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君といるのは疲れると言われたので、婚約者を追いかけるのはやめてみました【連載版はじめました】

作者: 水谷繭

本文

「君といると疲れるんだよな」

私の婚約者、ブラッド様はため息交じりにそう言った。

私は戸惑いきって尋ねる。

「わ、私の何がいけなかったのでしょうか? ごめんなさい、すぐに直します」

「そういうところだよ。俺が言ったことにいつも過剰に反応して重いんだよな。自分の意志はないのか?」

めんどくさそうな顔でブラッド様は言う。

私は内心どうしようどうしようと焦っていた。ブラッド様に好かれようとがんばっているつもりが、逆効果だったなんて。

すぐに直さなければ……、いやこういうところがだめなんだっけ。それなら一体どうしたら……。

私が必死に考えていると、ブラッド様はため息を吐いて席を立ってしまった。

「今日はもう行くよ。とにかく、少し自分の行動を見直してくれ」

「あっ、待ってください! ブラッド様!」

私の引き止める声も聞かず、ブラッド様は行ってしまった。

一人テーブルに残された私は、ただ俯いて唇を噛むことしかできなかった。

***

私の名前は、メイベル・ホワイト。ホワイト伯爵家の次女として生まれた。

私の家は、揃いも揃って美形ぞろいで、特に姉のマーガレットは美人で有名だ。

緩くうねったブロンドの髪に、空色の綺麗な目。まるで妖精のような姿をしているお姉様は、どこへ行っても可愛い、綺麗だともてはやされ、社交界デビューの年には山のように求婚者が押し寄せた。

お父様もお母様も、次期当主のお兄様も、みんな美形。それなのに、私だけが平凡な顔形をしていた。

お姉様が金髪に空色の目という煌びやかな色合いを纏っているのに対し、私は焦茶色の髪にわずかに青みを帯びたグレーの目という、何とも地味な外見をしている。家族は皆金髪なのに、私だけ父方の祖母の髪色が隔世遺伝したらしい。

お姉様に妹がいると知って私を見にきた人は、あからさまにがっかりした顔をする。

お姉様の社交界デビューのときは山のように来た縁談の話も、私にはほとんどこない。

たまにお話がきて会ってみても、お姉様の存在を知るとみんなお姉様に気を取られるようになって、「メイベル嬢との話はなかったことに」と言われてしまうのだ。

私はお姉様と違って、愛されるような人間ではないのだ。十数年の人生で早くもそう理解した私は、魔法の勉強に精を出すようになった。

家にあった魔導書を読んで試しに使ってみた魔法が偶然成功してから、私は魔法が大好きだった。

別に才能があったわけではない。この国の子供がみんな受ける魔力テストでは平均程度の成績だった。けれど、一度の成功が嬉しくて、私は魔法の勉強にのめり込むようになった。

私、将来魔導士になろうかしら。

そうだ、ルヴェーナ魔法学園に通って、魔法省に行けるようがんばってみよう。あの世界ならお姉様のような美しさがなくたっていいはずだ。

私の住むルヴェーナ王国には、ルヴェーナ魔法学園という王立の学校がある。六年制の学園で、そこを卒業した者は魔法省を始めとした、魔法に関連するあらゆる職業への道が開かれるのだ。

よし、絶対学園に入ろう。

そんな風に考えると、なんだか気持ちが前向きになってきた。

そんなある日、私に久しぶりの縁談が来た。

相手はブラッド・カークという方で、私の一つ年上の16歳らしい。

今回も多分うまくいかないだろうとは思った。何しろ今まで会った全ての人がお姉様を好きになって私はお断りされているのだ。結果は見えているので最初から断ろうかと思ったけれど、そう口にしたらせっかくお前などに話が来たのだぞとお父様に怒られてしまった。

私は渋々ブラッド様に会うことにした。

ブラッド様は、今までの縁談で会った誰よりも美しい方だった。金色の髪に赤い目。整った目鼻立ち。いかにも貴公子らしい少年が、向かいのソファから私に微笑みかけている。

私はそんなブラッド様を冷めた思いで眺めていた。

どうせこの人もお姉様を好きになるのだろう。それなら早めにお姉様を見てもらった方がいい。私はこの後ブラッド様をどうにかして今日中に姉と会わせられないか頭の中で計算する。

