軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

330話 王座の座り心地は悪いんだぞっと

真夜中である。草木も眠る丑三つ時。既にオーディーンたちは家に戻り、『マイルーム』は誰もいなくなり、作られた星空が天に広がる静かなる世界となっていた。

『フヴェルゲルミルの泉』を模して創造された神域は、草原や森林、畔には泉があるが一切の生命が存在しない箱庭だ。

そこには未来はなく過去もない。ただそこにあるだけの神の箱庭。だが、誰もいないはずの箱庭に何者かが転移してきた。

「……誰もいないよね」

小柄な何者かは、小脇にウサギさんのぬいぐるみを抱えて、ぽてぽてと泉に向かう。猫耳がピコピコ動き、尻尾をふりふり振っているが、よくよく見ると作り物だ。どうやら、猫さんパジャマを着込んでいるらしい。

「うぅ……眠いよ。やっぱり明日が土曜の時にやるべきだったなぁ」

明日は水曜日。まだまだ学校はあるんだよねと、小さな唇を尖らせてご不満だ。身体もフラフラと揺れて、今にも寝ちゃいそうである。

「まだ中学生なのに忙しすぎないかな? このままだと仕事人間になっちゃうよ。昔から考えていたけど、やっぱり週勤2回の仕事量でちょうど良いと思う」

ブラック勤務になっていないかなと、首を傾げて、ハッと気づいちゃう。

「そうだ、うさぎさん。これが全部終わったら、私冒険者になるよ! たまに上級魔物を倒して、のんびりスローライフ。月一で回復魔法を振り撒けば、良い子でもいられるよね。東京開発はゲームと同じく一ヶ月に一度にしよう!」

