作品タイトル不明
第369話 魔喰
―――試練の塔
ビクトールの喉奥より不可視の魔力が集まり出し、あるものを形成する。それは一瞬の出来事、刹那の事象。気が付けば放たれていたそれを、ケルヴィンは瀬戸際のところで知覚した。純粋な筋力ではビクトールが上、掴まれた大剣をこの間に取り返すには時間がない。咄嗟に剣の柄から手を放し、もう片方の大剣で射線を遮る。
―――ズッ。
黒腕から繰り出される拳にも耐え切った頑強なる 剛黒の黒剣(オブシダンエッジ) に、何かが食い込んだ。遮る事など無駄だと言わんばかりに、抵抗感を微塵も感じさせないまま漆黒の刃を分断する見えない何か。否、ケルヴィンはこれをよく知っている。最もよく理解している。
( 大風魔神鎌(ボレアスデスサイズ) の、刃っ……!)
黒杖から消え去った死神の刃が、今目の前に顕現していたのだ。何故などと細かく分析している暇はない。向かってくるのが 大風魔神鎌(ボレアスデスサイズ) と同質のものであるのならば、防ぐなどという行為は無意味でしかないのだから。
「ぐぅ――― おうっ!」
放出された刃を紙一重で躱す、のは難しかった。大剣は見事な切り口を残して分断され、回避行動が僅かに遅れた。左頬から耳にかけて不可視の風が通り過ぎ、深い傷口を残していった。飛び散る血潮がケルヴィンの黒衣を濡らす。
(私の魔力を上乗せしてお返しした絶対両断の刃、結構な速さだったんですがねぇ。あの体勢、この距離で致命傷を避けますか。まだ笑ってますし…… ですが、クフフ。魔喰は初めて使ったもので成功するか緊張したものですが、これは良い力を得ました)
口角を上げ続ける2人の視線が合う。
「ハ、ハハッ! 楽しいな、なあ!」
「いえ、すみませんが私に同意を求めないでください。困ります」
笑う理由は人(悪魔)それぞれである。
さて、大剣が1本両断されてしまった訳だが、ビクトールが奪取したもう1本を除いても、ケルヴィンには今だ8本のそれがある。弾かれた時点で用意周到にビクトールの周囲を四方八方から囲い込んでいた大剣群が、同時に放たれた。更に、今度の攻撃には 狂飆の覇剣(ヴォーテクスエッジ) までもが施されている。
「無駄です」
菓子でも食べるかのような気軽さで、手に持つ奪取した大剣を口に運ぶビクトール。ビクトールの手に渡ろうとその強度は変わらない。しかし大剣がビクトールの口内に入った瞬間、大剣を構成していた魔力が四散したのをケルヴィンは目に捉えていた。
同時並列的にビクトールを穿とうとしていた8本の大剣が、ボロボロと崩れただの土となって床に落ちる。付与対象を失った 狂飆の覇剣(ヴォーテクスエッジ) もそのまま空中で分散してしまった。ケルヴィンが携えていた刃が半分の大剣も同様、手に残るは今にも砕け落ちそうな 土塊(つちくれ) のみ。代わりに、ビクトールが口の中に手を入れて何かを取り出した。
「―――これはこれは、思っていたよりも上等な包丁が出来上がりました。貴方に感謝しなくては」
ビクトールが口から取り出したのは刃物だった。一瞥すると、それは包丁の形体をとっていた。但し、その長さはケルヴィンの大剣と等しいサイズであり、包丁と呼ぶよりは斬馬刀と名付けた方がしっくりくる。
(……ああ、何となくだが分かったよ。お前の力)
先ほどから新たに 剛黒の黒剣(オブシダンエッジ) を生成しようとしても、 狂飆の覇剣(ヴォーテクスエッジ) の時と同じく魔力がそれを拒否していた。土色に染まった手の平からビクトールに視線を移し、ケルヴィンは魔喰の能力を推測する。
ケルヴィンが幾本の大剣をビクトールに向けて投じたのは、言わば検証のようなものだ。悪食が生物を効果対象とするのに対し、魔喰は魔法を効果対象とする。ビクトールの口にさえ入ってしまえば、その魔法がどのような性質、硬度を持っていたとしても刹那に無力化されてしまい、分解された魔力は胃の中へと吸収されてしまう。魔喰によって食べられてしまった魔法はビクトールにも使用できるようになり、元々の使用者は発動できなくなってしまう。
(ってのが俺の見解だが、問題はその効果時間とストック可能な数だな。流石に無制限はないと思うが、さて……)
鼻歌交じりにケルヴィンは土塊となった剣の柄を手で砕き、完全に土へと帰した。
「包丁にしてはデカ過ぎる気がするけどな。ビクトール、お前も剣術を使えるのか?」
「クフフ、ご冗談を。私は料理人ですよ? 工程の延長であれば、調理スキルで十分です」
それって最終的に俺が料理になるって事じゃね? と、ケルヴィンの並列思考の1つが笑えない冗談を導き出してしまう。しかしながら、ビクトールが相手ならば冗談では済まされない。たぶん、マジで調理して食べる。有言実行、約束は守る。あれはそんな悪魔だ。
「では、試させて頂きましょう」
剛黒の黒剣(オブシダンエッジ) 製の大包丁を構えたビクトールが突貫、得物のないケルヴィンは袖下に手を入れ、次の武器を取り出す。
(相手はビクトール。男だし、まあいいか)
そんな事を思いながら手にしたのは、愚聖剣クライヴ。女性相手ならば禁じ手と自分ルールで勝手に決めた、忌まわしき綺麗なクライヴの長剣だった。
―――キィン!
