作品タイトル不明
第22話 天使の提案
リオンとクロメル不在の寂しき数日間を過ごしてきた俺は、二人が帰って来たという吉報に喜びを隠し切れなかった。エリィから知らせを聞いた瞬間に、整備途中だったダハクの鍬を放り投げ、地下と地上を繋ぐ階段を駆け上り、玄関の扉まで一直線に全力疾走。これを瞬きの間に完遂してしまうほどに、俺は舞い上がっていたんだ。
『『ただいまー』』
『おがえり゛ぃ~いぃ~~~!』
言葉と共に二人を抱き上げ、再会を祝福してクルクルと回る事三回転。キャッキャと喜ぶ楽し気な声を耳にしながら、俺の妹&娘成分は一気に補充されるのであった。たまたまそこに居合わせた黄ムドに、凄まじいまでのジト目をぶつけられたが、俺は全く気にしなかった。
で、そんな感動極まる再会から一週間を経て、平和な時を謳歌する今に至っている訳なのだが、この間のクロメル達はどこか落ち着かない様子。受験の結果待ちをしているのだから、そりゃあそうもなるだろう。一方の俺も、暫くしたら再びリオン達がパーズを離れるという悲劇に、胸の張り裂けるような思いが続いていた。ジェラールの胸にも続いていた。
「ご主人様、体調が優れないように見えますが、大丈夫ですか?」
「え? あ、ああ、大丈夫だ。問題ない」
そんな俺の心の在り方が見た目にも表れていたのか、同室していたエフィル(妊娠の為業務引き継ぎ&削減中)に心配されてしまった。時期が時期である為、エフィルはメイドとしての仕事の他にも、モンスター討伐などといった冒険者の仕事にも、最近は同行させていない。その代わり、屋敷ではできるだけ一緒にいて安心させようとしているのだが、逆に俺が心配させたら世話ないよな。猛省せねば。
「フフッ、リオン様とクロメル様の事を考えていらっしゃったんですね? ルミエストへ入学して、西大陸に向かったらまた暫く会えなくなる。入学に納得はしているけど、やっぱり寂しいし離れたくない――― そんなところでしょうか?」
「うぐっ……! ぜ、全部お見通しって感じか。やっぱりエフィルには敵わないな」
「伊達にご主人様を一日中想っていませんので。私だけでなく、セラさんやアンジェさんも察していると思いますよ? シュトラ様は言わずもがな。恐らくはメル様も」
「マ、マジで? いやでも、メルはどうだろうなぁ。ここ最近のあいつ、俺の前でニッコニコ顔で飯を食ってばかりだぞ?」
今日の討伐依頼の帰り道、メルが両手に団子串を持っていたのは記憶に新しい。
「それはメル様なりの強がり、ではないでしょうか? 自らの分身であるとはいえ、今やクロメル様はメル様の子も同然です。ご主人様がそうであるように、メル様も心のどこかで不安や迷いを持っているのだと思います」
「なるほど。それでも俺に余計な心配を掛けないように、いつも以上に普段の自分を演じていたって事か……」
メルの奴、慣れない事しやがって。後で撫でくりまわして、今日はおかわり無制限の刑にしてやる。 ……やっぱり無制限は止めておこう。俺の察知スキルが危険で無謀だと訴えている。
「エフィル、教えてくれてありがとう。どうも俺はまだまだ視野が狭いらしい。エフィルには助けられっ放しだよ」
「お気になさらないでください。私、それ以上に色々なものを頂いていますから」
微笑むエフィルは太陽の如く。この後光、もしやエフィルは天使? いや、大天使――― いや、神だった!? これは落ち込んでる場合じゃないぞ、俺!
