作品タイトル不明
第492話 氷竜王
―――レイガント霊氷山
巨大猪のモンスターを倒したアズグラッド達。太いロープを獲物に括りつけ、それを引きずる形で再び登山を開始する。
「アズグラッド、私が竜の姿で運んだ方が効率的ではないでしょうか? 流石にそれを貴方が運びながら断崖絶壁を踏破するのは、少し無理が……」
「うるせぇな、やるっつったらやるんだよ。あと少しで、俺も今の限界を超えれそうなんだ。道中が温いなら、自ら枷を作るまでってんだ。行くぞっ!」
ロープを口に銜えて、アズグラッドは垂直な壁を登り始めた。ボルダリングにしては掴む場所が少なく、また壁が氷であるが為に滑りやすいと、ただでさえ非常に危険なロッククライミングだ。その上で巨大猪の重量を口で支えるという、一見無謀にも思えるこの行い。しかし、アズグラッドは氷の壁に握力で無理矢理凹凸を作り、執念と根性でどんどん上へ上へと進んで行く。
「ん、良い登りっぷり」
「馬鹿と何とやらは紙一重ですね…… 私はここから竜の姿で飛んで行きますが、ルノアも乗って行きますか?」
「んー…… きっと沢山運動した方が、後のご飯も美味しくなる。私も自力で登って行くよ」
「承知しました。それでは、また後ほど」
次の瞬間、ロザリアは白銀の竜となって頂上へと飛んで行った。アズグラッドのスピードも状況を考えれば驚異的なものではあるが、流石に空を飛ぶロザリアには敵わない。シルヴィアが空を見上げると、もうロザリアはアズグラッドを追い越していた。
「よし、頑張ろう」
シルヴィアはアズグラッドが作った足掛かりを再利用して、これまた尋常ではない速さで登り始める。アズグラッドがシルヴィアに抜かれるまで、そう時間は掛からなかった。
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「ふぅ、ふぅ……! ぷはぁーーー! やったぞ、登り切った!」
ズドガァンと引き上げた巨大猪を地面に放り投げ、アズグラッドは大の字になって地面に寝転ぶ。その地面も雪が積もる氷の上ではあるのだが、そんな冷たさが今は心地好い。
「本当にやり遂げてしまうとは…… ある意味見直しましたよ、アズグラッド」
「お前に見直されても何の得もねぇよ」
「……? 私に見直されたい?」
「そういう意味でもねぇって…… で、サラフィアは? もう会ったのか?」
胡坐になって座り直したアズグラッドが辺りを見回す。ここはレイガント霊氷山の頂上、雲よりも高い位置にあるこの場所は空気が薄く、吐いた息が凍り付いてしまいそうなほどに寒い。頂上からの景色は正に絶景である。が、アズグラッドにとっては最早見慣れたもの。懐かしくはあるが、それよりも今は氷竜王が最優先なのだ。
「貴方を待っていましたから、まだ会っていませんよ」
「ん、待ち時間の間にお弁当も食べた」
「お前、それふた箱目――― いや、もういい。さっさと会いに行こう」
氷竜王サラフィアの住処には、氷の神殿が築かれている。そして、そこに至るまでの周囲一帯の様子も様変わり。獣道以下の過酷な場所を通って来たこれまでと打って変わって、この領域は見違えるほどに舗装されている。 煉瓦(れんが) を思わせる氷が埋め込まれた通路、その両側には精巧な氷像が立ち並び、屈強な騎士や大いなる翼を背に持った女神、ペガサスなどといった幻想的な生物のものも多数あった。それら氷像の間を通って道を進んで行けば、やがては氷の神殿へと行き着く。
この神殿も実に豪華絢爛。とても氷で建てられているとは思えないほど繊細で、何よりも美しいのだ。白の世界に築かれた、透き通るほどに澄み切った透明感。初めて目にした者であれば、思わず溜息の1つも漏らしてしまうだろう。だが、そんな美しき神殿もアズグラッドやロザリアにとっては実家のようなもので、ここでも懐かしい以外の感情は出て来なかった。シルヴィアもどちらかといえば、食欲に対する欲求の方が優っている。