私は天才だねと、うさぎさんのぬいぐるみを掴んで、たらったーと踊っちゃう。

星明かりの下で踊る可愛らしい妖精。明かりの下で灰色髪がさらさらと絹糸のように宙に靡き、深き蒼色の瞳がキラキラと輝く。

触れたら壊れてしまうようなか弱い手足をリズミカルに動かしてステップを踏んで踊る。

その少女の正体は、誰あろう世界一可愛らしいモブな少女鷹野美羽だ。話し合いが終わって、しばらく寝たあとにこっそりと戻ってきたのだった。

猫さんパジャマに、寝る時のお友だちであるうさぎさんぬいぐるみを抱えて、目をこしこしと擦って、眠気を耐えながら、なんとか起きてきたのである。

ひとしきり踊って、満足したみーちゃんは額にかいた汗を拭ってうさぎさんを畔に置く。

「夜明けまで時間もないことだし、さっさとやることをしちゃうかな」

アイテムボックスから、目的の物を取り出す。湖畔にドスンと重い音を立てて、黄金で作られている神秘的な王座が姿を現した。

『フリズスキャールブの王座』。世界の全てを見通す神器である。チラチラと瞬く雪のような純白の粒子を纏わせて、神秘的な神の至宝に、躊躇うことなくみーちゃんは座った。

かなり大きな王座のために、足が地面につかないので、パタパタと振りながら、魔法の力を使う。

「『フリズスキャールブの王座』に命ずる。みーちゃんの意思に応えよ」

『フリズスキャールブの王座』がパアッと光り、辺りを照らす。座っているみーちゃんへと膨大な情報が流れ込んできて、あらゆる知識が入り込もうとしてきた。

なるほど、情報収集の神器は素晴らしい。

と、言いたいところだけど、その情報はいらないんだよね。だって、『フリズスキャールブの王座』を手に入れたかったのは実は他の目的があったからなんだ。

皆にはナイショだけどね。

片手をサッと振って、情報を遮断する。そして、目を細めて意識を切り替える。

「世界の観測地点を変更」

『『フリズスキャールブの王座』の世界の観測地点を変更するように改修』

バチリと『フリズスキャールブの王座』が放電を始める。黄金の王座に軋む音が響き始め、ピシリピシリとヒビが入り始める。

その様子を見ても、無感動でみーちゃんは魔法の力を流し続けていく。

「現行の世界観測地点を、指示する他世界へと変更せよ」

『変更を開始』

ガタガタと『フリズスキャールブの王座』が揺れ始める。どうやら仕様変更をするのに、かなりの無理があるらしい。

でも、世界を観測できる神器だからできるはず。元々そういう目的で手に入れたかったんだ。みーちゃんたちを覗き見られたら困るなんて、方便だったんだよ。

神たるみーちゃんを覗き見ようとしたら、ヘイムダルが目を吹き飛ばされたように、『フリズスキャールブの王座』も破損していただろう。

「あいてっ」

『フリズスキャールブの王座』が耐えきれなくなったのかバキンと嫌な音を立てると壊れてしまう。

背もたれに寄り掛かり、大物の演技をしていたみーちゃんは放り出された。

仰向けにゴスンと倒れ込んだので、頭をぶつけた反動を利用して、素早くでんぐり返しにて受け身をとる。『戦う』コマンドを使っていないみーちゃんの運動神経の良さを見せつけちゃうね。

受け身をとったんだよ。本当だよ。

「いてて、背もたれになんて寄り掛かるんじゃなかった」

薄々壊れるんじゃないのかと思っていたけど、本当に壊れちゃった。

『フリズスキャールブの王座』は細かな破片となって、地面に山と積み重なっちゃった。

そこではたと気づいてしまう。これはやばくない?

「………どうしよう、これ。おじいちゃんに怒られるかも……」

破片をつんつんつつくと、粉となり砂金の山に変わった。もっと砕けちゃったよ!

「あわわ、ざ、座椅子。最高の座椅子をプレゼントしたら許してくれるかも。おじいちゃん、いつもありがとうって。敬老の日ってまだだっけ?」

『システムアップデート中………』

ログが表示されるがそれどころじゃない。口元を手で押さえながら、あわわと慌ててしまう。

怒られるのはとっても嫌だ。みーちゃんは良い子と評判のお子様なのだ。

許される方法を懸命に考える。どうしよう、どうしよう。ポクポクチーン。

「そうだ! フリッグお姉さんのコーヒー粉に混ぜておこう。砂金がなくなれば犯人はわからないよね! 証拠隠滅!」

これはナイスアイデアだと、両手を掲げてゆらゆらと小踊りみーちゃん。大丈夫だよね?

もはや問題はないと、安堵の息を吐いて、ログを確認する。

システムアップデート中と表示されているから、上手くはいったんだろう。

『システムアップデート終了。『フリズスキャールブの王座』を利用した観測地点の解放に成功』

「良かった。上手く行ったんだね」

『成功したよ』

『フリズスキャールブの王座』は世界を観測できる。即ち、設定を変更すれば他の世界をも観測できる神器なんだ。

そして観測するということは……。

「深淵を覗く者は、深淵に覗かれているということだな? 『フリズスキャールブの王座』をそのような使い方にするとは面白い考えを持つものだな、お嬢」

後ろから声をかけられて、ぴくりと身体を震わす。

気配はしなかったはずなのに、どうしているんだ?

「おじいちゃん……おうちに帰ったんじゃないの? それにフリッグお姉さんもなんでここにいるのかな?」

振り向いて、後ろにいる二人へと声をかける。誰もいないし、神域ならば妨害もないと考えての計画だったのに。なんでいるわけ?

「お嬢様がもう寝る時間だよね、早く寝ないといけないよね。って、そわそわしながら言うから、おかしいと思ったのよ」

フリッグお姉さんが呆れた表情で、ツカツカと歩いてくる。オーディーンのおじいちゃんは鋭い眼光を向けてきていた。

「最初からなぜ『フリズスキャールブの王座』にお嬢がこだわるのかが疑問だったのだ。お嬢も儂らもシステムとやらに守られているはずだからな」

しまった。身内のみだから演技を忘れていたや。迂闊だったよ。

疑ってフリッグお姉さんのスキルで隠れていたな?

