軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第537話 十全

―――戦艦エルピス

「ほぉーあああ……!」

桃色タイツの魔人、もといゴルディアーナが凄まじい形相のまま、ボディービルダーも真っ青な完成度を誇るポージングをし、野太い唸り声を上げ始めた。ゴルディアーナが叫ぶ度に、肉体の周囲に展開していた 慈愛溢れる天の雌牛(ローズイシュタル) の桃色オーラが肉体の筋肉のように膨張し、更に力強く色の濃いものへと進化していく。桃鬼の名を冠するゴルディアーナであるが、今の姿はそれとはまた別物。選定者である舞桜を以ってしても、これからどう変貌していくの予測のできない事態となっていた。

「だけど、黙って見ている俺じゃないよ?」

「だろうねっ!」

ゴルディアーナの進化を阻止しようとする舞桜目掛けて、セルジュが剣を携え突貫する。互いに剣を交える形になり、ここで舞桜はセルジュの持つ剣がウィルでない事に気が付く。彼女の剣は刀身に稲妻を纏わせ、先のリオンの攻撃のように眩く流動していたのだ。

「剣もそうだけど、さっきより動きがよくなってないかい?」

「そうかな? どっちも気のせいだと思うよ?」

気のせいではない。セルジュの得物が変わっているし、そのスピードと反応速度は確実に上昇していた。

(それも、 彼女(セルジュ) だけじゃないね)

セルジュの後に続くシルヴィア、エマ、刹那の駆けた後の床に、何やら電気のようなものが走っている。こちらもセルジュと同様に、敏捷値が上がっているのは明らか。次に舞桜は唯一接近して来ないリオンに視線を向け、これら変化の大元がリオンであると結論付けた。しゃがみ込むリオンより、4人に向かって荒々しい魔力の流れが感じられたのだ。

リオンが使用したのはS級赤魔法【 稲妻超電導(ライトニングヴァスト) 】、敏捷と反応力を向上させる 稲妻反応(ライトニングエンハンス) の完全上位互換とされる魔法であり、その増強量は以前の比ではなく、対象をパーティ全員に取る事で範囲までもが強化されている。これによりパーティの者達は舞桜の敏捷には追い付かない、決定打となるダメージを与えられなくはあるが、全員が協力して防戦に徹すれば、それなりに時間を稼げるレベルにまで押し上げられていた。

更にリオンは自身の影に潜ませているアレックスより魔剣カラドボルグを借り受け、これに赤魔法による渾身の電気を注入。こっそりとセルジュに渡す事で、彼女の攻撃手段をちゃっかり確保。私生活で気の利くリオンは、戦闘時でも痒い所に手が届く支援を行っていたのだ。

「ふっ!」

「だぁっ!」

「くっ……!」

リオンの支援を受ける4人の息は、完璧に合っていた。それこそ共に育ったシルヴィアとエマ並みの連携を、同等のレベルで4人で行っているようなものだ。やってる本人達も、内心驚いている有り様である。

「選定者、言ったじゃん私。パーティで戦う方が得意、しかも可愛い女の子と一緒なら尚更得意だって!」

最後の方は恐らくまだ言ってない。しかし、そんな彼女の戯れ言が真実であるかの如く、セルジュはパーティの潤滑剤として目覚ましい貢献をしていた。シルヴィア達と刹那が伸び伸びと立ち回れるよう、その仲介役として絶妙なタイミングで戦闘に介入。時に舞桜の隙を作り、時に厄介な攻撃を引き受ける。これにより、前線に立つ4人のコンビネーションは高いレベルで確立され、各々が最大限に力を発揮できる環境が構築されたのだ。個の力では圧倒的に劣っていようとも、数の利を得た彼女らの壁は厚い。

