軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第381話 太陽と見紛う絶佳の花

―――魔王城最下層・月の館

ゴルディアとは肉弾戦において世界最強と名高いS級冒険者、ゴルディアーナ・プリティアーナが生み出した格闘術である。格闘術と言っても技術云々に特化したものではなく、自身の生命エネルギーたる『気』を具現化させて武器とする、というもの。言葉にするのは簡単だが、これを実際に実現するには長年における過酷かつ特別な修行が絶対不可欠となる。

……あるいはスキルの補助もなく、概念でしかない気などという不確定なものを具現化しようとするのは無謀以外の何物でもないのかもしれない。しかし、開祖のプリティアはそれを成した。諦めを知らぬ不屈の精神で肉体を限界にまで鍛え抜き、心身ともに頂へと登る。それらを踏まえて慈愛の心を持って自然と接し、己の中に宿る本質を看破した時、プリティアは初めてこの力に目覚めたのであった。ゴルディアへの第一歩がそれだ。

以後、彼女の功績は世界的に目覚ましくなり、何人もの猛者が弟子にと道場の門を叩くようになった。プリティアの奇抜過ぎる容姿に惑わされ、何人かはその場で放心しながら帰る事になるも、誰もが何らかの道にて名を知られる者達だった。だが結局のところ、ゴルディアを修められる者はその中にはおらず、皆道半ばで挫折して去って行った。意外にもプリティアさえ予想していなかった人材が本質に目覚める珍事はあったものの、それでもこれまでで免許皆伝したのは、セラを含めた2人しかいない。

気のオーラを桃色に染めたゴルディアーナの 慈愛溢れる天の雌牛(ローズイシュタル) 、紫色に発現したのはグロスティーナの 舞台に舞う貴人妖精(バイオレッドフェアリー) 。そして、新たな継承者であるセラは基本色の赤を紅に変異させ、プリティアより力の名を命名してもらっていた。

―――その名も、 無邪気たる血戦妃(クリムゾンアストレイア) 。

発現したての頃は本当に微量なオーラしか纏えておらず、どのような能力を秘めているのか把握していなかったのだが、セラは是非にもと親友のプリティアに名付けをお願いしたのだった。理由は特になく、強いて言えばそうしたかったから、だそうだ。ついでに発動時の決め台詞も教えてもらったが、今は余裕がない為それは省略した。

「スゥ……」

セラが呼吸をする度に、彼女の周りに紅の気が展開されていく。萎んだ風船に空気を入れていくように、オーラは厚く、そして見るからに強靭なものへと膨らみ続ける。

補足すれば、この間もベルの投擲と貫通する風の連射は休まず続けられている。セラはゴルディアの準備をしながらも、必要最小限の動きでそれらを躱し続けていた。気を体に巡らせたセラは今まで以上に周囲の変化に敏感だ。状況の呑み込みは段違いとなり、そこに彼女の直観力が加われば少し未来を覗き込むような感覚にまで昇華される。ゴルディアーナの固有スキル『第六感』とまではいかなくとも、それに近いレベルで力を発揮できるといえるだろう。

(さっきよりも動作は小さいのに、被弾が少なくなってる……?)

感覚の鋭いベルはセラの様子が変化している事に逸早く気付いていた。更には瞬時に、このまま放置してはならないと直感的に感じ取った。こちらもセラの妹なだけに異様な直感力である。

「……潰す」

次の投擲となる蹴りを終えた直後、ベルはセラの方へと突貫した。脚甲から猛烈に放出される嵐の息吹は、先に蹴り放ったキューブを追い越すほどのスピードをベルに与え、言葉通りベルは風となる。それも気まぐれな風、否、気まぐれな 颶風(ぐふう) だ。ベルの操作する脚甲の風は不規則な軌道を描き出し、投じられたキューブの遮蔽物もある為、如何に神懸かり的な勘を発揮しているセラといえど、簡単に捉える事はできない。

だからこそセラは呼吸を止め、周囲の警戒に努める。展開の途中にある 無邪気たる血戦妃(クリムゾンアストレイア) はまだ不完全。だが、察知に集中しなければベルに虚を突かれるのは必至。セラはその鋭いツリ目を薄く開き、眼前に迫りつつあるスローモーションのキューブ群から気配を探った。

―――キュイン。

(いた!)

