作品タイトル不明
第30話 金雀の宿
これからを期待できる注目株を消すなんて、もったいないにもほどがある。それも、こんなにも志の高い同業者を、だ。しかし躊躇をしていたら、エフィル思いのムドが早々に処理してしまうだろう。それならば一層の事、直接俺が優しくこの場を収めた方が平和的。とても大変凄く平和的。私情とか関係なしに平和的……!
葛藤の最中にそんな感じで最善手を見出した俺は、ムドが無益な殺生をする前に、何とかパウル一行を秒で蹴散らす事に成功する。気絶させる際、地面に直接叩き付けないよう樽を緩衝材として活用したから、彼らほどの実力者であれば、小一時間で目を覚ます程度のダメージに調整できた筈だ。うん、自分でいうのも何だけど、実に完璧でソフトタッチな仕事振りだった。満足。
「主、手加減するにしてもほどがあった。ああいう輩は、もっと体で分からせないと理解しない。私はかなり不満」
ただまあ、それだとムドの気は晴れないようで、先ほどからずっとプンスカ状態である。プンスカ光竜王様である。そんなムドを慣れない様子ではあるが、一生懸命に落ち着かせようとしてくれているのが、同じ竜王のボガだ。
「ム、ムド、どうどう、だど……」
扱いとしては馬や牛のそれに近い気もするが…… いや、細かい事は気にしない! 俺達には今、拠点となる宿を確保するという、重要な使命があるのだから!
という事で、足早に宿へと向かう。そして到着。アンジェやシュトラのお得な宿情報、隠し味にメルの食い物情報と、様々な要素を吟味して決めたのが、こちらの『 金雀(きんすずめ) 』だ。
「とても大きくて雅な建物ですね。それに、トラージの建造物に似ています」
「お、よく気付いたな、エフィル。実はこのお宿の女将、トラージの出身らしくてさ。建物の外見だけじゃなく、内装や出てくる料理もトラージのものなんだ」
「アンジェさん調べの中でも、特にお勧めの宿なんだよー」
そのアンジェさん調べによれば、この金雀は衛生面、警備の厚さ、料理の味、豊富な施設、従業員の質と、ありとあらゆる面で高い水準を誇る、パブ国内において屈指の人気を誇る宿なんだそうだ。その分宿泊費も高くつくが、それに見合うサービスを提供するとして、パブ国内のA級冒険者も何人か利用しているらしい。個人が運営する宿としては規模が大きく、建物は小さな城を思わせる。あまりに度が過ぎているもんで、本国のツバキ様が一枚噛んでいるのではないかと、一時期シュトラが疑っていたほどだ。
だが、そんな事は俺には関係のない些細な事だ。俺にとって最も大切なのは、この異国の地で美味しい米が確保できる事……! そしてそして、温泉施設、それも露天風呂が完備されている事である。トラージの秘湯を体験できなかった身として、この要素は凄まじい評価点だ。部屋が畳というのも良きかなっ!
「なるほど。それでしたら、トラージ料理をパブ風にアレンジしているかもしれませんね。成長を遂げる素晴らしい機会です。もちろん、本格的なトラージ料理にも力を入れているでしょうし……」
「エフィルちゃ~ん? 無理をしちゃ駄目だって、口をすっぱくして何度も言ってるよね~?」
「そ、そうでしたね。でも、お料理を見て食べるだけでも、その調理法を解明する事は可能ですから! 逆に想像力が膨らんで、新たな発見をするかもしれません!」
「……逞しいなぁ、エフィルちゃん」
うん、逞しい。しかもエフィルの場合、本当に見て食べるだけでその料理をマスターしてしまいそうなのが、また末恐ろしい。
「和菓子、和菓子……!」
そしてエフィルの隣に控える偉大なる光竜王様は、まだ見ぬ甘味に期待を膨らませていた。光竜王様、口元がコレットになっていますよ?
