作品タイトル不明
最終話 ラストバトル
もう走って急ぐ必要もないだろう。目指す先は目と鼻の先なんだ。俺はクロメルを肩に乗せ、パーズの警備に当たる門番に軽く手を振って挨拶する。思えばこの世界で一番最初に会話したのは、メルを除けばこの人だったんだよな。そう考えると、なかなか感慨深い。
「良い旅を!」
「旅ってか、散歩みたいなもんだけどな」
「分かってるよ! これは俺の仕事の挨拶みたいなもんなの! ケルヴィンなら知ってる筈だろー。なあ、クロメルちゃんもそう思うだろー? 酷いパパだよなー」
「フフッ、そうですね。酷いパパです」
「ハハハッ。じゃ、ちょっと行っくる」
「おー、暗くならないうちに帰れよなー」
昔はもっと堅苦しい感じだったのに、今ではすっかり砕けた口調で会話するようになったもんだ。さ、行きますかねぇ。
「そう言えば、ママは何であの森を最後のチェックポイントに選んだのでしょうか? 思いっ切り戦うのなら、お屋敷の地下鍛錬場の方が適していると思うのですが……」
「何だ、クロメルは知らないのか? 今から行く森はさ、パパがこの世界にやって来た、最初の場所なんだ。まあ、始まりの地ってとこかな。その時は前世の記憶を失ってて、ついでにママの事やプロポーズをした事も忘れる有り様で…… それでもまた恋人になっちゃうんだから、人生って分からないもんだよ」
「そうだったのですね。それにしてもパパとママは、本当に仲良しさんなのですね。見ていて恥ずかしいくらいです」
「おいお~い。それを言うならクロメルとも同じくらい仲良しさん、だろ? 自分だけ壁を作るだなんて、パパは許さないぞ。それとも、クロメルは率先して壁を作りたいとか? もう反抗期?」
「そ、それは違います! 私も仲良しの輪に入りたいです!」
会話をしながらすきっ腹を誤魔化し、森へと歩を進める。うーん、見える景色が全部懐かしい。って、もう到着か。時間なんて夢中になると一瞬だな、やっぱ。
「よ、待ったか?」
「ええ、かなり待ちましたよ。デートをする時は常に5分前行動、いえ、10分前でも良いくらいだと、前々から言っていましたよね?」
「お前の口から聞いたのは初耳だよ。そもそも、待ち合わせの時間も決めてないっての。まあ、その、なんだ…… リタイアせずここまで来たぞ、メル」
バトルラリーラストチェックポイント、始まりの森。この場所にて待っていたのは、俺の妻であるメルであった。セラが隠す必要のないくらい明白だったけど、最後の相手としてメルほど相応しい者はいないだろう。
「当然です。最後まで成し遂げて頂きませんと、皆が準備した甲斐がないというものです」
きゅるる~。と、お向かいのどこからか音が鳴った。たぶん気のせいだ。
「いつもの事ながら、ホント手厳しいのな。でも、お前が最後の相手で嬉しいよ」
ぐぅううぅ~~~。と、俺の腹部付近から音が鳴った。だから気のせいだって。空気読んで。
「あ、あの、パパとママ? お話しの途中で申し訳ありませんが、まずは弁当を頂きませんか? お腹の音を何とかしないと、大事な会話が耳に入ってこないです……」
よくよく耳を澄ませば、クロメルの方からも可愛らしい空腹音が鳴っている。そして顔は真っ赤だ。
「そうだな! 空気改善の為にも早急に頂こう!」
「ですね! 実は先ほどから私も、そのランチバスケットが気になって気になって! 正直よだれが危ないところでしたっ!」
一時休戦、レッツランチタイム。ランチな時間じゃないって? 俺達はまだ食べてないから良いんだよ。エフィルから渡された弁当箱を開け、3人で楽しく頂く。これまでのチェックポイントで起こった出来事をメル教えたり、おかずの1つがクロメルが早起きして作ったものだと知って驚いたり。うん、平和なのもたまには良いもんだ。
「ふー…… やはりエフィルの料理はこの上なく絶品ですね。もちろん、クロメルの料理も。満足です」
「私もお腹いっぱいです。あ、ちょっと眠くなってきました……」
「では、このままお昼寝でも――― って、待ってください空気を戻しましょう。一応、私は真面目にやるつもりだったんです」
「奇遇だな、俺もだ。この緩い空気を壊していいものかって、すげぇ悩んでた」
「うみゅ…… ハッ! も、もう少し頑張れます! さ、パパママ、続きをどうぞ!」
クロメルを近くにあった倒木に座らせ、森に到着した際の立ち位置に戻る俺とメル。お腹の問題は改善され、意欲も十分。正直ちょっと眠気はあるけれど、そこは気合いでカバーである。始まってしまえば勝手に覚めるものだしな。
