作品タイトル不明
第164話 呪人
―――トライセン城
城内は正しく戦場であった。正門はジェラールとダンが先導する騎士団に破られ、今や鉄鋼騎士団本部まで制圧されてしまっている。空からは2体の古竜によるブレス攻撃、更にはエフィルによる爆撃がトライセンの守兵達に襲い掛かる。極めつけは城内にて単身で無双するゴルディアーナの存在だろう。囮役をケルヴィンに志願しておきながら敵兵をちぎっては投げ、ちぎっては投げを繰り返し着実にその心に 絶望(とらうま) を植え付けていた。
「門兵は何をしていたんだ!? 城壁を破壊されるまで気が付かなかった訳がないだろう!」
「それよりもあの化物はどうすればいいんだ!? 弓で射ようが魔法をぶつけようがビクともしないぞ! しかも怖い!」
「鉄鋼騎士団、本城に迫っています! 至急応援を!」
「この獣人風情がぁー!」
殆どの兵がこの調子だ。彼らからすれば主力部隊が裏切り、弓も届かぬ遥か上空から一方的に攻撃され、S級冒険者である筋肉オカマが城内で暴れていると泣きたくなるような状況、同情もしたくなる。
混成魔獣団本部にて、そんな兵達の様子をワイン片手に眺める者がいた。トリスタンである。
「思っていた以上に劣勢ですね。いえ、こちらに対抗し得る戦力が足りていない、と言うべきでしょうか。サプライズプレゼントは残しましたが、あれはどう動くか予想できませんしね」
「ならばお前も出ればいいではないか、トリスタン」
明りを灯さない暗い部屋の闇からひとりのドワーフが姿を現す。かなり高貴な身なりだ。トライセンにおいて獣人やドワーフといった亜人は人と認められず、大部分が奴隷やスラムに暮らすなどの生活を強いられている。そのトライセンにおいてこれほどまでに威風堂々としたドワーフは非常に稀有、と言うよりも存在しないはずである。
「おっと、ジルドラさんではないですか! これはこれは良いところに…… ワイン、ご一緒しませんか? 実は我が屋敷にて保管する最上品を開けておりましてね」
しかし、トライセン軍のトップであるトリスタンはジルドラと呼ばれるドワーフをあくまで対等に扱う。これまでトリスタンは国の方針と同じく人族至上主義を掲げていたのだ。国民が、兵がこの光景を見れば泡を吹いて卒倒してしまうかもしれない。それほどまでに衝撃的なことであった。
「酒は好まぬ」
「ふふ、酒をこよなく愛するドワーフ族の言う台詞とは思えませんな」
ワイングラスを傾け、トリスタンはその濃厚な香りを楽しむ。
「誤魔化すな。ここはお前の生まれ故郷なのだろう? 同郷の者が懸命に戦い、命を落としているのだぞ。ほら、さっさと行くといい」
「狂人の貴方に言われては私もいよいよ、ですな。思うところがない訳ではないのですよ。ですが、私はあの方によって改心した身でありますから」
「ふん、まあいい。私はそろそろこの件から身を引く。頃合だろう」
「お抱え武器商人にまで見限られては、この国も遂に終焉ですかな。 ……ところで、どちらからお帰りするおつもりで? 正門からはダン将軍が、裏門からも何やら部隊が近づいているようです。どちらに行くにせよ、姿は見られてしまいますぞ?」
「人気のない場所の城壁でも破壊して行く」
「空にも目はあるのですよ? ここで提案なのですが、私の召喚術であれば問題なく外へ出られます。今であれば私の配下になるだけと実にお得な―――」
「トリスタン」
身振り手振りでまるで商品を販促するようなテンポのトリスタンであったが、ジルドラの圧迫するような威圧を受け、やれやれといった様子で苦笑いする。
「本当に冗談の通じない方ですね。分かりました、分かりましたよ。私が上のトカゲ共の相手をしましょう。その間に脱出してください」
「……どういう風の吹き回しだ?」
「失礼な。これでも私、仲間想いなのですぞ。そう、本当の 仲間(・・) には、ね」
「……ふむ」
暗闇の部屋に、二つの不敵な笑みがこぼれた。
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―――トライセン城
転移門が置かれていた部屋を出た私は、ある場所へと向かっていた。本城周囲一帯を把握したときに感知した、最寄で最も大きな気配を発していた者のところへ。
「ここね」
それは一際豪勢な扉、ここだけ趣が違うようにも思えるほどに。金や宝石が所狭しと散りばめられた悪趣味な扉を蹴り破る。あ、すっごい飛んでいっちゃった……
部屋の中はとても広い。クロスを敷かれた丸テーブルが幾つもあり、その上には高価であろう料理が並ぶ。天井は高く、実家の屋敷にあるようなシャンデリアまであった。最も、こちらもギラギラとしているばかりで私やケルヴィンの趣味ではないのだけれど。十中八九、ここはパーティー会場 だった(・・・) 場所。
「うわー……」
会場は血の海だった。純白であっただろうテーブルクロスは赤く染まり、大理石の床には原型を留めていない肉片が転がる。肉片と共に切刻まれたのか、衣類の切れ端らしきものも落ちている。持ち主はこの肉片だったのかしら?
リオンやエフィルだったら危なかったかな。かなりグロテスクだとは思うけど、悪魔の中には人間を食べる奴もいたから私にとってはショックを受ける程ではなかった。ほら、ビクトールなんて本当に何でも食べられたし。真に好き嫌いがないとはああ言うんでしょうね。私なんて小さい時にピーマンを食べられるようになるまで苦労したし…… って、かなり脱線してしまったわ。
「それで、この惨状の原因は貴方?」
それは腰ほどの高さの壇上にいた。一見人型ではあるが肌が黒ずみ腕が異常に発達している。異形と化した体の所々に剣や槍といった武器が突き刺さっていることから、普通でないことが直ぐに見て取れた。辛うじて人としての要素があるとすれば、怪物にあるまじき美形顔だということかしら。んー、でも何と言うか、理想を絵に描いたような顔付きで逆に気持ち悪いような。体部分とのギャップで更に気持ち悪いのよね。
「……■■■■■■」
耳にこびり付く、呪いを込めたかのような声。雑音が混じっているような感じで何を言っているのか聞き取ることはできない。あらゆる異常に耐性のあるメルフィーナの指輪があったからかもしれないが、今のところ体に異常はない。でも本来は状態異常を来すものだったのかも。それくらいに耳障りな声だったし。
怪物の手には、逆さまになった女性の足。顎を外し大口を開け、絶望し切ったその表情からは女性の歳を察することはできない。女性はこの部屋において唯一人の形を残していた。なぜか裸で、体には何かで貫かれたような穴が複数開いていたことを除けば。
「■■■■■■■ッ!」
私を視界に入れたらしい化物は、突如その忌まわしき声で意味不明な叫びを上げ始めた。それでも表情に変化がないのは不気味だ。化物は手に持った女性を勢い良く壁に放り投げ、そちらからぐしゃりと生々しい音が聞こえてくる。
「■■■、■■ッ■■■」
「うるっさいわね。頭にガンガン響くっての!」
私が 黒金の魔人(アロンダイト) の左右を互いにガンガンと打ち付け気合を入れると、化物は自らの体に腕を突っ込み、大剣を掴み出した。ジェラールの持つ魔剣ダーインスレイヴがまだ呪われていた頃の姿に似ている。たぶん、呪われた武器だ。あの体にある武器全てが。
「■■■■■……」
「あーもう。いいわ、個人的に気に食わないし、全力で殺ってあげる!」
拳に黒き魔力を纏わせながら、私は叫んだ。