作品タイトル不明
第583話 帰りは怖い
「お、追いかけっこ? 追いかけっこって、俺がお前らから逃げるのか?」
「そうそう。その辺の子供も遊びでやってる、至極単純な遊びさ。狩りの作法も学べるし、教育の一環としても優秀だよね」
いや、追い掛けっこでそんな作法を学んでるのは、極一部だと思う。
「逃亡戦とは、なるほどねぇ。おじさんも 奈落の地(アビスランド) で散々追い掛けられる側だったから、たまには逆の立場になりたいと思っていたところなんだよ。おじさんだって、童心に戻りたい時はあるからねぇ」
「要は狩りと同じなんでしょ? まあ私はいつも狩る側だから、その役割は性に合ってるかしらね。セラ姉様のお手を煩わせるまでもなく、私が足蹴りにしてあげるわ」
「私は鈍臭くて薄のろなので、あまり追う者としての適性があるとは思えないのですが…… で、でも! その先にジェラールのおじさまがいるのなら、頑張れると思いますっ! た、たぶん!」
提案者のセルジュはもちろん、残りの使徒達も何だかんだでやる気になっている。それは歓迎すべき事だが、問題は追いかけっこのルールかな。
「その顔~、どんなやり口で追われるのか気になる顔だね? ひょっとして、そっちの気もあったりする?」
「ねぇよ。気になってるのは具体的なルールの方だ。追いかける追いかけられるのどっち側をやるにしても、先に勝利条件を示してくれ。パーズの街中に入ってまで続けられちゃ、お互い本気を出す訳にもいかないだろ?」
「まあね。創造者の魔香も、流石に街中にまでは撒いてないし。じゃ、追いかけっこについて説明しようか」
セルジュが提示した俺の勝利条件、それは俺が生きてパーズ領内に辿り着く事だった。もちろん、その間にセルジュ達はあらゆる邪魔立てをしてくるらしい。分かりやすく言えば、使徒4人による本気の攻撃が俺に向かって降り注ぐのだ。いくらそれら攻撃を受けようと、加護が発動しても良い。兎に角、俺が生きている事が条件なのだという。
「なかなかに物騒な事を、綺麗な笑顔で言ってくれるもんだ。それってさ、俺が一度死んで加護を発動させたとしても、この戦いは続行するって事だろ? 要は俺が生きて帰るには、死ぬ気でパーズに帰るしか道はないと」
「ハハッ、どうしたどうした? もしかして怖気づいたのかな、ケルヴィン?」
「まさか。逆にそこまで覚悟を決めてくれた事に、心底喜んでいるくらいだよ。基本俺の行動は逃げになるだろうけど、攻撃を防ぐ為に反撃するのは致し方ないんだろ……!?」
「いーよいーよー。私らだって命懸けでやるつもりだもの。尤も、使徒の中でも断トツで死なない男としぶと過ぎる女、そして死んでもどこかで復活しちゃう私に攻撃したところで、大した代償にはならないと思うけどね。断罪者だって私以上に勘が鋭いから、生半可な反撃を受けるような玉じゃないよ」
「フン。余計なゴマすりは不要よ」
ああ、そういや『生還者』の名を持つニトもそうだが、吸血鬼のエストリアもずば抜けた不死性を持っているんだったか。ジェラールとアンジェの全攻撃、更にはリオンの浄化を受けても生きてたらしいし。セルジュについても一度のみではあるが、俺が持つメルの加護染みた能力を発揮してしまう。まあセルジュが戦線から離脱すると考えれば、奴を倒す選択肢は大いにありだろう。倒せるかどうかの問題は別にして、だが。ベルは――― 彼女と正面から戦うならまだしも、背中を見せながら戦うのは正直きつい。セラと同等の勘の良さからして、まず攻撃は当たらないと見て良い。
ふんふんふん…… なるほど、これらを想定した上での逃亡戦か。徹底的に自分達が楽しめる仕組みにしてやがる。その上で俺も楽しめるから…… あれ、ひょっとしてウィンウィンな関係というやつなのでは!?
