作品タイトル不明
第12話 追い込み時期
アート学院長との顔合わせ、そして本来の目的であった手続きを無事に完了させた俺達は、ルドさんと合流して密かにルミエストの観光を楽しみ、検問での義父さんの暴走にハラハラしながら帰路に就いたのであった。次にこの都市を訪れるとすれば、それは入学試験日である。俺としては殆ど心配はしていないけど、アート学院長の期待もあってなのか、リオンとクロメルは日々の勉強を頑張っていた。一方でベルはいつも通りな印象だったけど、あいつは努力を表に出さないタイプだろうから、きっと裏では猛勉強しているんだと思う。昔はセバスデルに教わっていたらしいが、今だと絶対嫌がるだろうな。いや、昔から嫌がってはいたんだろうけど。
「いよいよ後数日で試験日です。残る日取りは徹底的に過去問を解いて頂きますので、本番だと思って臨んでください」
「「はい!」」
「やる気は十分のようですね。ですが、同時にこの時期は無理をし過ぎて体調を崩しやすくもあります。エフィルおね…… コホン! エフィルさんの料理を三食分しっかりと食べて、睡眠・休憩時間も忘れずに取るように心掛けてください。良いですね?」
「「はいっ!」」
クロメルの部屋にて勉強机を並べ、頼りになるシュトラ先生の指導を受けるリオンとクロメル。追い込み時期という事もあって、今日はいつにも増してやる気だ。俺はその様子を部屋の入り口からそっと眺め、陰ながらエールを送る。本当なら義父さんの如く応援団旗でも振ってやりたいところだが、そこはまあ常識人な俺ですし? 弁えるところは弁えているのである。
「ねえねえ、ケルヴィン。私だってあれくらいの勉強はできるんだから、二人に教えてあげたいわ。安心して、私はシュトラとコレットと一緒に、解析班で一緒にご飯を食べた仲よ!」
そんな俺の横で、先ほどから激しく俺の肩を揺らす輩が約一名。勉学の先生を務めるシュトラに触発されたのか、セラが大変その姿を羨ましがっておられる。今のシュトラは大人の姿だから、尚更先生っぽいもんなぁ。しかし、研究班主任をしていた頃の眼鏡と白衣をしているのは一体……? ま、まあ大人の姿だからサイズはピッタリだし、似合ってるから良いけどさ。
「食べた仲って、そこは教える側として関係ないだろ。せめて一緒に転移門の謎を解いた頭があるんだとか、その辺りは売り文句にしてくれないと意味ないぞ」
「あ、なるほどね。ケルヴィン、頭良いわね……!」
いや、確実にセラよりも頭は悪い筈なのだが。
「まあ、そうだったとしても今の時期は駄目だって。二人にとって、今こそが頑張りどころなんだ。つか、そこまで先生をやりたかったのなら、ベルに教えてやったら良かったんじゃないか? あいつなら、喜んで受け入れると思うけど」
「ベルに? うーん、それはどうかしらねぇ。ベルってば私とそう変わらない成績だったって、前にビクトールから聞いた事があるのよね。それなら、私が教えるまでもないと思うのよねー」
「そ、そういや、ベルもセラと同じく、悪魔四天王の英才教育を受けていたんだったな…… シュトラが用意した試験の過去問、前にベルにも渡しただろ? あれ、出来はどうだったんだ?」
「殆どの教科で満点だった筈よ。楽勝だったって、お茶してる時にベルが言ってたわ」
「……マジで?」
「マジマジ」
あいつ影で努力するタイプじゃなくて、セラレベルの天才タイプだったのかよ!? 心配する必要皆無じゃねぇか、ちくしょう! 俺も試しに解いてみたら、正直口にはできない点数だったのに……!
