軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

69.晩餐のために身支度をします

ふっと意識が浮上した。

辺りは薄暗い。

ゆっくりと身体を起こした。

今何時だろうか?

思ったよりも長く寝てしまったのだろう。

まだ頭はぼんやりしている。

だがとりあえず、起きないと。

アンリエッタは寝台から下りた。

そのまま寝室から出た。

控えていたマリーが足早に寄ってくる。

「お嬢様、お目覚めでしたか」

「わたくし、随分とゆっくり寝てしまったようね」

「お疲れだったのでしょう。さあ、身支度を致しましょう」

「ええ。あ、ルトはもう帰ってしまった?」

ゆっくり眠ってしまったためまた後日出直してくる、となっていても仕方ない。

「いいえ、まだいらっしゃいますわ。奥様が晩餐にお誘いになられましたから」

「そう」

じわりと喜びが込み上げてくる。

マリーが微笑む。

表に出さないようにしたつもりだがマリーにはお見通しだったようだ。

「とびきり素敵にしましょう」

「……ありがとう、マリー。お願いね」

「はい。お任せくださいませ」

マリーの手を借りて略式の盛装のドレスに着替える。

エドゥアルトという客人が来ている以上、きちんとした晩餐になる。

さすがに夜会に出るようなきちんとした盛装である必要はないが、普段のドレスでは駄目なのだ。

鏡台の前に座る。

マリーが負担のかからないようにいつも以上に丁寧な手つきで髪を 梳(す) く。

「髪飾りではなくリボンでまとめてもよろしいでしょうか?」

「ええ、そうしてくれる? ……ルトがくれたものでお願いできる?」

マリーは優しく微笑む。

「承知しました」

リボンの入った箱が開けられ、相談しながらマリーが丁寧に髪をまとめてくれた。

軽く化粧をしてもらい、後は装飾品だ。

「装飾品は最低限にしておきますね」

「ええ、ありがとう」

まだ本調子ではないので許されるはずだ。

客人も含めて身内ばかりだ。

むしろあまりきちんとしていると心配されるだろう。

ふと思いつく。

「マリー、この耳飾りをつけたいわ」

引き出しからエドゥアルトからもらった耳飾りを取り出す。

これなら今のドレスでも合う。

マリーは優しく微笑む。

「はい、承知しました」

その耳飾りに合う装飾品をマリーが見繕ってくれる。

「こちらでいかがでしょう?」

示されたのは小粒のブルーサファイアを使って花の形を模した首飾りだ。

小粒だからそれほど重くはならず、複数のブルーサファイアを使っているので適度な華やかさがある。

「ええ、それでお願い」

「承知しました。失礼します」

マリーが首飾りをつけてくれた。

耳飾りは自分でつける。

鏡で確認する。

問題はなさそうだ。

「どうでしょうか? おつらくはありませんか?」

「大丈夫よ」

「もしおつらくなったらおっしゃってくださいね」

「ええ、ありがとう、マリー」

マリーは微笑んで頭を下げる。

あとは誰かが呼びに来るまで待つだけだ。

準備がすっかり調い、ソファに座って待っていると扉が叩かれた。

マリーが確認しに行く。

「お迎えがいらっしゃいましたよ」

「入れてあげて」

「承知しました」

マリーが扉を開ける。

「あら、ルイ」

迎えに来たのはルイだった。

てっきりエドゥアルトが来ると思っていた。

「迎えに来たのが僕でがっかりした?」

「そんなことはないわ。ありがとう、ルイ」

「どういたしまして」

ようやくルイは嬉しそうに 微笑(わら) った。

そんなルイにアンリエッタは軽く首を傾げながら訊く。

「でもルトは自分がエスコートすると言わなかったかしら?」

婚約者なのでその権利はある。

そしてエドゥアルトなら当然その権利を主張するだろう。

「あの男には後で話す時間をあげると言って妥協させた」

「そう」

それだけでエドゥアルトが簡単に退くだろうか?

その疑問もルイにはお見通しのようだ。

「まだ寝ている可能性もあるからいくら婚約者とはいえ遠慮させた」

「ええ、ありがとう」

その配慮は有り難い。

エドゥアルトにはできるだけ綺麗な自分で会いたいと思う。

少なくとも婚姻するまでは。

「当然だよ」

そう言いつつルイは嬉しそうだ。

「でもごねなかったかしら?」

エドゥアルトがそう簡単に退くとは残念ながら思えない。

ルイがいい笑みを浮かべる。

「母も口添えしてくれたから簡単だったよ」

玄関での一件で余程厳しく説教されたようだ。

心配をかけた負い目もあってこの件についてはアンリエッタでは厳しく言うことはできなかった。

会えて嬉しかったこともある。

だから母が諌めてくれたのは有り難い。

後でお礼を告げておこう。

「そう」

ルイがアンリエッタの隣に座る。

そろそろ時間だから迎えに来たのではないのだろうか?