しかし彼は予想外の言葉を口にした。

「はじめまして、メイベル嬢。絵姿の通り可愛らしい人だね。姉君と少し目元が似ているんだね」

ブラッド様は私の目を見て微笑む。私は驚いて聞き返した。

「姉を見たことがあるのですか?」

「ああ。以前、王宮のパーティーでお会いした。少し挨拶を交わした程度だけれど」

「それならどうして私に婚約の話なんかを? お姉様ではなくていいのですか?」

思わずそう尋ねてしまった。求婚者の殺到しているお姉様だけれど、まだ婚約者は決まっていない。どうせホワイト伯爵家の令嬢と婚約するのならば、お姉様の方がいいとは思わなかったのだろうか。

しかし私の疑問にブラッド様は不思議そうな顔をした。

「どうして? 私が求婚したいのはメイベル嬢だよ」

「本当にいいのですか?」

「ああ。絵姿を見たとき、とても可愛らしいご令嬢だと思ったんだ。実際に見て印象通りの素敵な人だと思った。君がいいと言ってくれるなら、ぜひ婚約の話を進めたい」

ブラッド様はそう言って笑う。その笑顔を見た途端、心を撃ち抜かれる音がした。

この人はお姉様と会った上で私を選んでくれたのだ。あの美しいお姉様ではなく、目立たない私の方を。

私はすっかり感動して、ブラッド様のためにどんな努力でもしようと決めた。

***

それから二年。私はブラッド様に好かれようと日々頑張ってきた。

入りたかったルヴェーナ魔法学園への入学は諦めた。魔法学園に入りたいと考えていると話したら、ブラッド様に顔をしかめて止められてしまったのだ。ああいう場所は普通の令嬢が行く場所ではないと。

お父様もお母様も、せっかくの縁談を学園に入りたいだなんてわがままのせいでなしにするのはよくないと言った。それで途中まで進んでいた入学手続きを、ほぼ強引に取り下げられてしまったのだ。

学園に通えないのは悲しかったけれど、大人しく諦めることにした。こんな私と婚約してくれたのだから、両親の言う通りブラッド様の意見を尊重しないと。私は前向きに考えることにして、独学でできる限り魔法を学んだ。

それからは、呼ばれるままにブラッド様の家に行って、ブラッド様のお母様やお姉様に気に入ってもらえるようお話相手になったり、彼の家で運営している商会の手伝いをしたりして、毎日ひたすらがんばった。

一緒にパーティーに出るときは、常に彼の意向通り振る舞えるよう神経を尖らせていた。頑張っていればブラッド様に喜んでもらえると思ったから。

しかし、私のそんな態度は逆効果だったらしい。むしろブラッド様を疲れさせていたようだ。

「なんでこうなるのかしら……」

ブラッド様と話をしたカフェの帰り道、私は落ち込みきって道を歩いていた。明るく賑やかな街の様子が、余計に私の心を沈ませる。

ひたすら頑張って逆に嫌われるなんて、滑稽にも程がある。

「……ん?」

とぼとぼ道を歩いていると、ふと道の横にある掲示板に気になる張り紙を見つけた。

『ラネル魔術院、生徒募集中』

張り紙にはそう書かれていた。

「ラネル魔術院……」

ラネル魔術院の存在は聞いたことがある。六年制のルヴェーナ魔法学園と違い、二年程で魔法を学べる比較的入りやすい場所らしい。

「……入ってみようかしら」

ブラッド様に止められたのは、ルヴェーナ魔法学園への入学だ。

在学期間の短いこちらなら許してもらえるのではないか。いや、そもそも魔術院は国家に認められた正式な学園というわけではないので、複雑な手続きはいらない。入学金も格段に安いので、今までブラッド様の家の商会を手伝った際にもらった給金で足りそうだ。

ブラッド様にも両親にも内緒で入ってしまえばいいのでは。

「……いいかも! 入ってしまいましょう!」

私は早速張り紙に書かれた住所をメモした。

普段の私なら、ブラッド様にも両親にも相談せず魔術院への入学を決めるなんて考えもしなかっただろう。しかし今の私はブラッド様に私といると疲れると言われ、どうにでもなれという気分だった。

