軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第506話 とっておきの激励

―――ケルヴィン邸・庭園

なんちゃって会議から数日が経過し、いよいよ決戦日が間近となった。日取りが決まってからというもの、時の流れがいつもより早く感じられる。途中、ビクトールの手腕によって義父さんが強制帰国させられたのも要因の1つだろうが、それよりもクロメルと刃を交える事に対する、ワクワク感が日に日に増していたのが大きいかな。

俺はクロメルを倒すと宣言して、クロメルはそれを受けた。あいつに同情する選択肢もあっただろう。だが、あいつはそんな事を望んでいない。千にも達する年月を、クロメルはこの日の為に費やしたんだ。俺を楽しませる。ただ、それだけの為に。

だから、俺は最大限に楽しませてもらう事にした。クロメルがこれまで積み重ねてきた全てを、悉く貪る事にした。力を、技を、魔法を、神秘を、奇跡を――― 全部、全部だ。それがあいつを絶望の底へと堕天させてしまった俺の責務、いや、何よりも、俺自身がそうしたいんだ。俺は、クロメルの全てが欲しい。積み上げた全てを食らい尽くした上で、メルフィーナを助け出す。絶対に。

「ケルヴィン君、悪い顔になってるよー」

俺の前を通りかかったアンジェに、俺の表情を指摘される。

「えっ、使命感に満ちた格好良い顔じゃなくて?」

「ううん、欲望に満ちたいつもの格好良い顔だったー」

おかしいな。俺、かなり良い事を言ってたつもりだったんだけど……

「ケルヴィーン! そんなところで耽ってないで、出発の準備手伝いなさいよ! クロトの保管に入れておくものリスト、最終チェックはケルヴィンの仕事でしょ!」

「分かった分かった! 分かってるから、セラもそんなに叫ぶなって」

セラに言われてクロトの前に戻り、エフィルから一覧表を受け取る。俺達は今、屋敷を出発する直前の準備を進めているところだ。とはいえ、俺達の基本スタイルはいつものと何ら変わらない。必要なものはクロトに渡し、手ぶらでゴー! である。

「ご主人様、お忙しいところ失礼致します。クレアさんとウルドさんがいらっしゃいました」

「クレアさん達が?」

今日屋敷に来るなんて話、してたっけ? そう俺が考えて間もなくして、正門の方から2人の姿が見えてきた。ウルドさんはいつもの冒険者の装い、クレアさんは仕事中に抜け出して来たのか、エプロンに三角巾と女将姿だ。手には大きめのバスケットを持っている。

「ケルちゃん! 天使の巣に向かうって噂話を耳にしたんだけどさ、それって本当の事かい!?」

「すまねぇな、ケルヴィン。クレアが誰かから変な噂話を聞いたみたいでよ、連絡なしに来ちまった」

戦艦エルピスを攻略する作戦は、一部の者達にしか知らされていない極秘事項だ。冒険者であればS級以上とか、そのくらいに極秘。その筈のこの件がクレアさんの耳に入ったって事は、誰かしらが口を滑らせて噂となってしまった感じかね。まあ、あの面子では秘密にするなんて到底無理な話だから、誰も秘密で通すなんて無茶は期待していなかったと思うけど。

「ええ、まあ…… 冒険者の中でも殆ど秘密になってるここだけの話なんで、あまり公言しないようにお願いしますね」

「おお、マジだったのか! あいたっ!?」

「ほらね、アタシの言った通りじゃないかい! この人ったら、眉唾もんだって全っ然信じなくてね!」

「ははっ、まあまあ」

ウルドさんの屈強な背中を、割かし本気めにバシバシ叩くクレアさんを宥める。冒険者として確かな実力を持つウルドさんが結構痛がっているあたり、クレアさんのパワーも相当だ。

「それで、今日はどうしたんです? その事を確かめに?」

「それもあるけどね。はい、これを持って行きな」

クレアさんから、先ほどのバスケットを手渡される。お、結構ずしっときた。

「どうせならと思ってね、腕によりを掛けて最高の料理を作って来たんだ。皆の様子を見るに、今日くらいに出発するんだろ? それ、エフィルちゃん達と一緒に食べておくれよ。これがアタシからの、最大の援護射撃さね」

