作品タイトル不明
第558話 終焉
―――中央海域
戦場は静寂に包まれていた。実際には竜巻などの異常気象がそこかしこで巻き起こっている筈なのに、不思議とこの場所だけは穏やかな空気で満たされている。外の者達は声を掛ける訳でもなく、ただその聖域を見詰めるに止まっていた。
「あぁ、あ…… こうなって、しまい、ましたか…… 私なりに、頑張ったんですけどね……」
「お前は頑張り過ぎの1人で抱え過ぎなんだよ。そろそろ気を緩めたって、誰も文句は言わないさ。そんな輩がいたとしても、俺が黙らせる」
「フフッ、あなた様も、やり過ぎですよ…… で、すが、私もまた…… やり過ぎですね…… 力を解放させる為に、肉体に負荷を、掛け過ぎ、て…… しまい、ました……」
消え入るような小さな声で、だが心から安堵した声色で、ケルヴィンに抱えられた彼女は言葉を紡ぐ。その横には、もう1人の彼女も見守っていた。そしてそれは、セラの両足首を掴み何とか落下を免れたジェラール、滞空しつつ彼を支えるセラも同様。2人は少し離れた場所にて、この戦いの結末を静観する。
「これで漸く終焉、か。セラよ、駆け寄らなくて良いのか? いつもならば我先にと、王のところへ馳せ参じるというのに」
「もう、私だって空気くらい読むわよ。むしろ、人よりも読んでると自負しているくらいに!」
「これこれ、声が大きいわい。しかし、そうさなぁ。ならば今は、静かに見守るとするかの。姫様もそうしておられる」
「静かにするのは苦手なんだけどね。ま、今はそうさせてもらうわ。こっちのも、一応は見届けないといけないし」
セラが視線を向ける先では、機竜であったものが鎮座していた。触手が跡形もなく消え去り、元の機械的な外見の姿に戻っている。が、両腕は戦闘中に切り離した為になくなっており、コアのあった腹部は大きく損傷。穴だからけながらに辛うじて残った肉体も、ゆっくりと崩れ去ろうとしていた。
―――そして、クロメルが根を下ろしていた頭部部分。今はそこに彼女の姿はなく、代わりに大量の血がこびり付いていた。
「私に構っていて、良いのですか……? もう、時間がありま、せんよ……?」
ケルヴィンに抱かれたクロメルの体には、下半身に当たる部分がなかった。先の戦いでの最後、ケルヴィンとメルフィーナが放った決死の一撃は、クロメルの槍を折り、彼女を袈裟斬りにする形で終止符を打った。機竜の頭部に付着した大量の血はその時のものであり、肥大化した死神の刃はクロメルの半身を丸ごと呑み込んで消滅させたのだ。 ……彼女の命は風前の灯。回復魔法を施したところで、もう長くは持たないだろう。
「お前と一緒にいる時間くらいはあるさ。感謝してもし切れないんだ。あれだけ楽しい時間を過ごせたのは、全部お前のお蔭だろ?」
「世界を、滅ぼし…… あなた様を、殺そうとして、いたのに……?」
「本気でそうしてくれたからこそ、俺も同じくらい本気になれたんだよ。だから、俺に対して負い目はもう感じるな。むしろ誇ってほしいくらいだ。お前の愛がどれだけ凄くて深いのか、俺が一番分かってる」
「あ、う……」
クロメルが震える手をケルヴィンに伸ばそうとするも、後ろめたさを感じたのか途中で止めてしまう。そんな彼女の手を、ケルヴィンは自ら引き寄せる。白い肌を更に白くさせたクロメルの頬が、ほんの少しだけ赤く染まった。
「どうして、でしょうね…… 私の、願いが、打ち砕かれたという、のに…… 久しぶりに、心に掛かった靄が、なくなった、気分です…… ねえ、メル、フィーナ……」
「……何ですか?」
「私が、こうなってしまっては…… もう、世界を転生させる事は、できないでしょう…… しかし、この世界は崩壊に、向かっている…… それだけは、避け、なければ、なりません…… 絶対に、私達の愛しい人を、死なせない、でね……?」