胸の内で決意する。これからはブラッド様を追いかけるのはやめようと。しばらくの間は魔術院で魔法の勉強に専念して、ブラッド様一色だった生活を変えるのだ。

そうすれば、ブラッド様を疲れさせてしまうような重い行動をとらなくて済むようになるかもしれない。

私は先ほどまでとは打って変わって軽い足取りでホワイト伯爵家までの道を急いだ。新しく浮かんだアイデアに、すっかりわくわくしていた。

***

それから一ヶ月。私は無事試験に合格してラネル魔術院に入り、充実した日々を送っていた。

「すごいわね、メイベル! どこでこんな高度な魔法を身に付けたの?」

「えっ、全部独学で学んだ? すごいわ。こんな魔法が使える人、ルヴェーナ魔法学園にもなかなかいないわよ!」

私は同じ魔術院に通うクラスメイトに驚いた顔をされ、ちょっと得意な気分になった。

独学で身に付けた魔法だけれど、意外と外でも通用するらしいことが魔術院に入ってみてわかった。入学試験は満点だったし、授業の度に先生から褒められる。

ホワイト伯爵家ではお姉様と比べられるばかりで褒められることなんて一切なかったので、磨いた技術を褒めてもらえることに日々感動していた。

「メイベル、今日は帰りに魔道具店に寄って行きましょうよ」

「魔法の杖もローブもたくさん取り揃えてあるのよ。メイベル、そういうの好きでしょう?」

「えっ、ぜひ行きたいわ!」

私はすぐさま答える。

魔術院の授業も、学園で出来た友達と過ごすのもとても楽しい。ブラッド様に突き放されて落ち込んでいた気持ちが日に日に回復していくようだった。

思いきって魔術院に入ってみてよかったと、自分の決断に心から感謝した。

そんな風に過ごしていたある日。授業後に残って課題をしていると、レナード様が教室へ入ってきた。

「あれ、メイベルさん。まだ残ってたんだね」

「レナード様。はい、課題を終わらせていきたくて」

レナード様は、同じくこのラネル魔術院に通う生徒だ。少し長めの銀色の髪に紫の目をした美少年。年齢は私と同じく17歳らしい。いかにも高貴そうな外見の通り、侯爵家の生まれだと聞いた。

侯爵家出身なら、非公式のラネル魔術院よりもルヴェーナ魔法学園に通う方が自然に思えるけれど、侯爵家の跡取り教育と両立するには魔術院の方が都合がいいのだそうだ。学園には意外とそういう人が多くいる。

レナード様は不思議そうな顔で私に向かって尋ねてきた。

「お屋敷に帰らずここで課題をやっていくの?」

「はい。うちでは機材を使えないので、魔術院のものを借りていこうと」

今回の課題は、指の先ほどの魔法生物を増殖させて、その変化を観察するという課題だった。課題には魔法顕微鏡やらナイフやらが必要だ。

この魔術院に通う生徒たちは大抵家に機材を取り揃えているけれど、私は家族に内緒で通っているのでそういうものは用意できない。なので、教室に残ってやっていってしまう予定なのだ。

「そっか。遅くまで残って課題をやっていくなんて偉いね」

「いえ、課題をするのは当然ですから。それに魔法関連のことはなんでも楽しいですし!」

私は元気よく答える。課題とはいえ、魔法に関わっていられる時間は楽しくて仕方がなかった。

「メイベルさんは魔法が好きなんだね」

「はい、私の生きがいです!」

お姉様と比べられて落ち込んでいたとき、唯一私を励ましてくれたのが魔法だった。決して才能豊かというわけではなかったけれど、知識を蓄えて練習を重ねるうちに上達していく魔法は楽しくて、いつしか私の生きがいになっていた。

そこまで好きだった魔法を、私はブラッド様と結婚するために諦めてしまったわけだけれど。

ブラッド様にああいう風に言われて、自分を見直す機会ができてよかったのかもしれないと今では思う。魔法に全力で取り組める時間を持ててよかった。

レナード様は興奮気味に魔法について語る私を見て笑っていた。

すると、教室の扉が開いて、黒いローブを羽織った先生が焦ったように教室へ入ってきた。

「困った……どうしよう……」

「先生、どうかなさったのですか?」

尋ねると、先生が驚いたようにこちらを見る。

「メイベル君、レナード君、まだ残っていたのか」

「随分慌てていらっしゃるようでしたが、何かあったのでしょうか」

「いや、明日の授業で使う魔法薬を受け取る予定だったのをすっかり忘れていて。この後も予定が立て込んでいるから困っていたんだ」

先生は困り顔で言う。それなら、と私は言った。

「先生、私が行ってきますよ。どこのお店で受け取ればいいのですか?」

「え、いいのかい?」

「はい。もうほとんど課題も終わりましたし」

私は笑顔で答える。先生はちょっと迷った顔をした後で、すまなそうに言った。

「じゃあお願いできるかな。今、店の場所をメモするよ」

「はい、お任せを」

私は胸を張って答える。すると、横からレナード様が言った。

「メイベルさん。もう暗くなりかけてるし一人で行くのは危ないんじゃないかな。僕も一緒に行くよ」

「え、でも、レナード様はお忙しいのでは……」

「気にしないで。この後は特に予定もないし」

レナード様は笑って言う。私はお言葉に甘えて、一緒に来てもらうことにした。

その後、私たちは先生に渡されたメモを頼りに魔法薬を販売する店まで向かった。店に入って先生の名前を告げると、すでに先生から連絡が行っていたらしく、あっさりと注文品を渡してもらえた。

