作品タイトル不明
第9話 学院長
「そ、そそそっ、それではっ! こここちらの部屋でお待ちくださいいいぃぃーー!」
切迫した叫びとは裏腹に、パタンと扉を閉める音は静かだったお姉さん。俺達から逃げるような感じだったけど、最低限のマナーは守ってくれたようだ。
「……何だったのかしらね、アレ?」
「えっと、兵士の人達以上に凄い反応の仕方だったね……」
「顔色もあまり良くなかったと思います。大丈夫でしょうか?」
お姉さんの様子があんまりだったので、未来の生徒一同もかなり心配している。
「ふーむ。あの挙動不審な仕草は兎も角として、質はそれなりに良いと思うのだがな」
「うわっ!? と、義父さん、気付かれたのですか?」
苦労して連れて来た義父さんを部屋に座らせた矢先、義父さんの口が何事もなかったかの如く、急に動き出した。何の予兆もなかったので、間近にいた俺は結構驚いてしまう。
「フッ、我を誰だと思っておる、愚息。相手が人間であろうと、一目見ればある程度の実力は推測できるというものよ。あの女、なかなかにやりおるわ」
「あっ、いや、俺が言っているのは、そっちの話ではなくですね」
「先ほどから何を呆けておる? これからこの学園の最高責任者が来るのであろう? 我らはベルらの保護者として訪れているのだ。愚息、そのような顔を晒している暇はないぞ」
「そ、そうですね……」
俺は義父さんが目を覚ました事について言及しているのだが、どうも義父さんは気絶した事実をなかった事にしたいらしい。ベルの一言がよほどクリティカルヒットしたんだろう。現実逃避のようにも感じるが、今の保護者然とした義父さんの姿を見ていると、言動に対してかなり慎重になっているのも確かなようだ。ベルの戒め、効果覿面だなぁ。
それと今さっき義父さんも言っていた、あの事務のお姉さんについて。義父さんの言う通り、振る舞いは多少アレな感じではあったけど、俺の『鑑定眼』を防ぐ程度にやり手である事が分かっている。誰のスキルによる『隠蔽』なのかまでは分からないが、少なくとも学園内にS級のスキルを使える者がいると。ふーむ、俺も入学を検討しようかしらん。
―――コンコン。
俺がリオン達との学園生活を妄想していると、ドアをノックする音が聞こえてきた。次いで、扉が開かれる。
「失礼する。お待たせしてしまったかな?」
そう言って客室に入って来たのは、漆黒肌の女性だった。灰色の髪をうなじの辺りで束ね、理性的な両目には眼鏡を装着。如何にもできる女性といった、凛とした印象を第一に受ける。そして次に注目したのは、彼女の耳だった。長い、まるでエルフのように長い。
「……いえ、私達も今案内されたところでしたので、お気になさらず。ええと―――」
「―――ああ、重ねて失礼した。まだ自己紹介もしていなかったか。私の名はアート・デザイア。ルミエストの学院長を務めている者だ」
ありっ? 彼女が学院長? 確かルミエストの学院長って、おひげがナイスなお爺様だったと思うのだが…… よし、リオンにヘルプを要請しよう。
『リオン、一つ尋ねたいんだけどさ、学院長って最近になって変わったのか? こんなクールビューティーな女性じゃなくって、賢者なお爺ちゃんじゃなかったっけ?』
『あ、うん。去年変わったみたいだよ。先代の学院長が高齢を理由に引退する時、アート学院長を後継として指名してって流れだったと思う』
『ほほー』
『それとケルにい、今女性って言ってたけど、アート学院長は男性だよ?』
『ほ、ほほうっ!?』
俺、驚きのあまり念話内で変な声を出してしまう。百戦錬磨の胆力スキル先輩のお蔭で表情と実際の声に出すのは何とか防げたが、この衝撃は凄まじいものだった。目を耳を疑いに疑う。
『だ、大丈夫、ケルにい? 容姿が中性的だから、そう見えちゃうのも仕方ないよね』