「へえ、ありがとうございます! おお、凄く良い匂いだ」

中に入っているであろう、料理の良い香りがバスケット越しに俺の鼻元へと漂う。自然と口の中に唾液が出てしまう。

「ん……? スンスン」

おっと、エフィルもこの匂いが気になったのか、俺と一緒になって料理の香りを確かめている。人前だというのに、作法を重要視するエフィルにしては珍しい行為だ。

「……この香り、私もまだかいだことのない匂いです。クレアさん、この料理は一体?」

「ふふっ、それは開けてからのお楽しみだよ。バスケットの中にレシピを書いた紙も入れておいたから、今度は自分で作ってみな。ま、これがアタシがエフィルちゃんに教えられる、最後のレシピになるのかねぇ…… エフィルちゃん、アンタは本当に良い女になったよ」

「クレアさん……!」

クレアさんのかーちゃん気質が凄い。エフィルが口元を押さえて、今にも泣きそうになっている。しかし、まだエフィルも知らない秘伝のレシピを隠し持っていたとは、クレアさんのレパートリーはどうなっているんだ? 掘れば掘るほど掘り起こされる。

「ふふっ、これなら自信を持ってお嫁に出せるってもんさ! ねえ、アンタ!」

「おうよ! エフィルほどの良い女、そうそういるもんじゃねぇ! ケルヴィン! 無事に帰ったら、言う事はちゃんと言ってやれよ!」

「あの、それはどういう……?」

2人はエフィルに満面の笑みを向けながら俺の背後へ回り込み、バンバンと手の平で背中を叩き始めた。痛い痛い。

「ふ、2人とも、それは分かってますけど、あまりここで大声で話されると……」

「えっ……? え、あっ、ええっ!?」

ほら、エフィルも2人の言葉の意図が分かって混乱してるし。言いたい事は十分過ぎるほど伝わっているんだけども、アンジェやセラ達もいる中でその発言は不味い。何だ何だと周りが注目し始めている。あと、その台詞は若干フラグっぽいです、ウルドさん。

「ま、俺としちゃあクレアが一番なんだけどなっ! これでもよ、昔はエフィルに負けないくらい美人だったんだぜ。信じられるか? 若い頃はパーズの美人コンテストに出たりだな―――」

「アンタ、一言多いよっ!」

「ぐぅおっ!」

クレアさん渾身の飛び蹴りが炸裂して、ウルドさんが吹き飛んだ。そこに通りかかったジェラールが、宙舞うウルドさんをキャッチ。って、よくあそこまでウルドさんの巨体が飛んだな。若干白目をむいてるし、大丈夫だろうか……

そのふくよかな体型からは想像できない華麗な蹴りに、途轍もない美貌を持っていた過去に、エフィルをも凌ぐレパートリーの多さに、今日は驚く事だらけだ。クレアさんとは結構な付き合いの筈だが、新しい側面を続々と見せ付けられる。

「ふう、スッキリした」

そして実の夫を蹴り飛ばした後の、この清々しいまでの笑顔だ。俺自身、クレアさんの事は尊敬している。しているんだが、流石にここまでエフィルに真似してもらいたくはないな……

「でだ、ケルちゃん、エフィルちゃん。アタシらはこんな風に、いつも通り馬鹿やりながら待ってるからさ、帰って来たらまた一杯やりにきなよ。結婚報告も嬉しいけど、やっぱり元気な顔を見せてくれるのが一番さね。約束だよ?」

「……! ええ、約束します。なあ、エフィル?」

「はい、必ず……! その際は、クレアさんにも負けない料理を持参しますので」

「ほ~、言うじゃないか。料理の師として、まだまだ負けてやるつもりはないよ!」

今日ここにクレアさん達がやって来たのは、噂話を耳にしたんじゃなくて、俺達からただならぬ雰囲気を察したからなのかもしれない。俺達を元気づけ、少しでも心の支えになれるようにと。じんわりと、温かいものが心に染み渡る。

「ケルにい、時間だよ!」

「行っといで、ケルちゃん!」

身も心も準備万端。もう怖いものもメルの食費とコレットの暴走、セラの飲酒以外には何もない。

「皆、準備は良いな! よし、行くぞ!」

「おーい、ウルド殿が一向に目覚めんのじゃが、よいのか~?」

「………」

行く前に、ウルドさんに治療を施した。