そしてもう1つ、舞桜には無理をして踏み込めない理由がある。それは刹那が生還者ニトから受け継いだという、不可思議な剣技の存在だ。実際のところ、舞桜には刹那の太刀筋がハッキリと見えている。瞬間的な剣速が如何に速いとはいえ、その最高速は舞桜の頂きには届かない。居合が放たれたところで、視認しているその線を躱せば良いだけの話だ。だが、斬られた。正確には破損した兜を含めて瞬時に修復できる程度の傷だが、確かに斬られたのだ。刹那の剣は当たり所が悪ければ一撃必殺にも成り得るからこそ、舞桜は不必要に踏み込めない。

「ヘイヘイヘーイ、どうしたどうした選定者~! おじさん仕込みの剣がそんなに怖いのか~い?」

おまけにニトの言いたい放題な煽り文句のお蔭で、精神的にも色々と来るものがあった。その忌々しさは想像以上である。ほんの少し、刹那の精神も削っているのは内緒の話だ。

「ま、色々と攻めあぐねる理由はあるだろうけどさ、一番の要因は君にあるんじゃないのかな、選定者!」

「本っ当に目敏いな、君は……!」

絶対共鳴によりクロメルとのパスを得た舞桜の力は、それこそ神の力に匹敵する。だが、その力を舞桜が十全に引き出せるかどうかと問われれば、それはまた別の話。クロメルがメルフィーナから力を吸収し、半神として降臨したのは、どちらかと言えばつい最近の事だ。そんな短期間で神の力という大層なものを、ここまで制御できるようになっただけでも僥倖、いや、舞桜はそれだけの研鑽を死ぬ気で重ねたんだろう。これは素人が世界最速の車に乗るようなもので、溢れ出す力の制御、抑えのきかない魔法を操作する事は、如何に転生した勇者といえども容易にできる事ではない。唯一その力を十分に出し切れるとすれば、それはその身の頑丈さくらいなものだろうか。

(できればケルヴィンさんには、そんな俺で慣らしてからクロメルと戦ってほしかったんだけど…… まあ、これがクロメルの望むべき形なら仕方ないか。それにしても、本当によく喰らい付く)

拮抗する戦況に、舞桜は微かに感嘆の溜息を漏らす。次の手を切らねば、この場が即座には進展しないと悟ったからだ。

「ウィル、枷を外せ」

「―――っ!」

前線にいた全員が、一斉に背後に飛び移る。舞桜の大剣と鎧から、唐突に光が零れ落ちたからだ。星屑を散らしたかのような輝きを纏い、舞桜の背には白き光の翼が顕現。どうやら本格的に神の力を行使するらしく、希薄だった殺気も光の強さと比例して高まっていた。

「制御も加減も諦めるよ。君達は慈悲を与えるほど弱くはないようだ」

変化を終えた舞桜が、改めて大剣を構える。舞桜の足下にある床には、彼が一歩踏み込んだだけで亀裂がいくつも走っていた。

「うわ、さっきとはまた別物ですね……」

「おじさん、それは大人気ないと思うなぁ」

「ん、手加減してた?」

「手加減じゃなくて、自分でも力の調整ができてないだけ。シルヴィア、注意を怠らない!」

「む、私はいつも真面目だよ」

「はいはい、こんなところで姉妹喧嘩しないの。選定者の決意が固まったところで、こっちも準備が整ったみたいだよ」

セルジュが肩をすくめながら、ある方向を指差していた。そこはセルジュ達が戦いを繰り広げていた舞台の後方、ゴルディアーナが変態――― もとい、変貌を遂げていた場所だ。

「ふぅー…… これ、やろうと思っても時間が掛かっちゃうのがネックよねぇ。あまり実戦的とは言えないわん。とってもエネルギーを使っちゃうから、そう長くは持たないしぃ」

舞桜はそれを見上げ、再び溜息を漏らした。今度は感嘆してのものではない。あまりの馬鹿馬鹿しさに呆れ、この場に立ってしまった事をかなり後悔してのものだった。

「おじさん、それも反則だと思うなぁ」