「トラージにはかき氷という甘味がある。細かく削った氷の上に、甘いソースを掛けて食べる変わった食べ物。フルーツを添えると尚更美味しい。だけど、急いで食べると頭がキーンとする。アシュリーがこの前それで苦しんでた」
「おい、何でこの場所このタイミングでその話題を出した? 氷を食うって、流石の俺も寒さを感じるっての」
「ふう…… アズグラッドは何も分かっていない。暑い中で食べる鍋が美味しいように、寒い中で食べるかき氷も乙なもの。アシュリーやナグアも同意してくれた」
「それって単なるイエスマンが頷いただけじゃねぇのか……?」
「はいはい、お喋りはその辺りにしておきましょう。きっと母が首を長くして待っている筈です。まずは顔を見せてあげませんと」
「お、おい、押すなって!」
パンと手を叩き、2人の背中を押して神殿へと進もうとするロザリア。久しぶりに会う育ての親に会うアズグラッドは気恥ずかしいのか、どこか落ち着かない様子だ。
「ここも相変わらずだな。いつもシンと静まり返って、俺みたいな野郎にとってはお上品過ぎる」
「そう? うるさ過ぎるよりは、私はこっちの方が好き」
神殿の入り口を潜りその中の廊下を抜ければ、もうそこは女王の間、氷竜王サラフィアの住処である。レッドカーペットならぬブルーカーペットを歩き、いよいよ3人は対面の時を迎えた。
「おかえりなさい、私の愛しい子供達よ。暫く見ない間に、とても立派になりましたね」
氷の玉座の方から、妙齢の美しい声が響いた。サラフィアは竜ではなく人間の姿で玉座に座り、アズグラッド達を待っていたのだ。その容姿はロザリアのそれに限りなく近く、長い黒髪と白い肌が見目麗しい。ロザリアの母ではあるが、少し歳の離れた姉といっても不思議ではないほど若く感じられる。青の衣装は自身が司る氷を意識したものなのか、全身をその色で着飾っていた。
……あと、胸が途轍もなく大きかった。そこばかりはロザリアと一線を画しており、いや、ロザリアも決して小さくなく、むしろ大きい方ではあるのだが、サラフィアと比較するとそう評価せざるを得なくなる。まるでこれが母性だと言わんばかりに、セラやエストリアの更に上をいっていたのだ。
「ここもそうだが、サラフィアは全然変わりねぇようだな」
「ん、久しぶり。サラフィア」
「母様、ただいま戻りまし―――」
「―――おっかえりなさ~い!」
「「「ふわっぷ……!」」」
挨拶をしたのも束の間、3人はまとめてその豊満な胸に包まれた。玉座を後方に吹き飛ばす勢いで跳躍したサラフィアが、突進しながら胸からダイブ。敵意がないだけに察知もできず、3人はそのまま押し倒されてしまう。
「もう、こんなに立派になっちゃってぇ♪ 可愛い愛しい狂おしい♪」
サラフィアは手慣れた様子で頬ずりに移行して、3人を平等に愛でている。
「……トラージにはお餅という甘味もあった。あれも捨てがたい」
「だから、何で今それを言うんだよっ! あー、ったくもう! 胸を押し付けるなっての! あぶっ……!」
「あらあら、アズちゃんったら反抗期なのかしら? どうなの、ロザリアちゃん?」
アズグラッドを胸で圧迫しながら、サラフィアは笑顔でロザリアに問い掛けた。ありきたりだが、アズちゃんは窒息の危機に突入している。
「まあ、普段の振る舞いはそれらしいですが、今やアズグラッドも一国の王となりました。子供ではなく、1人の大人として見て頂ければ幸いです」
「まあまあまあ、そうなの? そうかしら? ふーん、身分も立派になちゃって…… それじゃ、アズちゃんに悪い虫が寄ってないか、少し心配ねぇ」
遠い彼方のお屋敷の中で、サボタージュ中のメイドがくしゃみをした。