軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

235話 難易度ベリーハードなんだぞっと

『空間の魔女』。美羽だって朧げながら記憶にある。

原作でのシンの師匠。金もなく、腹が減ってスラム街の薄汚れた路地裏で寝込むシンを偶然に、たまたまに、ご都合的に、現実ではないだろうレベルで、通りすがった『空間の魔女』が見つける。

そして、気まぐれにシンを家に連れていき、ベッドに寝かせる。起きたシンがお礼を言うのだが、その時に内包している『虚空』の属性に気づき、鍛えることにするのである。

まぁ、王道テンプレだ。偶然に強者に助けられた主人公が努力をして、圧倒的な力を持つ。

小説内ならご都合主義でも構わない。

たとえ、スラム街の路地裏には同じようにお腹を空かせて倒れている子供たちが大勢いても、なぜか主人公だけは助かるのだ。

現実ではそんな奇跡は起こらないだろう。そして、この世界は現実だ。

即ち、茶番だったのだ。

信長の草履を懐で温めて、一目置かれる秀吉とか。

秀吉に温度の違うお茶を3杯出して、気に入られる石田三成とか。

創作に近い作られた出来事であったのだ。

今、目の前に立つ『空間の魔女』を見て、それを確信した。

名前のない女性。シンは師匠と呼び、他の人々は魔女と呼ぶ名前のない女性は、嫌な感じを人に与えるような薄笑いをして立っていた。

口元をそっと手で覆い隠し、上品なる所作で魔女は言う。

「本来なら、しっかりとした人形劇だったのですよ? ですが、どこかの誰かが傀儡の糸を切っていき、脚本を真っ黒にするほど落書きをしたので、あそこまでめちゃくちゃな劇となったのです」

どうやら、シン対エーギルの茶番劇のことを言っているらしい。たしかにセリフと背景が合っていなくて、めちゃくちゃだった。

エーギルは脱兎のごとく逃げたしね。こんなことになったのは、誰かさんのせいだった模様。

「そんなことをする人がいるんだね! 私が注意してあげるよ!」

フムンと鼻を鳴らして、アイスブルーの瞳に警戒を宿したままで、からかうように答える。

どんな娘なのかは知らないけど、悪気はなかったんだと思うよ。必殺マジックペンをカキカキ使いたかっただけだと思う。

「ふふっ、注意は無用です。私も飽き飽きしていたところでしたので、これはこれで楽しんでおります」

「監督さんかな? 人を操る能力持ち? ちょっと下手くそな傀儡っぷりだと思うんだけど?」

「私にそのような力はありません。私は眺めるだけ。観察するだけ。入場制限なしのフリーパスを持っておりますので」

なかなか気の利いた返しをしてくる魔女を見て、フッと小さなお口を歪めて、気になることを質問することにする。

答えてくれるかはわからないが、聞くだけならばタダだしね。

「もしかして運命の糸的なものが、皆の背中には繋がっているのかな?」

「どうしてそう考えたのでしょうか?」

静寂が覆う広大な洞窟の中で、美羽と『空間の魔女』は相手の反応を確認するように話し合う。

「前から違和感はあったんだよね。でも昨日の出来事を見て、その違和感が膨れ上がったんだ」

「へぇ……? どのような体験をしたのです?」

「プライドがチョモランマのように高い瑪瑙エリザベートが、私の旅館に泊まったんだよ」

「旅館に泊まるのは当たり前では?」

「当たり前じゃないんだよね」

頭を振って、魔女の問いかけに否定する。

普通ならそうだろう。旅館は泊まるものだ。だが違うのだ、ここに大きな違和感を覚えたのだ。

「その前に瑪瑙エリザベートは、旅館のことでけちょんけちょんに贔屓だと琥珀鈴を非難していた。それはもう酷いものだったよ。なのに、そのセリフを言い終えた後に、気まずそうな顔もせずに旅館に入っていった」

あのプライドの高いエリザベートがだ。

「おかしくないか?」

魔女と目を合わせて、口調を強める。

「周りもその様子を見て、呆れた顔もしなかったし、止めようとも非難しようともしなかった」

まるで舞台での演技を終えたかのように。

脚本通りにセリフを言い終えたかのように。

舞台から降りたエリザベートは、自分の言動を忘れたかのように旅館に入っていったのだ。

周りの人間も違和感を持たなかった。闇夜あたりならば怒っても良さそうなのに、何もしなかった。

演技を終えた役者を気にしないかのように。

どう考えてもおかしいだろ。おかしいと思うのが美羽だけなのがおかしい。

彼女らは操られているかのようだ。認識すらも操られているようにしか見えない。

「ふふっ、あははっ! なるほど、貴女は恐ろしく知恵が回るのですね。そんなところから違和感を覚え始めるとは」

美羽の言葉にお腹を抱えて、激しく笑い出す魔女。

「鋭き観察力です。そのとおり、本来ならば違和感を覚えさせない流れだったはずなのです。いくつもの大きな分岐点を越えれば、その運命は確定する」

スイッと舞うように滑らかな動きで、白魚のような人差し指を突きつけてくる。

「大きな分岐点は強き運命を持ちます。誰も手出しはできない。なぜならば『運命』なのです。人に抗う力はない」

たしかに聖奈もあれだけ嫌っていたシンを応援するかのようにシンのお陰だと叫んでいた。

おかしなことだ。違和感しか覚えない。

「でも、今回は無様な劇でした。『運命』は決められた未来を求めて、なんとか修正をしようとしていますが………だからこそチグハグでしたでしょう?」

「たしかに無理がある内容だと思うよ。ゲームなら運営会社にクレームを言っていいレベルだ」

「大きな分岐点は変えられませんが、小さな分岐点は僅かに変えられるのです。そしてどなたかが小さな分岐点を変えていったために、大きな分岐点に遂に影響が出始めたのです」