豪風吹き荒れるこの場所にて、セラは1つだけ異なる音を奏でる風を聞き分ける。甲高く、他よりも鋭く流れる風音。瞬間瞬間で移動しているのか、ジグザグとアクロバティックに過ぎる空の経路を辿っている。されど、一度気配を見つけ出したセラはもう逃さない。どのような動きでも、どこに隠れようとも確実に後を視線で追っていた。

「 蒼色喰斬(ディビリテイトスラッシュ) 」

自身が捕捉されている事に観念したのか、ベルはとあるキューブの背後から2度蒼き斬撃を脚で放ち、×の字型に形成してセラへと発射。4つに分かれた立方体のキューブが更にベルの生成した爆風に圧され、斬撃と共にセラへと襲い掛かる。

(メインは次の攻撃……!)

紅の鎧に紅の闘気を纏わせるセラが構える。セラは予感していた。本気となったベルが目隠しや相手の注目を奪うような技を繰り出し、それで終わる筈がない、と。恐らく本命はこの後に来るであろう攻撃。

「でも、待ってばかりは私らしくないわよねっ!」

「―――っ!」

翼を広げたセラが、正面から足を踏み出し特攻を仕掛ける。ベルは既に斜め前へと移動しているが、このまま直進すれば斬撃と瓦礫の混合攻撃にぶつかってしまう。

「道は、自分でひらく!」

魔人紅闘諍(ブラッドスクリミッジ) の巨大な両腕で、セラは円を描くような動作で押し寄せる脅威を払っていく。腕は異形であるが、その洗練された武は美しい。キューブの破片は道を譲るように、×の字型の斬撃は中心から四散して逸れていってしまった。後に残るは―――

「 風切りの蒼剣(グラディウスアイレ) 」

片脚に蒼く蒼く、そして甲高く唸りを上げる剣を携えたベル。どれだけの魔力と風をそこに集結させたのか、剣の周りが歪み始めていた。剣の振り上げは終えており、今にも叩き込んできそうだ。というか、叩き込んできた。

「ぐうっ!」

ベルの剣は迎撃するセラの拳を闘気ごと貫く。嵐を纏う脚と同様、剣はセラの血を弾いている。

「何よ?、見掛け倒し?」

「……どう、かしらね?」

余裕を装うベルであるが、本心では見掛け倒しだとは微塵も考えていない。自身の危険察知がガンガンと警報を鳴らしているし、何よりも自分の本能がそう告げているのだ。魔王の血筋の勘の鋭さには感服するべきだろう。今回も正解を引き当てたのだから。

剣が拳を貫いた次の瞬間、セラはその拳を思いっきり握った。剣で拳が傷付けられる事なんて気にせず、ただただ思いっきり、握り潰したのだ。

「ぎっ……!」

みしみしと 風切りの蒼剣(グラディウスアイレ) を纏ったベルの片脚が軋み、肉と骨が悲鳴を上げる。それはセラも同じであるが、口角を上げたまま放そうとしない。伴う痛手は相当なものの筈だが、その表情はケルヴィンの真似だろうか。

「馬鹿、ね。あれだけ私の風を受けておいて、ただで済む、と……?」

「それは、お互いさま、でしょ?」

色調侵犯で直に強度を薄められたセラの右腕の腕鎧が破壊される。 黒金の魔人(アロンダイト) の損傷具合も酷く、このままでは使えないだろう。同時にベルの剣も消え去り、セラの血を浴びた右足の蒼き脚甲が「消え去れ」と命令され、消失してしまう。装備品としての純白の脚甲もどこかへと飛んでしまった。残されたのは左腕と、左足。

「か、は……」

先制したベルの左足に仕込まれていたパイルバンカーが、セラのわき腹へと深く突き刺さった。あの巨大なキューブを突き刺していた杭だ。刺すというよりは抉るに近い。

(……取れない?)

脚から杭を抜き取り、そのまま追撃を加えようとしるベル。だが、杭は脚から離れなかった。純白の脚甲はあのジルドラが作ったものだ。人間性は全く信用していないが、彼が手掛ける武器には一定の信用をベルは置いていた。ここで故障した? いや、あり得ない。

「捕まえた」

そう。どちらかと言えば、セラの術中に嵌ったといった方が納得できる。パイルバンカーは風で覆われていたのだが、なぜかベルは納得できてしまった。恐らくは、この勘も当たっているのだろう。

「……ッチ」

セラの巨大な左拳はベルの小さな体を包み込んで、全力で握り締めた。