とまあ、エフィルがムドの口元をハンカチで拭って綺麗綺麗した後、俺達は玄関に繋がる和風テイストな庭を通って宿へと入るのあった。
「いらっしゃいませ。ケルヴィン様ですね? お待ちしておりました」
金雀の玄関を潜ると、着物を着た妙齢の黒髪美女が俺達を迎えてくれた。ほほうと、ジェラールであれば感嘆の溜息を漏らしていそうだ。宿の内装もまた上品かつ落ち着いた雰囲気がまたって、んん? 待っていたって、俺、宿の予約はしていない筈なんだが…… それに、なぜ俺の名を?
「数日前にトラージのツバキ様より連絡を頂いておりまして、ケルヴィン様とお連れ様用に部屋を用意していたのです。ああ、代金についてはご心配なく。お泊りの日数分、後でツバキ様に請求致しますので」
「そ、それはどうも……」
ツバキ様、先読みし過ぎでは? しかも、それとなく借りを作ってしまったような。
『ケルヴィン君、トラージの姫王様を頼るのも良いけど、あんまり甘え過ぎるのは良くないと思うよ? またしつこく勧誘されちゃうよ?』
『いや、ツバキ様にはパブに行くって話も、宿泊場所云々についても話してないんだよ』
『……純粋に先読みされてる?』
『かもしれない……』
俺の趣味趣向と米に懸ける想い、その他諸々から行動を読んでいるとしか思えない。恐ろしい、王様って恐ろしい……
「申し遅れました。私、この金雀の女将を務めております、オウカと申します。もうお察しかと存じますが、私はトラージのとある旅館の生まれでして、その暖簾を分けて金雀を経営させて頂いております。皆様には快適なご滞在をお楽しみ頂けるよう、様々なおもてなしをご用意しております。ささっ、早速お部屋に案内致しますので」
「ああ、それはご丁寧にどうも……」
流れるように自己紹介を済ませ、俺達を部屋へと誘おうとする女将。この強引さはツバキ様に通ずるものがある。まあ俺も最初から金雀に拠点を置く予定だったから、断る理由もないんだが…… 何かがむず痒い! この宿、絶対にツバキ様と繋がっているよ! ぶっといラインで繋がってるよ!
「こちらがケルヴィン様の フロア(・・・) になります」
オウカさんに案内されたのは、宿の最上階に当たる階層だった。広々としたラウンジを中心に、何部屋もの寝室、専用浴場、展望スペース、和室の数々が並び――― って、フロアとな!?
説明を聞くに、この階層にある部屋全てが俺達の宿泊場所となるらしい。どうやらツバキ様は部屋に留まらず、最上階最高クラスとなるこの階層を、丸々押さえていたようなのだ。
『帰ったら俺、何を要求されるんだろうか……?』
『ケルヴィン君、弱気にならない! こうなったら未開拓のダンジョンを攻略して、頑張って宿泊費を稼ごう! 最後に無理矢理にでも宿泊費を女将さんに渡せば、そんなに大きな貸し借りにはならない筈だよ!』
『それが無難だよな。ぶっちゃけ、あの女将さんも食えない気配があるし、負んぶに抱っこのままじゃ絶対不味い』
『主、今から第二候補の宿に移る選択肢はないの? 和菓子は魅力的だけど、私としては他の菓子でもばっちこい。ここは迷宮の国、冒険者用の宿なら沢山ある。菓子の種類も沢山ある』
『ムドの意見も尤もだ。だけどさ、よくよく考えてみろって』
『ん?』
『確かに他にも宿はある。高級宿の名に恥じぬ、素晴らしい菓子だってあるだろう。けど、美味しいお米と露天風呂は、この金雀しかないんだ……!』
『そ、そう……』
元日本人として、米と温泉は外せない。外してはならない。クッ、これも含めてツバキ様の罠なんだろう。何という巧妙で狡猾な罠なんだ。ツバキ様の欲は底なしか……!
「どうやら気に入られたようですね。では、どうぞごゆるりと」
目の錯覚かもしれないが、そう言って去るオウカさんの顔が、一瞬狐のように見えてしまった。ここ、ひょっとして金雀の宿じゃなくて、金狐の宿じゃね? 俺達、狐に化かされてね?