大きな分岐点とは、原作の『魔導の夜』に描かれていた内容だろう。しかし、描写のないイベントを本来とは違うストーリーに修正していった結果、原作のストーリーも影響を受けちゃったということか。

悪いことをする奴もいるもんだ。

「あぁ……世界は崩壊を始めている……。私の望んだ未来が近づいているのを肌で感じます」

両腕で自分の身体を抱きしめて、震えるように恍惚なる声音で魔女は言う。

世界の崩壊とは、大きく出たもんである。誰のせいかさっぱりわからないよ。

魔女はフゥと息を吐くと、再び美羽へと顔を向ける。

「さて、今日のところはここまででお話し合いは終わりにしましょう?」

「もっとお話し合いをしませんか? お菓子はたくさんあるから」

「ダイエットしているので、遠慮をしておきます。……そして、貴女のもう一つの質問にも答えましょう」

「した覚えはないよ?」

「ふふ、エーギルのことが気になっているのでしょう? 無様に逃げる姿に違和感を覚えてませんか?」

魔女は自分の隣に立つ意思のない様子のエーギルの肩を軽く叩く。

「………」

たしかに、なぜかエーギルだけは普通だった。こいつだけは、美羽を認識していた。まるで舞台に立っているのに、役者ではない一般人のように。

「簡単なことです。彼は不死者。私の力が戻ってきた証拠に、強く影響を受けているのですよ。このモノは舞台から抜け出ている」

「それで、何をするつもりなのかな?」

なんとなく不穏な感じを与えてくる魔女に問いかけると、ニヤリと三日月のような笑みを作り、『空間の魔女』は己の身体からマナのオーラを突風のように吹き出す。

「むむ?」

これはイベントっぽいと、激しく打ち付ける突風を腕を翳して防ぎながら見つめる。

「未だに影なれど………今日のところはご挨拶」

『空間の魔女』の足元に紫色に輝く小さな魔法陣が浮かぶと、一気に周囲へと広がっていく。

薄暗い洞窟を紫色の光が照らし、莫大な魔法の力を肌で感じる。

「さぁ、影なれど、其の力を示せ。私の軍団よ」

『死者の軍勢』

エーギルの身体が震えて闇が包み込み、蛹のようになる。

そして、美羽の周囲の地面から巨大な暗闇が姿を徐々に現してきた。這い出るその手は美羽の背丈ぐらいの大きさで、さらに柱のごとき腕が現れて、巨大な胴体が姿を見せる。

「こいつらは?」

周りから包囲するように現れたのは5体の巨人であった。背丈は20メートルはあり、ザンバラ髪の頭に、鍛えられた身体は鋼でできた小山のようだ。

そして、巨人たちの身体は漆黒に包まれている。影と言うとおり、巨人の影なのであろう。

しかし影と言うには、恐ろしい存在感と内包する魔法の力をビリビリと感じさせてくる。

カァとカラスの鳴き声が響くと、敵の正体が表示された。

『 霜巨人(フロストジャイアント) の影:レベル72、弱点雷』

「これは……本物の『 霜巨人(フロストジャイアント) 』の影?」

「あら? ムニンを借り受けているのですか? あの気難しい方から借り受けるとは、どうやったのでしょうか」

空間の狭間に隠れるムニンを認識したのか、魔女が面白そうに言う。こいつ、ムニンの存在を知っている?

「では、目覚めたエーギルとの戦闘を楽しんでください。ここで死なれては困るので、頑張ってくださいね」

そうして魔女は、空へと手を伸ばすと引きちぎるように摘む。

バチリと紫電が発せられ、空間に歪みができると、魔女はその中へと入っていく。

『フリッグの御手が破壊された!』

「なぬ! 破壊不可能なはずなのに!」

ゲームでは破壊されたことがなかったのに、まさか破壊された?

「力を失った私でもこの程度はできるのですよ。では、さようなら。またお会いしましょう。あぁ、エーギルを倒した賞品は『クロウリーの箱』です。集めているのでしょう?」

揺らぐ空間に『空間の魔女』は入っていき、薄笑いと共に消えていくのであった。

しまった、逃げられないと思って、『空間の魔女』を解析しなかったよ。痛恨の極みだ。迂闊すぎたな。

「オ、オォ……。ソノマトイシケハイ……ニオイ……ワレラノシュクテキ……」

地の底から叫ぶように怨念の声を口にして、影たる『 霜巨人(フロストジャイアント) 』たちが美羽を睨んでくる。

どうやら、この巨人たちは美羽へと怨みを持っているらしい。

「仕方ない。エーギルが変身を終える前に倒したいから、お前らにはすぐに退場してもらうぜ」

メイスをブンと振って、不敵なる笑みを浮かべて『 霜巨人(フロストジャイアント) 』と対峙する。

「ヴォぉぉ、コロス!」

黒曜石の床を砕きながら、『 霜巨人(フロストジャイアント) 』は棍棒を振り上げて襲いかかってくる。

殺意だけでも人を殺せそうな圧迫感があるね。

「だが無駄だ」

『魂覚醒』

『雷鳴龍Ⅰ』

『スピンハンマー』

『融合しました!』

『 雷霆槌(ミョルニル) 』

メイスがバチリと雷を宿す。周囲へと放電が発せられて、雷により形成されたハンマーとなり巨大化する。

「てやぁっ!」

そうして、美羽が繰り出す雷の槌は、迫る『 霜巨人(フロストジャイアント) 』を薙ぎ払わんと振られるのであった。