「ちょ、ちょっと待ってください! どうしようもないモンスターや悪党が相手なら兎も角、敵でもないのに軽率に命を懸けないでくださいよ、もうっ! パパもですよ!」
「あ、はい。ごめんなさい」
「その台詞、元上司に言われると凄い複雑なんですけど」
「複雑だろうとも、運営側として見過ごす事はできないんです! ちょっと待ってください。もしもの為の救助隊員を呼びますから」
念話にて誰かと連絡を取り合うクロメル。セルジュが相手であろうと一歩も引かず、自らの役割をこなす姿には感動さえ覚える。さっきまで己の欲求の事しか考えていなかった自分を恥じたい。大いに恥じたい。俺の娘はどこまで聡明なんだろうか。
「ケルヴィン、ひょっとしなくても親馬鹿かな?」
「む、なぜ分かった?」
「いやー、思ってる以上に顔に出るものだからね、そのタイプの人って」
セルジュ、まさかお前、セラベルに並ぶ察知能力を身に付けたとでも? ……フッ、なるほど。ステータスにかまけず、こいつも前以上に成長してるって話か。こいつぁ今日一番の強敵になる可能性大。今一度、気を引き締めないとなぁ!
「っと、来たようです。あちらに」
「え、もう?」
クロメルの知らせに、俺を含めた皆が示された方へ向く。今俺達がいるこの場所は、デラミスとパーズの国境線まで馬車の足なら大よそ3日は掛かる距離にある。普通に飛ぶ分にはそれほど遠い訳でもないが、それでもこんな一瞬で来るのは簡単な事じゃ―――
「やっほー! 事情を聞いてゲストとしてやって来ました、元『暗殺者』のアンジェです! 今日はよりしくね、皆!」
―――アンジェなら納得である。
「アンジェさん、ゲストじゃないです。パパにもしもが起こったら困るので、ピンチになった際のお助け要員です」
「あ、はい。ごめんなさい」
到着早々に謝る羽目になってしまったアンジェ。俺の命が懸かっているせいか、クロメルも容赦がない。
「運営側からルールを追加させてもらいます。ママの加護が発動した後、パパに生命の危険が迫った場合はアンジェさんがパパを問答無用で救出します。もしそうなったら、このチェックポイントは未達成。ここでパパは失格という扱いにしますから、その時は潔く従ってくださいね? これは運営最高責任者であるシュトラさん、コレットさん両名からの通達です。双方、よろしいですか?」
あの2人が最高責任者だったのか。今更だが、それも初耳。まあまとめ役として、そしてこういった不測の事態に備える役として適任だろう。
「俺はそれで構わない。そんな事にはならないけどな」
「私達も構わないけど、加護が発動した後も容赦は一切しないよ? 暗殺者、そんな中でケルヴィンを助けられるの?」
「だからならないって」
「パパの主張を信じたいところですが、セルジュさんの懸念も尤もな話です。なのでパパ、アンジェさんに 風神脚(ソニックアクセラレート) を施してください。効果時間を維持させる為、魔力超過の使用は不要です」
「あー、なるほどねー。スピードの底上げか。それは断罪者よりも速いわー」
「ッチ。まあ、アンジェが相手じゃそうなるわね」
「フフン、その通り! ただでさえ最速なアンジェさんが、更に速くなっちゃう訳さ。それと移動中は私がクロメルちゃんを預かるから、ケルヴィン君は2重の意味で安心したまえ!」
「おう、助かる」
確かに 風神脚(ソニックアクセラレート) 付与状態のアンジェなら、魔力超過付き 風神脚(ソニックアクセラレート) を施した俺よりも速い。『遮断不可』の固有スキルもあるから、いつかジルドラを巨大ゴーレムから脱出させた時のように、俺を救出してくれるだろう。 ……何度も言うが、そんな事を起こさせるつもりは全くないけどな。
「そろそろベルが帰宅時間を気になる頃合いだ。クロメル、合図を頼む」