーナの口調は、何か急いでいるようにも聞こえた。
『あれっ、メルねえ? 何かあったの?』
『ええ、ありありです。率直に申しますと、かなりの緊急事態です』
『ええっ!? ど、どうしたの!?』
『ええと、何と説明すれば良いのでしょうか…… 逆に質問しますが、今しがたそちらで何か変わった事は起きませんでしたか? 恐らく、それが問題の原因となっていると思うのですが』
『問題の原因? えと、それとこれとが関わっているのかは分からないけど…… ついさっき、エドガーっていう同級生に求婚? されたみたい』
『あ~、なるほど…… 完全にアウトですね、それは』
『へ?』
納得した様子のメル、一方のリオンは全く見当がつかず、小首を傾げる事しかできない。
『簡潔に説明しますと、あなた様…… ケルヴィンとジェラールがそちらへカチコミをかけようとしていまして。つまり、そういう事です』
『簡潔過ぎるよ、メルねえ!?』
しかし、深く聞かずとも理解できそうな感じでもあった。
『うおおおぉぉぉ! ワシは行く、行かねばならんのじゃ! 仮孫を誑かす愚か者がおると、おじじセンサーが絶賛作動中なのじゃあああぁぁぁ!』
『よく言った、ジェラール。流石は俺の同志であり、仲間達を護る誇り高き盾だ。実はさ、俺のおにいセンサーも現在全力作動中なんだ。思い込みや気のせいなら良い。が、確かめない手は…… ないよなぁ!? だからジェラール、お前を先陣としてリオンの近くに召喚する! 事の真偽を確かめ、俺に報告するべし! 俺も魔力超過込み込みの 風神脚(ソニックアクセラレート) で、最速で後を追う! 今こそ Ⅵ(ヘキサ) の壁を越え、 Ⅶ(セプタ) へと至る時ぃぃぃ!』
『おう! 任せ―――』
―――プチン。
まだ台詞の途中であったが、テレビの電源を落とすかのように、ケルヴィンとジェラールの声は打ち切られてしまった。
『失礼、念話に雑音が入ったようです』
『明らかに雑音じゃないよね!? 今の、ケルにいとジェラじいの声だったよね!?』
流石のリオンも、ここまで聞けば悟ってしまうというものである。
『まあ、ご想像の通りです。今はセラとアンジェ、ダハクとボガで何とか二人を取り押さえているのですが、もう暴れて暴れて。いやはや、あと少しで本当にジェラールをそちらに召喚するところでしたよ。危ない危ないムシゃモシャ』
『メルねえ、今何か食べた? 食べたよね?』
『……ですが、何としてでも私達で阻止してみせますので、安心してくださいね。リオンの学園生活に支障をきたす事なんて、決してあってはなりませんから! という事で、アデューです!』
『メ、メルねえ!?』
『あ、クロメルにもよろしくお伝えください! ママはママで頑張っているよ、と! ではでは!』
『……切られちゃった』
今日も何もかもが唐突だなと、心の底からそう思うリオン。だがそれでも、ケルヴィン&ジェラールの襲来という、(エドガーにとっての)最悪のイベントは回避できた。その点だけは安心して良いだろう。
(安心、できるのかなぁ?)
……やっぱり完全にはできなかった。
「うわ、年頃のギャルを前にしてさ、急に何を言っちゃってんの? それとも、頭の方が逝っちゃってんの?」
そうこうしているうちに、ラミがエドガーに先制口撃をかましていた。言葉選びは少々アレではあるが、その内容はまあ尤なものである。
「失礼、突然の申し出に混乱するのは分かるが、その物言いには気を付けて頂きたい。不敬であるが故に、配下である私が注意せざるを得なくなる。気持ちは痛いほど分かるが、立場上そうなってしまう!」
「申し訳ないッスー。うちの大将、良い女を見つけると挨拶がてらに求婚する癖があるんスよー。真に受けず、適当に流してくれると嬉しいッス。あ、レイガンドのパンフいるッスかー? もしかしたら興味を持ってもらえるかもなんで、一応差し上げますッスー」
「ああ、どうも……」
そんなラミに対抗するように、エドガーの背後にいた眼鏡の少年と、妙に口の軽そうな少女が口を開いた(ついでにパンフも貰った)。尤も対抗というよりも、限りなく弁解に近いものであったが。
「アクス、ペロナ、余計な気など回さなくて良い。余は軽い気持ちで言っているのではなく、本気も本気なのだ」
「その本気を頻繁に出さないでほしいんスよ。今朝だってベル・バアルに振られていたじゃないッスか。顔は無駄に良いんスから、もっと落としやすい娘にやってほしいッス」
「ペロナ、無駄にとは不敬が過ぎるぞ。確かに所帯を持てば落ち着くかもという希望は儚いながらもあるが、レイガンドの未来に妥協をしてはならない。私達はただ、エドガー様を支えるに徹するのみだ。まあ、確かにベル・バアルは高望みだったかもしれないが!」
「おい、お前達、何をおかしな事を言っている? ベル・バアルへの求婚については、まだ保留されたままだろう? 答えを聞かずして結論を急ぐのは、愚か者のする事である」
「いやいや、盛大に溜息をつかれて、そのまま無視されてたじゃないッスか。アレはもう、無言の拒否ってやつッスよ。脈なんて皆無ッス」
「ペロナ、だから不敬が過ぎると言っている! 事実とは時に、心を抉る鋭利な刃物となると知れ!」
「アクスも大概だと思うッスー」
やんややんやと盛り上がるレイガンドの三人。ただ、周りの生徒としてはどうしてもツッコミたい事が一つだけあった。
「あ、あの~?」
「ん? 何かね、学友よ。特別に発言を許そう」
「リオンさん達、もう食堂を出て行っちゃいましたよ?」
「「「………」」」
先ほどまでリオンらが座っていた席を見るエドガー達。確かに、そこにはもうリオン達の姿はなかった。
「……フッ、あの二人も保留か。しかし、婚約とは人生を左右するもの、時間を要するのもまた必然。良かろう、余は待とうではないか」
「やべぇッス、うちの大将のメンタルは無敵かよ」