私とレナード様は荷物を抱えて学園に戻る。

「これ、明日の授業で使うって言っていましたよね。何をするのかな。楽しみだなぁ」

「メイベルさんは本当に魔法が好きだね」

レナード様は私の顔を見てくすくす笑っている。

お散歩気分で楽しく歩いていると、前方から見覚えのある人影が現れた。その姿に私は思わず「あ」と声を上げる。

「メイベルさん、どうかした?」

レナード様が不思議そうにこちらを覗き込む。すると前方にいた人物も私に気づいたようで、驚いた顔でこちらを見た後駆けてきた。

「メイベル! ここで何をしてるんだ!?」

そこにいたのは、ブラッド様だった。ブラッド様は眉を吊り上げて怖い顔でこちらを睨んでいる。

レナード様は突然の事態に戸惑い顔をしていた。

「ブラッド様……」

「そのローブは魔法学園の制服じゃないか! まさか、俺が止めたのに勝手に魔法学園に入学したわけじゃないよな? 大体、その横にいる男は誰だ? こんな時間に二人で出歩くなんてどういうことだ!」

「私が入ったのは魔法学園ではなくラネル魔術院です! ブラッド様に一緒にいると疲れると言われたから、ほかのことに熱を入れて自分を変えてみようと入学したんです!」

「行動を見直せとは言ったが、魔術院に入れなどとは一言も言ってないぞ。無断で勝手なことを……」

ブラッド様は苛立たしげに言う。

口論する私たちを戸惑い顔で見ていたレナード様が、私たちの間に割って入ってきた。

「えっと、あなたはメイベルさんの婚約者だよね。僕たちはただ先生の手伝いで授業で使う物を取りに来ただけだから、心配しなくていいよ」

「なんだそれは。そんな小間使いのようなことをメイベルがする必要ないだろ」

「先生が困っていたから、メイベルさんが親切にも手伝うと提案したんだ。……余計なお世話かもしれないけれど、メイベルさんは学園ですごく生き生きしていて楽しそうだよ。頭ごなしに止めないであげてくれないかな」

レナード様はブラッド様をまっすぐ見つめて言う。ブラッド様は、苛立たしげにレナード様を見ていた。

私は不穏な気配に怯えながら、ブラッド様の前に立つ。興奮気味のブラッド様とはひとまず離れたほうがいい。

「ブラッド様、すみません。今は急いでいるので今度改めてご説明いたします!」

私はそう言うなり、ブラッド様から逃れるようにして、レナード様に目で合図して走り去った。

最後に見たブラッド様の顔は、随分と不機嫌そうに見えた。

「……あれがメイベルさんの婚約者? 失礼だけど随分高圧的な人だね……」

街中を早足で歩きながら、レナード様は眉間に皺を寄せて言う。私は少々気まずくなりながらうなずいた。

「私がいつも彼の意に沿わないことばかりしてしまうので、怒らせてしまうのかもしれません。レナード様を巻き込んで申し訳ないです」

「それはいいんだけど……。意に沿わないことをしてしまうって、いつもあんなことを言われているの?」

レナード様はこちらを心配そうに見ていた。私はただ、大丈夫です、優しい時もあるんですとだけ答える。ブラッド様は確かに高圧的なところがあるけれど、それはそうさせてしまう私が悪いのだ。

レナード様は明らかに納得いかなそうな顔をしていたけれど、私は笑って誤魔化して魔術院までの道を急いだ。

***

ブラッド様と街で偶然出くわしてしまってから数日が経った。

あれからも特に変わらない日々が続いている。ブラッド様を怒らせてしまったかと思ったけれど、特に彼が会いに来ることも、連絡が来ることもない。その点はほっとしたけれど、結局私はどうでもいいと思われているのかもしれない。

そんなことを考えながら魔術院に向かうためにお屋敷の廊下を歩いていると、お姉様とすれ違った。

ブロンドの髪に空色の目をした、いつ見てもとても綺麗なお姉様。お姉様は私と目が合うと冷めた顔をする。

「メイベル、またどこかへ出かけるの? 最近しょっちゅう家を留守にしているわね」

「は、はい。お姉様。少し用事があって」

私は誤魔化すように言う。お姉様の表情は冷めたままだった。

「最近随分と楽しそうね」

「そうでしょうか。やりたいことを見つけたからかもしれません」

私が答えるとお姉様はつまらなそうな顔になった。

「あらそう。私が婚約者との関係に悩んでいるときに呑気なこと」

お姉様は、私がブラッド様と婚約したしばらく後で、侯爵家の生まれのご令息と婚約した。婚約当時はとても仲がよさそうだったけれど、今は少々うまくいっていないらしい。

お姉様の婚約者は誠実でいい人なのだけれど、お姉様の度重なるわがままにだんだんと疲れてきているらしいのだ。

デートの約束を当日に何度もすっぽかしたり、頻繁にプレゼントをねだってもらった後は数日で放置したりすることを続けていたら、うまくいかなくなるのも当然なんじゃないかと思ったけれど、それは口に出さないでおく。