「ルイ?」

アンリエッタは首を傾げて呼びかける。

「まだ寝ているかもしれないから早めに呼びに来たんだよ。でもさすが姉上だったね、もう準備も済んでいたね」

「そうだったのね」

「うん。だからまだ時間に余裕はあるよ」

ルイなら時間に余裕を持って迎えに来てくれたのだろうと思っていた。

そういう気遣いはしっかりできるのだ。

だが思ったよりもその余裕は長いようだ。

「そうなのね。ではもう少しゆっくりしていても大丈夫ね」

「うん、大丈夫だよ。だから確認させてね」

「確認?」

ルイがアンリエッタの顔を真剣な顔で見る。

アンリエッタは大人しくルイの確認が終わるのを待つ。

少しして満足したのか、ルイが表情を緩めた。

「うん、顔色もさっきほどは悪くないね」

「少し寝たもの。でも、ルイがそう言ってくれるなら安心ね」

アンリエッタの体調に誰よりも敏感で過保護なルイが言うのなら大丈夫だろう。

ルイが怫然とする。

「本当はもっと休んでいてもらいたいんだからね?」

「ありがとう。でもルトが来ているのだもの。久しぶりに一緒に食事をしたいわ」

「うん、それもわかっているよ。だけど姉上、約束して」

「何をかしら?」

内容を聞く前に約束はできない。

ルイは真剣な顔で告げる。

「具合が悪くなったらすぐに休んで」

「でも、」

「それだけは約束して。そうでないなら"やっぱり姉上は体調がよくないようだから晩餐は欠席する"って皆に伝えるよ?」

それは余計に皆に心配をかけるのではないだろうか?

だがルイは退かないという顔をしている。

アンリエッタも心配をかけるのは本意ではない。

だからアンリエッタは頷いた。

「わかったわ。具合が悪くなったらきちんと休むわ」

「うん。約束だよ」

「ええ、約束するわ」

ルイはようやくほっとしたようだ。

確かに無理をすれば皆に心配をかけるだけだ。

それならば素直に休むほうがいい。

それよりアンリエッタが眠っている間に兄はどこまで話したのだろうか?

それとも話してはいないのだろうか?

家族に報告できることは報告しなければならないが、それはいつになるのだろう?

今の内に確かめておくべきかもしれない。

幸いにもまだ時間はあるようだし。

「お兄様から今日のことは聞いた?」

「うん、大まかなことは聞いたよ。姉上、大変だったね」

「ありがとう」

大まかなことというのはどこまでだろう?

だがそれは今ここでは訊けない。

使用人に聞かせられないことも含まれているからだ。

「姉上から話を聞かなくても大丈夫なくらいの話は聞いたよ」

それが本当かどうかはわからない。

ルイの気遣いだろう。

後で兄に確認して必要なら補足しよう。

「そう。お兄様にお礼を告げないとならないわね」

「兄上の役目だから姉上はそんなに気負わなくて大丈夫だよ」

「ふふ、ありがとう。でもお兄様に重要なことをしてもらったのだもの」

「姉上は自分の体調を整えることが今一番大切なことなんだからね?」

「ええ、勿論わかっているわ」

アンリエッタが無茶をして体調を崩せばそれだけ家族を心配させてしまうことになる。

それはきちんとわかっているつもりだ。

「本当にわかっているといいんだけど」

ルイがぼやくように言う。

アンリエッタはすっかり信用をなくしてしまったようだ。

「皆に心配かけたもの。これでも反省しているのよ?」

「本当に?」

「本当よ」

アンリエッタは真っ直ぐにルイを見る。

ルイもアンリエッタをじっと見ていた。

「うーん、一応信じてあげる」

いくらアンリエッタに甘いルイでも無条件に肯定というわけにはいかないようだ。

それも仕方ない。

「ありがとう」

「どういたしまして」

澄ました顔で返される。

「さて、そろそろ時間かな」

「そうね」

「姉上、もう一度確認するけど、具合は悪くないね?」

「ええ、大丈夫よ」

ルイがじっと見つめてくる。

ほっとしたように表情を緩めて一つ頷いた。

「うん、大丈夫そうだね」

しばらくお喋りしていたのは着飾った状態で過ごしても具合が悪くならないかという確認のためもあったのかもしれない。

余程、帰ってきた時の顔色が悪かったのかもしれない。

それならこれだけ何度も確認して過保護になっているのもわかる気がする。

「もう一度言うけど、無理はしないでね。途中退席しても誰も咎めないから具合が悪くなったら無理しないで」

「ええ」

ルイの目をしっかりと見て頷く。

少しだけルイの表情が緩む。

少しは安心させることができたようだ。

すっとルイが立ち上がる。

「さてじゃあエスコートするよ。お手をどうぞ、姉上」

「ええ、お願いね」

差し出された手に手を重ねた。

立ち上がる。

そのままエスコートされて部屋を後にした。