『内心あんまり大丈夫じゃない…… けど、待て待て! 彼女、いや彼なのか……!? た、確かに胸はないが、それはスマートなだけかと……! それにアート学院長の服、スカートではないにしても、明らかに女性ものだぞ? こんな颯爽と現れておいて、なぜに女装!?』
『うーん、そこはそういう趣味の人だと思うしか……』
『趣味!?』
いやいや、プリティアちゃんじゃないんだから。むしろ容姿が抜群に優れている分、逆に 質(たち) が悪い。絶対勘違いしている男がいるぞ、これ。 ……あ、あれっ? ひょっとしてS級冒険者って、半分くらい女装癖があるんじゃ? ……深く考えないようにしよう。うん、そうしよう。
『あと、肌の色と耳の長さで気付いていると思うけど、アート学院長はダークエルフなんだ。エルフの里のネルラス長老みたいに、見た目よりも随分と人生の先輩みたい』
『な、なるほどなぁ…… あ、そういえばダークエルフを直接目にするのは、これが初めてになるかな?』
『本で読んだ事があるけど、ダークエルフはエルフよりも数が少ないらしいからね。個人で訪れている人は別だけど、東大陸にダークエルフの集落はなかった筈だよ』
『へえ、勉強になるなぁ、ってリオン、やけに詳しくないか?』
『シュトラちゃんに色々と教えてもらっているから!』
あー、よくシュトラと一緒に本を読んでたりしていたから、そこで知識をつけていたのか。最近はクロメルもそこに加わる事が多いし、もしや妹娘達の方が俺よりも博学だったりする……!? あ、いや、シュトラに関しては最初から絶対的な敗北を認めているけど。
『そういえば、アートって名前にも覚えがあるような……』
『冒険者名鑑で見たんじゃないかな? アート学院長ってS級冒険者でもあるし―――』
『―――ふぁっ!?』
再び吹き出しそうになる俺の感情。しかし堪える、表面上だけでも堪える。胆力スキル先輩、毎度毎度すんません……! でも、これで変人だって事はよく理解できた……!
ルミエストには西大陸のS級冒険者の一人が所属していて、リオンらが学園に通う事でそいつと知り合う事ができる。これがシュトラが教えてくれた、俺にとって実りのある話その一だ。あわよくば、何か適当な理由を付けてちょっくらバトルしね? とか、そんな流れに持っていけると考えていたんだが…… うーん。学院長って立場だと、なかなかそれも難しいぞ。リオン達の立場を危うくせず、かつ円滑に俺と戦ってくれる方法を考えねば。
『アート学院長の戦闘スタイルを知りたくないからって、名鑑では名前しか見てなかった感じかな?』
『フッ、流石は俺の愛する妹。よく分かっていらっしゃる。だけど安心してくれ、直ぐには手を出さないつもりだ』
『ケ、ケルにい、時と場合によってはその発言、とっても危ないよ…… 僕だけの前なら良いけど、ベルちゃんの耳には入らないように注意してね』
『えっ? 戦闘狂としては、かなり理性的な発言じゃないか?』
まあ、他ならぬリオンの頼みなら聞くけどさ。しっかし、これが男の顔なのかー。世の中不公平だよなー。どうやってお膳立てしようかなー。
「……私の顔に、何かついているだろうか?」
おっと、いかん。感情を表に出すのは我慢できたけど、視線が無意識にうちにアート学院長の方に向いていたらしい。
「これは申し訳ない。失礼ながら、ダークエルフの方とお会いするのは初めての事でして―――」
「―――なるほど。いや、全て口にしなくても良い。この美しさに目を奪われるのは、まあよくある事だからな。何、遠慮する事はない。満足するまでその目で味わうと良い。さあ!」
そう言って、その場でポージングを取り始めるアート学院長。ああ、この人は間違いなくS級冒険者だわ。俺はそう確信した。