「ええ、約束しますとも。私は夫と世界、そのどちらも失うつもりはありませんよ。こんな大事を引き起こした貴女がいたんです。私だって、同じくらいの奇跡は起こしてみせますよ」
ケルヴィンが握った手の上へ被さるようにして、メルフィーナも自らの手を置く。その言葉に嘘偽りはない。それはメルフィーナの瞳を見れば、クロメルにも分かる事だった。
「そう…… 安心、しました…… ああ、楽しい、愛しい時間は…… 終わるものなの、ですね…… でも、それでも…… 悠久の時よりも、今が愛おしい……」
クロメルの唇から新たな血が流れ、同時に涙が流れる。握る手からは、少しずつ体温が下がっていくのが分かる。最早、言葉を口にするのも辛いに違いない。ケルヴィンは意を決して、彼女に想いを伝える事にした。
「クロメル、お前に言っておきたい事がある」
「え……?」
「あなた様?」
―――それからケルヴィンが何を言ったのかは、その場にいた3人にしか分からない。最も近くにいたジェラールやセラでさえも、話の内容を耳にする事はなかったのだ。但し、ケルヴィンの言葉を聞いた2人は、同時に驚きの表情を作っているようだった。
「……? 何を話しているのかしらね?」
「ううーむ、王がいつもの臭いポエムでも言ったんじゃろうか?」
「あー…… ないと思うけど、絶対とは言い辛いわね。絶対とは」
内容は不明だが、恐らくそこは主観の問題だろう。
「本気、なのですか……? 正気とは思えません、ね…… 一体どうなるのか、分かった、ものでは…… ありません、よ……?」
「俺はいつでも本気で正気だ。こんな時に冗談を言うつもりはないよ」
「格好付けているところ申し訳ないのですが、完全に思い付きですよね? 単にそうしたいと思ったから、口にしてしまったんですよね?」
「……まあ、そうともいうかも」
ふいっと視線を逸らすケルヴィンに、メルフィーナは軽く溜息をつく。それでも嫌がっている様子ではなかった。
「あなた様がそうしたいのであれば、私からこれ以上どうこう言うつもりはありません。後は全て、彼女次第です」
「助かる」
「ふっ、フフッ…… 私も相当に、狂っていると自負、していますが…… やはり、似た者同士、でしたか……」
「お褒めに預かり、光栄なこって。で、どうだ?」
「もう、あなた様がこの手を…… 取って、くれた事で、答えは出て、いますよ…… ですが、何分バグだらけ、ですからね…… 正直、私にもどう、なるか……」
「答えが出てるなら、それだけで十分だ。それ以上の心配は俺が引き受ける」
「そうです、か…… 私、もう、とても眠くって…… 先に、眠らさせて、頂きます…… あ、あなた様……」
「何だ?」
「愛して、いますよ……」
握っていた手から、ふっと力が消える。瞳を閉じたクロメルの顔は、深く深く、安らかに眠るようで――― 次いで生気を失った彼女の体が輝き出し、光の粒子となって四散。ケルヴィンの腕の中にはもう、クロメルの姿はなかった。
「……よろしかったのですか?」
「よろしいも何も、これが最善だと思っての行動だよ。メル、これから面倒事が増えるかもしれないけどさ、悪いけど一緒に十字架を背負ってくれ」
「フフフッ、何を今更。それに、さっきも言ったではないですか。その程度の奇跡、私が成し遂げて差し上げます」
「ああ、頼りにしてる。さて、ここから次の問題なんだが――― 世界滅亡、どうやって食い止めるの?」
ケルヴィンが辺りを見回すと、周囲一帯がこれでもかとばかりに荒れていた。先ほどまでの静寂は、自らの世界に没頭したが故の静けさだったのだろうか。
『念話にて皆に通達します。クロメルを無事に討伐致しました。次に、世界の崩壊を止める為――― 前転生神の名において、新たなる転生神を暫定的に任命します』