軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第542話 じゃれ合い

―――黒女神の神域

俺とクロメルの叫びと共に、食堂風景を映し出していた夢世界が完全に崩壊する。代わりに姿を晒したのは、凄まじい魔力が渦巻くクロメルの空間だった。特性としては以前にも目にした巫女の技と同じようだが、その光景は宇宙に近いものとなっている。幸い酸素はあるようで、真空でもないらしい。透過処理を施した見えない足場も、しっかりと存在している。って事は、わざわざラストバトルに相応しい場所を、クロメルが健気にも頑張って用意してくれたという訳だ。今の幼い姿と相まって、どうしようどうしようと考える、とても微笑ましいところを想像してしまう。

「落胆はさせません。後悔もさせません。私はあなた様にとっての、最高の敵です」

だが実際の今のあいつの姿は、そんな微笑ましいものではない。 戦乙女(ヴァルキリー) の黒シリーズとも言うべきか、メルの装備をそのまま反転させたような装備を装着し、僅かに形成されつつあった堕天使の黒翼は、今や完全に顕現。幼いあいつの体以上に大きく、雄大にその翼を広げている。漆黒の天使の輪もバチバチと同色の電撃を帯びて、大変攻撃的な見た目と化していた。その意気、とても俺好みである。

「聖槍、起動」

そんな良い女になったクロメルの両端に、よく見慣れた2本の神の槍が出現する。クロメルの意思によって宙に浮くそれらは、メルの愛槍でもあった聖槍ルミナリィ、そしてエレアリスが所有していた聖槍イクリプスだ。聖なる神の槍という割に、今の神槍達は瘴気のような黒き禍々しい魔力で溢れている。それがクロメルの魔力にあてられたせいなのかは分からないが、絶対にまともにやりあってはならないと、俺の察知能力が騒ぎに騒いでいる事は分かった。たぶんアレ、触れただけで体が持っていかれる代物だ。

「相変わらず出鱈目な力だな。どこが天井なのか、未だに測れないよ」

「あら、今更卑怯だとでも、泣き言を言うつもりですか?」

「いいや、最高だって撫でくりまわしてやりたい気分だ!」

黒杖を構え、魔力を練る。あれだけの力を、先んじてクロメルが見せてくれたんだ。俺も相応に返してやらねれけば。ああ、胸が躍る。

「――― 風神脚(ソニックアクセラレート) ・ Ⅴ(ペンタ) 」

俺の全身に途轍もない負荷が掛かる。が、それも俺の耐久なら問題なく耐えられる範疇。軋む痛みはより五感を研ぎ澄まし、俺を興奮させてくれる。何ら問題はない。

「……魔力超過、ですか」

「ご名答。お前がよく知っている通り、俺はMPだけは馬鹿みたいにあるからな。埋められない差は、これで無理矢理埋めさせてもらう」

これまでは効果時間と安定性に難があり、Ⅳ(クアッド)までが使用限界だった『魔力超過』。光竜王ムドファラク、土竜王ダハク、風竜王フロムの加護を得た今において、俺は更なる限界突破を可能とした。 Ⅴ(ペンタ) ともなれば、魔法1つに5000近いMPを消費する、メルフィーナやクロメルにも負けない大飯食らいと化してしまう。けどな、食費という甚大な代償を捧げる事で、こいつは俺をクロメルのいる領域へと手を届かせてくれるんだ。

「確かに理に適ったやり方です。ただ、少し無謀とも言えますね。加護を得て調整を施したんでしょうが、それは辛うじて保たれたバランスです。強力が故に適用時間が短い事に変わりはなく、それが切れた一瞬の隙が、あなた様の命を落とす原因に成り得ますよ?」

「試してみるか? 御託を並べるのも、そろそろ飽きただろ?」

「……そうですね、そうすると致しましょうか」

互いを見詰め合う、僅かな時間が生まれる。だが、そんな静寂は一瞬の事。次に瞬きをする頃には、クロメルは視界から消えるだろう。だから、俺からあいつの懐に入り込む。その間に杖には 大風魔神鎌(ボレアスデスサイズ) 、足には追加で 飛翔(フライ) を高速展開。速度にしてアンジェの2倍ほどのスピードとなった俺は、クロメルの顔を間近で見る事に成功した。そして思い知る。クロメルの瞳が寸分違わずに、駆け寄る俺を追っている事に。

