軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第151話 信仰心

―――朱の大峡谷

会合を終えたコレットは転移門で本国である神皇国デラミスへと戻り、各地へと散った戦力の召集を行った。召集とは言ってもコレットの配下を引き戻すだけのことであり、召喚を解除することでただちに準備は完了する。同時に、パーズ冒険者ギルドのリオに状況を確認。変化があり次第、最新の情報を送るようにと要請し、常にパーズ周辺環境に目を凝らすことも怠らなかった。

次は最高指導者である教皇の許可申請だ。トライセンの軍勢が特に護りの薄い静謐街パーズにも迫っているのは周知の事実であった為、コレットとは別に騎士団による部隊がパーズへと既に出発している。だが相手は機動力に長け、トライセン最大攻撃力と噂される竜騎兵団全軍だ。行き着いた時には焼け野原になっているだろう。そうなれば戦線はデラミスにまで伸び、戦は混迷してしまう。 ―――などといったコレットによる懸命の説得に、父である教皇の救援許可は仕方なしに下りたのである。

コレットは新たに編成した少数精鋭で再び転移門を潜り、デラミス最速を誇るペガサスを用いてケルヴィンが向かったとされる朱の大峡谷へと急行する。この間、渓谷へ到着するまでに費やした時間は僅か10日余りであった。己の地位や権力、持てる力の全てを駆使しコレットは最短最速で加勢の手回しを成し遂げたのだ。

「巫女様、あれが朱の大渓谷です」

コレットが騎乗するペガサスの直ぐ後ろを追う神聖騎士団団長クリフ。この部隊の中で最も目の良い彼は一番に渓谷の場所を捉えたのである。コレットは前を見ることなく静かに目を瞑り、瞑想するかのように意識を集中させていた。

「……そのようですね。ケルヴィン様のパーティが通った形跡もあります。近いですよ」

再び瞼を上げたコレットは確信したかのような様子だ。その言葉に迷いはなく、コレットはまだ彼女の視力では見えていないはずの渓谷に通じる道の一点を正確に見据えている。

(数日前にここを辿ったであろう冒険者の形跡、か。まだまだ修行不足だな。今の俺ではそんなもの発見できん。流石は勇者の選定者である巫女様だ)

此度の遠征は敵国部隊と自国部隊の戦力を把握した上での大胆な作戦展開と、またそれを遂行する行動力を兼ね備えたコレットがいたからこそ成立したもの。その力は机上のみにあらず、実地においても十全に機能する。敵国の王、ゼル・トライセンの娘であるシュトラ・トライセンはその麗しい容姿だけでなく、軍略において鬼才と名高い。だが神聖なるデラミスの巫女、コレット・デラミリウスもまた、彼女に対抗しうる才覚を、聖女の名に相応しい優美を有しているのだ!

―――と、クリフは真摯にコレットを尊敬している。ちなみにコレットの性癖については、当然ながら彼は知る由もない。

「しかし巫女様、配下であるガーディアン達をデラミスより離すのは危険なのでは? 各地のモンスターの攻勢は依然増しているのですよ?」

「国内の情勢だけを思えば確かにそうでしょう。ですが残存戦力を考えれば、帝国を含め十分に対応可能な範疇。それよりも今、最も危険に晒されているのはこの大陸の平和の象徴でもあるパーズなのです。メルフィーナ様のご加護は我らリンネ教団のみでなく、全ての人々に与えられねばなりません。私はメルフィーナ様の代行者として、その願いを実現させたいのです。私のような小娘にとっては過分な思い違いだと思われるかもしれません。だからこそ、クリフ団長。あなた方の力添えを、どうか私に願えませんか?」

自分よりも身分の低いはずのクリフ達にコレットは頭を垂れる。

「そ、そのようなことを仰らないでください! 我々神聖騎士団は力の限り神に、巫女様に尽くすと誓いを立てているのです。どうか、巫女様の意のままにお使いください!」

クリフは改めて感嘆する。並外れた知略のみにあらず、民を思いやる慈愛に満ち満ちた清らかなその心に。真の聖女である彼女は何を思い、憂いているのか。強靭な精神力で冷静を装ってはいるが、コレットとて15の成人を迎えまだ2年しか経っていないのだ。

(なんて健気な方なんだ!)

神聖騎士団の結束は固い信念の元に結ばれたのであった。一方でコレットは―――

(ハァハァ、スンスン…… これ程までに洗練された芳醇な香り、例えこの場を通ったのが数日前や数週間前、いえ数ヶ月前でしょうが嗅ぎ間違うなどあり得ません。ああ、メルフィーナ様! 先日は目にすることが叶いませんでしたが、実体化されたあなた様の御神体はこんなにも素晴らしい! 更にはケルヴィン様という旦那様まで光臨して頂けるなんて……! 敬うべき対象が増えてしまって、それだけでコレットは昇天してしまいそうになります! ここまで来ればお二人の居場所は大方把握しました。もう少々お待ちになってください。あなた様方の忠実なる下僕めが今向かいます!)