「俺、頑張るよ。リオンとクロメルが遠いところに行ったって、頑張ってこの試練の時を乗り越えてみせるよ! エフィルの為にも!」
「え、えと、無理をされるのも、あまりよろしくないかと…… 憂うご主人様の横顔も趣があって素敵ですが、ずっと苦しまれるのは私も不本意です。いっその事、リオン様達の在学期間中、私達も西大陸に渡ってそちらで活動致しますか? 西大陸は私達の知らない国々やダンジョンがまだまだありますし、ご主人様の冒険者稼業に新たな刺激を与えてくれるかもしれません。ルミエストの近場で新たに拠点を構えれば、私もご一緒できますし、その気になればリオン様やクロメル様にお会いになる事もできますよ?」
「………」
「ご主人様?」
意気込んでいた俺に、不意打ちの衝撃が走る。エフィルの提案があまりに衝撃的過ぎて、言葉を失ってしまった。たぶん、今の俺の顔は途轍もなく間抜けになっているだろう。
「申し訳ありません。突然このような提案をしても、ご主人様にご迷惑をお掛けするだけでした―――」
「―――違う、それは違うぞエフィーーール! 逆だ! 俺は今、猛烈に感動しているんだっ! エフィルが出してくれた、素晴らしき提案にっ!」
「え? えっ?」
感極まって、思わずその場から立ち上がってしまう俺。そう、そうだよ。何も二人の在学中、お行儀良くパーズや東大陸に留まっている必要はどこにもないんだ。仮に西大陸に移動したって、安全な拠点さえ構えてしまえば、妊娠したエフィルだって連れ出せる。未知のモンスターやダンジョンだって盛沢山だろう。エフィルの言う通り、毎日とはいかなくとも、定期的にリオンとクロメルにだって会える。 ……会えるッ!
「こんなにもシンプルな答えを、何で俺は今まで気付かなかったんだ! いや、それだけ動揺していたって事なんだろうけど…… 何はともあれ、エフィル! 俺達も西大陸に渡るぞ!」
「ご、ご主人様、一度落ち着きましょう。まだ他の皆さんにも話していませんし―――」
―――ガチャ!
「話は聞かせてもらったぞい!」
「もらったわ!」
「もらいました!」
「もらったよ!」
何てタイミングが良いんだろうか。俺の部屋の扉を開けて、ジェラールとセラ、メルとアンジェが押し寄せる。今は気分が最高に良いんだ。この際、盗み聞きをしていた事は不問にしよう。
「王よ、ワシも大賛成じゃて! あと物は相談なのじゃが、ルミエストの近くに行くついでに、暫しの間学園の警備員になって来ても良いかの? いや、深い意図はないんじゃよ? ただ、未来ある若者を悪の道に引きずり込まんとする輩がおらんとも限らんし、そんな時に無慈悲にたたっ斬る剣があれば学園も大助かりなのではないか、などとと思ってみての。うむ、全然他意なんてない」
「はいはいっ、私も私も! 私もジェラールと同意見よ! それでね、ジェラールが警備員になれるのなら、私は魅惑の女教師になれると思うの! ほら、私ってばどう見たって、教えを乞う生徒っていうよりも、華麗に指導を行う先生タイプでしょ? 一度ビクトールみたいな立場をやってみたかったのよね~」
「賛成してくれて嬉しいよ。でも、それは絶対に止めとけ」
流石の最高に気分の良い俺だって、弁えるところは弁えるよ? 孫の為ならば屍の山を築くであろう警備員と、人にものを教えるのが絶望的に下手な教師って、どこの学園にそんな需要があるんだよ? そんな事をしたらどう考えたって、最終的にリオン達と学園が迷惑を被る事になる。それは俺の本意じゃない。
「拠点を構える行先のリサーチについては、この私にお任せください! こんな事もあろうかと、西大陸各地のグルメガイドを買い揃えていましたので! 噂の人気店から隠れた名店まで、シュトラ以上の情報を提供致します! 絶対にお約束します!」
「メル、お前の気遣いは痛いほど理解したよ。でもまずは、その口から溢れ出てる涎を拭こうか」
ハンカチでメルの口元を、愛でるように拭いてやる。俺を想っての演技とはいえ、流石にちょっとあからさまだぞ? 俺としては嬉しいけどさ、うん。 ……ねえ、まだ涎止まらない? 演技だよね? 演技だよね!?
「ケルヴィン君、アンジェさんもちょっとお邪魔したい場所があるんだ。デートがてら、一緒に行こう!」
「それは即行で了承した」
「ええっ!? 私の提案は蹴ったのに、アンジェだけ狡い!」
という訳で、セルシウス家は西大陸に向かいます。