調理スキルで十分というビクトールの言は本当だったらしい。タイミング悪くケルヴィンの 風神脚(ソニックアクセラレート) の効果が切れたのも原因ではあるだろうか。ケルヴィンを三枚におろすのが目的か、それとも適度な大きさの肉片にするつもりか、兎も角その包丁捌きは見事なもので、ケルヴィンの剣術と互角に渡り合っている。だが刃を当ててもダメージを受けないビクトールと、掠りでもすれば手傷を負うケルヴィンでは状況は圧倒的に違っていた。
「 重風圧(エアプレッシャー) ・ Ⅲ(トリプル) 」
「………っ」
風神脚(ソニックアクセラレート) の再付与ついでに 重風圧(エアプレッシャー) で調理場一帯を押し潰す。 Ⅲ(トリプル) ともなれば調理場に置かれた道具類や材料は確実に潰され、それどころか塔自体が悲鳴を上げ始める。というか1層の猛毒の試練あたりは地面に埋まり始めている。それでも塔としての体裁を保ち、倒壊しないだけでもこの塔を打ち立てた職人は金字塔クラスの良い仕事をしているのだが。以前の戦いで風の重圧をものともしなかったビクトールも、これを受けては自由に動けないようだ。
「だ、がっ……!」
グバリと上方に開けられるビクトールの大口。その瞬間に、圧倒的であった重圧が押し止んだ。
「この類も駄目か」
「ええ、駄目ですよ。そして、お返しです」
風の圧力をも食い尽くしたビクトールが、ケルヴィンに口を向けてまた開ける。魔喰で 重風圧(エアプレッシャー) を吸収したのならば、次にケルヴィンを襲うは圧倒的重圧。まるで 息吹(ブレス) を吐き出すかのように、ビクトールは圧殺の風を放出―――
「………?」
―――されなかった。ビクトールも何故放てないのか分からないようだ。
(できないんだよな、これが)
魔喰、相手の魔法を食らう驚異的なスキル。だが、その全貌を理解していれば対処法が全くない訳でもない。ケルヴィンは先ほどの 重風圧(エアプレッシャー) をビクトールが食らった時点で、魔喰の対処法を考え出していた。
まず、魔喰のストック数。ビクトールが 重風圧(エアプレッシャー) を口にした時点で彼の大包丁は 土塊(つちくれ) となっていた。詰まり、魔法を食ってストックできる数は1つしかない。加えてストックから外れた魔法は再びケルヴィンにも使えるようになるのは、手元で生成したペーパーナイフ形の 剛黒の黒剣(オブシダンエッジ) で試験済み。恐らく、今であれば 大風魔神鎌(ボレアスデスサイズ) も可能だろう。
それらを把握した上でケルヴィンが行ったのは、ストックの上書きであった。ビクトールの口の中に魔法が入ると吸収されるのであれば、無害な別の魔法を入れてしまえばいい。そう考えたケルヴィンはビクトールが空気の重圧を放とうと口を開いた瞬間に、 清風(クリーン) をビクトールに施したのだ。 清風(クリーン) とは戦闘とは無関係の、対象の汚れや不快感を清める魔法だ。 清風(クリーン) を魔喰のストックに入れてしまったビクトールがいくら魔法を出そうとしても、周囲が綺麗に掃除されるのみ。潰すどころかピカピカなのである。
「くうっ」
不敵に笑うケルヴィンを不審に思ったのか、ビクトールは調理場の床を砕き、地面の中へと潜った。
「それはあまりに軽率だろ。 地表亀裂(クレフトカズム) ・ Ⅲ(トリプル) 」
床に手をかざしたケルヴィンが魔法を詠唱すると、調理場の床全体が揺れ、やがて亀裂を生じ始める。そして、むき出しとなった大地が陥没や隆起を一気に引き起こし、その火中にいたビクトールが宙へと吹き飛ばされた。塔なのに床下に地面があるのは全くの謎である。やはりこの塔を作った職人は只者ではない。
「な、にぃ……!?」
「 栄光の聖域(グローリーサンクチュアリ) ・ Ⅲ(トリプル) 」
宙に浮いたビクトールをすかさずに捕らえるは、浮遊する三段のリング。リングのうちの1つが、ビクトールの頭部を締め付け、開口を塞ぐ。また、この封印魔法の結界はケルヴィンの筋力、魔力を上昇させる補助効果が備わっている。
「気を付けるべきは、如何にお前の口に魔法を入らないようにするか。瞬間的に威力を示すこの地割れとかが好ましいかな。それとビクトール、次に戦う時までにその固有スキルの使い分けができるようにしておけよ。何でも口に入れば食っちまうとか、どっちにしろ悪食じゃねぇか」
ケルヴィンは愚聖剣クライヴを構える。
「大盤振る舞いだ、活躍所だぞ? ――― 大地の研磨(グランドクリーヴ) ・ Ⅲ(トリプル) 、 狂飆の覇剣(ヴォーテクスエッジ) ・ Ⅲ(トリプル) 」
次々とクライヴに纏わせるは強力な強化魔法。付与が終わると、クライヴの刀剣は何かとんでもなく魔力が渦巻いていた。
「ハァッ!」
愚聖剣が織り成す斬撃はビクトールの装甲を打ち破り、右腕に施していた黒腕を四散させた。