思いの外、冷静ではなかった。基本的に彼女の心奥にはメルフィーナとケルヴィンの文字しかない。後はどうすればメルフィーナらの力になれるのか、その一心で自らの全身全霊を注いでいるだけなのである。

そうしている間にもコレット達は朱の大渓谷の狭間へと歩を進めていた。コレットの計算では既に戦闘が開始されていてもおかしくない頃合である。だと言うのに、辺りは静寂に包まれている。コレットの心に一筋の不安が募っていく。だがその時、風と共に彼女の前に現れる者がいた。

「コレット、巫女の貴方が 最前線(こんなところ) で何してるんですか……」

「それに神聖騎士団の皆様ですね」

「うわあ、見て見て! 本物のペガサスだよ、ケルにい!」

メルフィーナとケルヴィンの姿を目にしたコレットの不安は瞬時に四散し、勢い余って鼻血が出そうになっていた。

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―――朱の大峡谷・剛黒の城塞

サバトは大広間の扉の前で困惑していた。見知らぬメイドに呼ばれここまで来たまでは良かったが、部屋を覗いてみれば捕らえたはずの敵国トライセンの王子であるアズグラッドが、そしてデラミスの巫女であり象徴であるコレット・デラミリウスがケルヴィンと同じテーブルに着いているのだ。自分達が鍛錬に励んでいた間に一体何が起こったのか。状況が飲み込めず、彼の頭はパンク寸前であった。

「サバト、足りないおつむで考えても無駄よ。さっさと部屋に入りなさいよ」

「そうッスよ。俺も巫女さんの御姿を早く拝みたいッス」

「お前ら、少しは俺等の立場を考えろよ。今はこんななりで冒険者稼業をしてるが、俺は連中と顔を合わせたこともあんだぞ」

「言われなくても分かってるわ。でもここでウダウダ言ったって仕方ないでしょうが。ほら、さっさと入る」

「でもよぉッェンシュラッバ!」

サバトが振り向くと同時に頬へと放たれたゴマの拳。息の合った動きでアッガスが扉を開け、サバトが部屋の中へと吸い込まれていく。

「申し訳ありません。お待たせ致しました」

拳に付着したサバトの血を拭いながら、何もなかったように澄ました顔で入室するゴマ。

「いや、別に構わないけど…… サバト、何もこんなところでまで鍛錬しなくてもいいんじゃないか?」

「……これくらいやらねぇと、上には行けないと思ってよ」

アッガスの手を借りながら、よろめきながらも立ち上がるサバト。そんな彼らを見たアズグラッドとコレットが目を見開く。

「お前、ガウンの王子の一人じゃねぇか?」

「私も社交の場で目にしたことがあります。そちらの方もゴマ姫ではありませんか」

「王子に姫? 何のことだ?」

ステータスを既に見ているケルヴィンはサバトらの素性をかなり前から知っていたのだが、あえて知らない素振りで対応する。

「ハァ、やっぱ隠しきれないか」

「簡単にご説明しましょう。その代わり、私達にもこの状況を教えてください」

サバトとゴマがガウンの王族であることは間違いない。今はガウン王族の風習である武者修行の最中なのだ。各地にて一定の功績を残し、無事に帰国することでサバトらは一人前と見なされ、ファミリーネームを授かるのだとゴマは話す。アッガスとグインらはガウン騎士団の者であり、一応の護衛だ。ケルヴィンもアズグラッドと協力関係になったことと、コレットが援軍として来たことを説明する。

「兄貴たちは一足先に認められちまったからな。俺もここで一旗上げたかったんだ」

「だからあそこまで必死だったのか。それにしても、王子はともかくお姫様もやるんだな。その習わし」

「男も女も関係ありませんからね。実際、私の方がサバトよりも強いですし」

「口喧嘩もゴマ様が上手ッス!」

落ち込むサバトは一先ずそっとしておき、ケルヴィンはこれからの方針をこの場の全員に話す。

「であれば、私と神聖騎士団が残りましょう。元々その予定でしたし、ケルヴィン殿のゴーレムがいれば百人力です」

「俺とゴマ達もここに残るぜ。クリフ団長よかはここの地理にも詳しくなったからな。いないよりはマシだろ」

「それでは、私は……」

「巫女様はケルヴィン殿と共にパーズにお戻りを。これからガウンとトラージにも敵の部隊が到着することでしょう。そのお力で皆を、どうかお救いください!」

「クリフ団長……! 分かりました。私、頑張るわ!」

パアッと明るくなるコレットの表情に、メルフィーナは心の中で溜息をつくのであった。