「最後の戦いは純粋に1対1の勝負といきましょう。頭数のハンデはなく、いつもの模擬戦でやっているルールです。ですが神でなくなった私は、以前とはまたひと味違いますよ?」
「ふー、そうやってお前は俺を喜ばせるんだから…… そいつは楽しみだ。が、さっき話した通り、今の俺は連戦を重ねてトップギアに入ってる。久方振りの手合わせだからって、腕が鈍ってたら一発だぞ?」
「ご心配なく。それに娘の前で残念な戦いはできませんよ。むしろ、あなた様の方が心配です。どの戦いも決して楽なものではなかった筈。連戦による疲労で今になって力を出し切れなくなってしまった、なんて事にならないよう祈っていますよ」
「祈るより折る方が得意だろ、お前。メルの事を一番よく知ってる俺が、直に死ぬほど体験したんだから間違いない。こう、綺麗に折ってくれるからな」
「それを言うのならあなた様だって、魔法や武術を使うよりもポエムを呟く方がよっぽど凶器です。正妻たる私がそう感じたのだから、間違いないです。時折ですが、とても心に響きますもの」
「「………(チラッ)」」
不意にクロメルへと視線をやる俺とメル。クロメルは暫く何かを考える仕草をした後、そんな俺達にカッと目を見開いて見せた。実際はぱあって感じだけど、カッである。
「……ドローです! パパとママ、どちらの言い分も尤もだと思います!」
「クッ、引き分けか……! やるじゃないか、メル!」
「あなた様も何ら衰えていないようですね。前言撤回、不安は解消しましたよ……!」
挨拶代わりの舌戦はドローに終わった。だが、本当の戦いはこれからだ。 ……ん? あ、ああー! そうか、なるほど! よく考えてるな、あいつら! っと、そうと分かれば、戦う前にっと。
「クロメル、俺達の戦いをよく見ていてくれよ。これまで通り、よ~くな?」
「……? はい、もちろんです。ひと時も見逃しませんよ、パパ」
「それなら安心だ。待たせたな、メル。良い勝負をしよう」
「ええ、私とあなた様とでしか描けない、私達だけの勝負をしましょう」
メルの前に立って、1つ分かった事がある。このバトルラリーは俺の為に皆が準備してくれた、とても素晴らしいプレゼントだった。でもさ、それと同時にこの催しは、クロメルの為に開催したものでもあるんじゃないかな? もっと言えば、記憶を失う以前のクロメルの為に。
チェックポイントによってルールは違えど、俺が本気でやり合っていたのはどこも同じだった。クロメルは俺と一緒に大陸中を廻り巡って、そんな全国の強者達との勝負を目に焼き付けている。それは詰まり、俺がこの世界を心から堪能している姿を見ている事にも繋がると思うんだ。
一度世界に絶望したクロメルは、俺の転生と世界の再構成を軸に永劫の神となろうとした。転生を繰り返す事で飽きなく俺の生を全うさせ、クロメルが女神として君臨する箱庭の上で、新たな物語を紡がせる為に。だがこのバトルラリーは、そんな絶望したクロメルに対しての反論でもあったんだ。この世界のどこに俺を飽きさせる暇がある! そんな大層な事をしなくたって、行き止まりなんてものはない! ってな。俺が知る限りの実力者だけでもこれなんだ。時間を掛けて探せば、まだ見ぬ強敵達だってきっといる。そうやって娘であるクロメルを通して反論して、絶望したあいつを安心させてやりたかったんだ。
……バトルラリーを企画した運営、その中心は恐らく家族達だろう。ったく。俺とクロメルの為に、本当に粋な事をしてくれるよ。
「そうだ。さっきの舌戦で言い忘れていた事があったんだ」
「?」
最後に1つ、どうしてもこれだけは今言っておきたい。そう怪訝な顔をするなよ。ああ、安心しろ。これが本当に最後だ。俺だって早く戦い気持ちを抑えているんだ。もう少しだけ付き合ってくれ。
「今になって何です? 戦いの最中で何を言おうと、動揺する私ではありませんよ?」
「いや、大した事じゃないんだけどさ…… この勝負で俺が勝ったら、お前に改めてプロポーズするよ。過去最高に格好良く、メルに求婚する。よろしくなっ!」
「は? ……へ? ……な、なあっ!?」
「さあクロメル、最後の合図をしてくれっ! 準備オッケー、いつでもいけるっ!」
「はーい。それではいきますよー?」
「ちょ、タ、タイム、タイムです! それは狡いっ!」
始まりの森の中で奏でられるは、楽しげで賑やかな響きだった。それが笑い声によるものなのか、はたまた剣戟や魔法によるものなのか、真実を知るのは俺達だけだ。
終わり