「ケルヴィン、どうしたの?」
「い、いや、何でもない。ベルの出来の良さが嫌ってほど理解できた、それだけだ」
「でしょ! 流石はベルよね!」
何か話の方向性が、先生願望から妹自慢にずれてきている気がする。しかし勉強、勉強か。この世界に来てからというもの、勉強らしい勉強はしていなかったな、俺。だからこその、あの点数でもあるんだが…… うん、平和になった今でこそ、そういった新しい事を始めるのもアリか。
「セラ、そんなに教えたいのなら、まずは俺に勉強を教えてくれないか? 試験を受ける訳じゃないけどさ、あんな点数のまま放置するってのも格好がつかないだろ、保護者的に」
「えっ、良いの!?」
「おう、セラさえ良ければご指導ご鞭撻よろしくだ」
「わあ、本当に本当、マジのマジね!? さっすがケルヴィン、分かってる~♪」
「おいおい、そんなにぴょんぴょん跳ねるなって。それで、セラはどうやって教えてくれるつもりなんだ?」
「それはもう、口頭で懇切丁寧によ。例えばこの問題、ここはクイッとしてターン! あれとそれをバンッとして、パーッと気合いで解けばオーケー! ほら、簡単でしょ?」
「………」
忘れていた。セラは感覚型の天才であるが故に、人にものを教える行為は致命的に向いていなかったんだ。つかその説明、大半が擬音と精神論じゃないか。戦闘でもなく勉強の指導なのに、何でそうなるんだよ?
「セラさん、この話はなかった事にしましょう」
「ええっ、何で!? というか、何で他人行儀!?」
すまない。セラの指導法が高等過ぎて、俺は付いて行けそうにないんだ。
「ケルヴィンさん? セラさん?」
「あ、シュト、ラ……?」
そんな問答をセラとしていると、いつの間にやらシュトラが俺達の前に立っていた。シュトラの表情は大変冷たい。眼鏡の奥にある非常に整った瞳も、途轍もなく冷たい。
「えと、シュトラさん……? もしかしなくても、怒っていらっしゃる?」
「当たり前です。お二人とも、部屋の目の前で騒ぎを起こさないでください。今、テスト中なんですよ?」
「「ご、ごめんなさい……」」
「ごめんで済むのなら、この世に法はいりません。罰として二人とも、テストの採点を手伝うように! ……返事は?」
「「は、はいっ!」」
という訳で、俺達はシュトラとリオン達に謝罪した後、誠心誠意の採点をさせて頂く事になってしまった。臨時の机を更に用意して、俺とセラは並んで作業に没頭する。没頭する。没頭する―――
「―――お、終わった。採点、終わったぞ……!」
「うう、ずっと後ろからシュトラのヌイグルミに監視されていたから、すっごく疲れた……」
渡されたテスト用紙全ての採点を終え、机に顔を伏す俺達。いくら答えを合わせるだけとはいえ、今日ほど活字と睨めっこをした日はなかったと思う。セラの言う通り、テスト中のクロメル達以上に俺達への監視の目がやたらと強かったし、精神をすり減らしながらの作業だった。
「パパ、お疲れ様です」
「セラねえもお疲れ~。糖分補給にお菓子食べる?」
「食べるー」
「俺もー」
ちょうど休憩時間になったらしく、リオンとクロメルはリュカの作ったクッキーを頬張っていた。バターの芳醇な香りが、脳に糖分を欲せよと勝手に指示してくる。抗えん、これは抗えんよ。リュカめ、また腕を上げたな?
「これにて贖罪は果たされました。お二人とも、自由の身ですよ」
「シャバの空気、美味い」
「甘くて美味しい!」
「空気というか、クッキーの匂いだけどね。それでシュトラ先生、テストの結果はどうだったかな? 僕、今回は自信あるよ!」
「わ、私もそれなりにできたと思います!」
「そうですね……」
俺とセラが死に物狂いで仕上げたテスト用紙を、シュトラが丁寧に一枚一枚めくっていく。
「……上々です。これなら本番の試験も問題ないでしょう。これまでの努力、ちゃんと実を結んでいますよ」
「「わあっ!」」
二コリと微笑んだシュトラを見て、リオンとクロメルは嬉しそうにハイタッチを交わした。