作品タイトル不明
第455話 十字大橋
デラミスに西に広がる大海。ケルヴィンとメルフィーナはこの海を渡って来た訳であるが、高所から見渡す眺めはまた別物。青々とした水面がどこまでも続き、所々で往来する船の姿が瞳に映った。そして、何よりも際立つのがその中を一直線に横断する1本の大橋、『 十字大橋(クルスブリッジ) 』である。
「噂では聞いていましたが、大陸間に橋を架けるなんて壮大ですね。どうやって建造したんでしょうね?」
西の景色を眺めながら、ケルヴィンが感心するように言った。それを聞いたセシリアはとても満足そうに、胸を張って解説をし始める。
「実のところ、 十字大橋(クルスブリッジ) はいつの時代に建造されたのか分かっていないのです。両大陸に文明が築かれた時には、既にそこにあった。どの文献で確認しても、そういった情報しか残っていません」
「へぇ~。それじゃあ、この立派な橋は神様が作ったものかもしれませんね」
「ちょ、あなた様!」
「ケ、ケルヴィンさん……」
「え? あっ……」
「っ! ケルヴィン様も、やはりそう思われますかぁ!?」
メルフィーナと舞桜の「やってしまったな……」といった顔を見た瞬間、ケルヴィンは自らの失言に気が付いた。しかし、時既に遅し。
「―――という事で、全ての種族、全ての民族に交流の輪を広げんとする神の慈愛が、この 十字大橋(クルスブリッジ) の根幹を成していると私は思うのです。ケルヴィン様もそう思いませんか?」
「ソ、ソウダト思イマス……」
「流石はケルヴィン様です。素晴らしい鑑識眼をお持ちのようで!」
メルフィーナと舞桜が遠巻きに茶を飲みながら避難して数刻、漸くケルヴィンはセシリアの抱擁から解放された。たっぷりとセシリアの熱弁を堪能して、体感的にはHPが半分ほどにまで減っている。いや、実際に減っているかもしれない。
「み、巫女様。それで俺達に 十字大橋(クルスブリッジ) を渡れと言うのは、一体どういう事です?」
「ああ、そうでした。そのお話しをしようとしていたのに、私とした事がつい熱くなってしまいまして……」
コホンと一呼吸置いて、セシリアは 十字大橋(クルスブリッジ) の更に向こうを指差した。ここからでは見えないが、恐らくは水平線の先にある西大陸に向けてのものだろう。
「私はエレアリス様から神託を授かる巫女の身ではありますが、実のところそのお声を聞く機会は多くありません。祈りを積み重ね、漸く得た謁見の機会。その際にエレアリス様が示した場所が、あの西大陸だったのです。魔王は、恐らくそちらにいます。今は世界の緊急時です。リゼアの王も、勇者の活動には協力してくださるでしょう」
「……デラミスとリゼアのいざこざについては、噂程度に聞いています。良いのですか?」
十字大橋(クルスブリッジ) が跨るは、東が神皇国デラミス、西がリゼア帝国である。古くから続くこの両国であるが、過去に1度、橋をめぐっての小競り合いした経緯があり、その仲は決して良好とは言えなかった。
「デラミスを代表する勇者である舞桜に、 十字大橋(クルスブリッジ) を渡らせるのは、ある意味で危険な事です。ですが、魔王が西大陸のどこに潜伏しているのかが分からない以上、リゼア国内もいつかは通らねばならぬ道となります。西大陸を無計画に探すよりは、東から西へ効率よく回る方が良いと思うのです」
「なるほど。しかし、西大陸か…… そこが俺達が向かうべき旅先なんですね。確か、ケルヴィンさんとメルフィーナさんがいらっしゃったのも、西大陸でしたよね?」
「そうですね。まさか、こんなに早い段階で戻る事になるとは、思ってませんでしたけど」
「ただ、来た際は船でしたから、 十字大橋(クルスブリッジ) を渡るのは初めてになりますね。今のご時世、あの橋を渡れるのは極一部の者だけですから」