「仲間を疑うのは良くないと思うよ!」

「罪を押し付けようとしていなかった?」

「みーちゃんはたぶん寝ていると思うんだ! これは寝相と寝言! もしかしたら最近仕事が忙しくて夢遊病になっちゃったのかも!」

「ふふっ、おかしなことを言うのね、お嬢様。回復魔法はお手の物でしょ?」

口角を僅かに吊り上げて、妖艶なる笑みにて砂金をコーヒーカップにドンドコ入れるフリッグお姉さん。どんな時もぶれない女神である。

くっ、あと少しで完全犯罪だったのに!

「おふざけはここまでだ、お嬢。いったい何をしようとしていた? いや、なにをしたのか説明してもらおうか?」

オーディーンのおじいちゃんが、グングニルをみーちゃんの喉元に突きつけて詰問してくる。

「仲間にグングニルを向けるのは酷いと思うよ!」

「なら、仲間に黙って行動するのは酷くはないのか?」

「むぅ……。サプライズの準備をしていただけだよ、みーちゃんは悪くないもん!」

ちょっとしたサプライズパーティーを用意していたんだ。皆がきっと驚くだろうことなんだよ。

ジッと見てくるオーディーンのおじいちゃんに、潔白を証明するために、みーちゃんも目を合わす。ちょっと目を両手で押さえていても、視線の軌道は合っていると思います。

「お嬢……最初から疑問であったのだ。お嬢は何者なのだ? 最初は『ニーズヘッグ』だと考えていた。永遠に『ユグドラシル』の根を齧る竜。それがお嬢の正体だと思っていた」

「『ニーズヘッグ』は『終末の日』が終わると、根っこを齧るのに飽きて、新たなる世界に飛び立つもんね。たしかにそうかも。みーちゃんの正体は………『ニーズヘッグ』?」

「いや、今は違うとわかっている。あの竜にしてはお嬢の身体から竜の匂いがしないと、ヘイムダルが言っていた。それに『ニーズヘッグ』にしては、お嬢の力は多彩すぎる。様々な権能を使いすぎている。これはあり得ないことだ。『ニーズヘッグ』は邪竜として完成された存在だからな。新たなる権能をデパートのように簡単に手に入れることなどできまい」

コテリと首を傾げて誤魔化そうとするが、どうやらヘイムダルが余計なことを口にしていた模様。仲間にも黙っておくようにと命令をしておくべきだったかな。

「最後の決戦が終わったら教えようと思います。みーちゃんが何者か? サプライズって言ったでしょ。大丈夫。悪い未来にはならないから。みーちゃんが宣言します!」

ゆっくりと立ち上がると、ぽふんと胸を叩いて、哀しい音を立ててオーディーンのおじいちゃんへと真剣な表情を向ける。

「言うつもりはないということか? 儂らが敵対するかもしれんぞ? 既に仲間への攻撃無効を外せるまで力を取り戻しておる」

「フリッグお姉さんが言ってたスキルだね。予想はしていたけど、やっぱりシステムから抜け出しちゃったか。でも敵対はしないと思うよ? みーちゃんは悪者じゃないからね! 良い子でひょーばんの鷹野美羽です!」

オーディーンのおじいちゃんは、ジッと見つめてくる。緊張状態が続く。

みーちゃんは真剣な表情で見て、オーディーンは考え込むように白髭を擦る。フリッグお姉さんは砂金の山を風呂敷に包むことに一生懸命だ。

だが、その緊張状態もオーディーンのおじいちゃんがグングニルをアイテムボックスに仕舞うことで終わりを告げた。

「よかろう。復活させてもらった恩もある。お嬢がなにを狙っているのか………見届けることにしよう」

「大丈夫! ささやかな目的だから!」

ニコリと微笑み、これで決着とする。良かったよ、オーディーンたちを滅ぼすことにならなくて。

『解放したよ。後は待つだけ』

『うん、後は待つだけだね』

穏やかな笑みを魅せて、みーちゃんは猫のしっぽをピコピコ振って、『マイルーム』を立ち去るのだった。