クロメルのそばに控え、先ほどまで俺が立っていた位置に矛先を向けていた2本の聖槍が反転。俺がクロメルへ迫るのを追尾するが如く、ルミナリィとイクリプスもまた俺を捕捉しているようだった。こいつらを操作するのは当然クロメルだ。要するにクロメルは俺を見失うどころか、無理して出してるこのスピードを完全に見切ってやがった。

(抱擁が御望みですか?)

とでも言いたげな幼い姿にはあるまじき色気が、クロメルの口元に表れていた。しかし、そんなものに惑わされている時間はない。尖らせていた感覚機能は両脇より槍が放たれたのを逸早く察知、助走代わりとなったスピードを活かして前傾姿勢となり、頭部を狙ったこれを躱す。頭上を聖槍が通り過ぎた際の風圧と魔力の残滓で再確認。これ、エフィルの蒼炎よりもやばい。やはり攻撃面も5桁クラスか。

「なかなかの速さですね! それにあなた様自身も、その速度をコントロールしつつあるっ!」

避けたついでに放った大鎌での横殴り。全く意に介さない様子でヒラリと回避し、クロメルは称賛の言葉を口にした。余裕綽々、だが追えない速度ではない。クロメルが俺を捉えているように、俺もクロメルを捉えている。アンジェに 風神脚(ソニックアクセラレート) を施して鍛えた俺の認識力は、並列思考を通じてしっかりと高められている。

「この野郎、絶対追い付いてやる……!」

「うふふ、こちらですよ!」

空中から空中へと駆け回る追跡劇。台詞だけ鑑みれば恋人同士の追い掛けっこに聞こえなくもないが、決してそんなラブロマンスに満ちたものではない。不敵に笑うクロメルに大鎌で斬撃を飛ばしながら俺が追い、そんな俺に対しても不規則な軌道で動く2本の聖槍が、凄まじい勢いで追撃を仕掛けてくるのだ。死に物狂いで付いて行き、追い付かれたら死が待つ耐久レースのようなもの。この数秒だけで、無限に広がっているような空間を何周もしている気分になってくる。但し、クロメルにとっては最初の意味で合っているのかもしれない。表面に浮かべているだけの表情の中に、楽しいとか嬉しいという感情が見え隠れしている。

「お前、何か俺よりも楽しんでないかっ!?」

「………」

そこで黙るなよ! これじゃあ、どっちが戦闘を楽しんでいるのか分かったもんじゃないぞ。戦いに命を懸ける者として、こんなところでは負けていられない。

「 剛黒の監獄(アダマンペガト) ・ Ⅴ(ペンタ) ×2!」

高速移動するクロメルと聖槍に仕掛けるは、四方を囲む黒塗りの鉄格子。 剛黒の城塞(アダマンフォートレス) に似た魔法だが、こちらは檻としての機能に特化させたものだ。生成する形状に融通が利かず、ペンションタイプだとか砦タイプだとか、そんな洒落たものを造る事はできない。兎にも角にも即行性と耐久性を重視した、獲物を捕らえる為の監獄である。そんな 剛黒の監獄(アダマンペガト) を魔力超過で底上げしてやれば、透過されない限りはスピードアップを施したアンジェだって捕まえる事ができる展開力を誇り、ジェラールの怪力を以ってしても破壊不可能な強度を持つようになるのだ。

「あらっ?」

それはクロメルだって例外ではない。俺を追っていた聖槍だってそうだ。如何に標的となる体が小さくて速かろうが、この魔法ならば檻の中に閉じ込める事が十分に可能。現にクロメルは、漆黒の檻の中に封じ込められている。

「あなた様、そろそろ私も魔法を使って良いですよね? ――― 失墜の闇水(ディファイルクライム) 」

とても機嫌の良さそうな声が聞こえたかと思えば、墨のように真っ黒な水が鉄格子の隙間から次々と溢れ始めた。