大陸間を繋げるこの大橋は、大変利便性に優れるもの。されど、許可なくして国境に入る事を容易にしては、密偵の天国になってしまう。そういった経緯もあって、両国の許可があり、尚且つ身分立場が一定以上の者にしか、この橋を通る行為は許されていない。出生が不明確な冒険者は余程の特例でもない限り、渡る事ができないのだ。
「その件に関しましては、私も心を痛めています。本来は人々を繋げる為の神の橋が、政治や争いの火種となっているこの現状、とても許されるものではありません。ただその、国とはしがらみが多く、実に難しいものでして……」
セシリアが悲しそうに俯き、口を噤んでしまう。
「ま、まあまあ。そういった事は俺の世界でもありましたし、巫女様がそこまで気負う必要はないですよ。今が駄目だったとしても、もしかすれば何百年も後に、友好の証として使われているかもしれませんし」
「……そうある事を願いたいですね。勿論、私の代でも努力を惜しむつもりはありませんよ。さて、少し肌寒くなってきましたね。中に入ると致しましょう」
ケルヴィン達がセシリアと舞桜と出会い、数日が経過。それからまた、リゼア帝国の通行許可が下りるまでに1週間。これらの準備期間を経て、いよいよケルヴィン達が西へと渡る日がやって来た。
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魔王討伐に向けての出発の日、その当日。デラミス側の 十字大橋(クルスブリッジ) には、少なくない人数の人々が集まっていた。巫女のセシリア、舞桜に戦闘の技術を施した騎士団の面々、舞桜のお付きの使用人――― 舞桜関連の者達が集まるのは仕方のない事であったが、誰が見ても、どう見ても、何やら想う顔で舞桜と親しげに接するメイドがいた。舞桜は照れながらもそれに応じ、御守りのような小物を渡されている。
「全然とか言ってたのにな」
「てんで駄目とも仰っていましたね」
「……ふふぅ! グッド、グッドです!」
旅の道中、舞桜を茶化すネタができた2人はとても悪い顔で、セシリアは更にその2人を情欲的な表情で見詰めて――― 周囲の者達は、その光景を見なかった事にした。今は勇者が旅立つ歴史的な場面、できるだけ記憶は綺麗に残しておきたいものなのだ。
旅立ちの挨拶が終わったのか、舞桜がケルヴィン達の下へと戻って来た。その顔付きはいつもよりも精悍なもので、決意を新たにした事が読み取れる。
「逢瀬はもう良いのですか? 次にいつ会えるものか、分かったものではありませんよ?」
「そうそう。キスの1つでもしてくれれば、語り草にしやすいと思うぞ?」
この数日でケルヴィンは舞桜と大分打ち解けたようで、もう敬語を使う事はなくなっていた。遠慮している訳ではないのだが、舞桜の敬語は癖のようなものらしく、こちらは抜けていない。
「絶対に言われると思ってましたけど、実際に指摘されると恥ずかしいものですね。でも、もう大丈夫ですよ。彼女も俺も、覚悟は決めていますから」
「おいおい、旅立つ前から死ぬ覚悟なんて決めないでくれよ。縁起悪いぞ?」
「あはは、そうかもですね。ええ、俺は絶対に生きて帰りますよ。その、ね…… こ、こんな俺を待ってくれる人が、ちゃんといますから! 勇者としての責務を果たしたら、結婚して、幸せな家庭を築いて、ケルヴィンさん達みたいな夫婦になりたいと思います!」
「「………」」
「ちょ、ちょっと、行き成り黙らないでくださいよ! せめて笑い飛ばしてください! 俺だって、恥ずかしい台詞を話してるって自覚はあるんですから!」
「いや、その…… なあ?」
「ええ、上手く言語化ができないのですが、何と言いますか、ねえ?」
何かが乱立したような、そんな錯覚。旅立つ前から、早速不吉だった。しかし、ここで立ち止まる訳には行かない。立ち過ぎたフラグとは時に、意味を成さないものでもある。
「皆様ー! どうかお気を付けてー!」
セシリアの声援を背に、3人はデラミスを出発。向かう先は海の先、リゼアである。