「メイベル、今度いつブラッド様の家に行くの?」

「来週の末頃になると思います」

「そう。それならその時おもしろい話が聞けるかもね」

お姉様はそう言ってくすりと笑った。

その言葉の意味が気になったけれど、お姉様は私が聞き返す前に背を向けて行ってしまった。

それから翌週になり、ブラッド様の家を訪れる日になった。

あの日、カフェで君といると疲れると言われて以来、ブラッド様と二人では会っていない。今回家を訪れたのもブラッド様本人に会うのではなく、彼の家の商会を手伝うためだった、

しかし、カーク家のお屋敷に着くと、そこには予想外にブラッド様本人が待っていた。

「ブラッド様? どうなさったのですか?」

「君に会うために待っていたんだ。メイベル、ちょっと来てくれ」

ブラッド様はにこやかにそう言った。

私は戸惑いながらも、彼の後ろについて行った。

「来週王宮で行われるパーティーだけれど、マーガレット嬢と参加することになった」

部屋に入り、テーブルにつくと、ブラッド様は突然そう言った。私ははじめ言葉の意味がわからずぽかんとしてしまった。

「えっと……どういうことですか?」

「だから、来週の王宮のパーティーには君と出られないと言ってるんだ。この前、君の姉のマーガレット嬢に誘われたから、一緒に参加することにした」

「え……!?」

予想外の言葉に困惑してしまう。

ブラッド様がパーティーに別の人と参加する……しかもその相手がお姉様?

あまりのことに、言葉が出ない。私は先週お屋敷ですれ違ったときの、お姉様の何かを企んでいるような顔を思い返す。ブラッド様に聞かされる「おもしろいこと」とは、このことだったのだろうか。

「そ、そんなことをすれば周りに変に思われますわ」

「どうせ同じホワイト伯爵家の令嬢なんだから、周りは気にしないだろう」

ブラッド様は平然とそんなことを言う。

同じ家の令嬢だから周りは気にしないなんて到底思えない。むしろ余計におかしな憶測を生む気がする。ブラッド様もお姉様も、一体何を考えているのだろう。

困惑する私に向かって、ブラッド様は平然とした態度で言う。

「マーガレット嬢が誘ってくれるなら、わざわざメイベルと参加する必要はないしな」

「どういう意味ですか……?」

「本当は俺だってマーガレット嬢のほうがいいと思ってたんだよ。でも、彼女は競争率が高いから。裕福なホワイト伯爵家とはぜひ縁を結びたかったし、簡単に婚約できそうなメイベルに話を持ちかけたんだ」

「え……」

私は突然の言葉に固まってしまう。ブラッド様は、最初からお姉様の代わりに仕方なく私を選んだだけだというのか。絵姿を見て可愛らしいと思ったからという言葉は嘘だったのだろうか。

ショックを受ける私に追い打ちをかけるように、ブラッド様は手のひらの半分ほどのサイズの板を持ってきた。

「……これは」

「俺と君が婚約するときに紋章を刻んだ契約板だ。俺の紋章は消してあるから、これはメイベルに預けておくよ。どうするかは君の好きにしていい」

「え……、な……! 私との婚約を解消するということですか!?」

私は大いに戸惑ってしまった。この契約板は、婚約をする際に両者が紋章を刻むものだ。婚約の証と言ってもいい。ここから紋章を消すと言うことは、その婚約をなかったことにすることを意味する。

顔を青ざめさせる私を見て、ブラッド様は愉快そうに笑った。

「俺はメイベルにちゃんと考えて欲しいんだ。勝手に魔術院なんかに入学して、夜遅くに男と二人で街中を歩いているなんて、君がそこまで軽薄な令嬢だとは思わなかったよ。メイベルには態度を改めてちゃんとした令嬢になって欲しい」

「それはブラッド様に私といると疲れると言われたから、私なりに改善しようと……!」

「言い訳は聞きたくない。これからどうするのかよく考えてみてくれ」

ブラッド様はそう言うと、さっと席を立ってしまった。

私は返された契約板を呆然と眺める。確かに私も勢い余ったことをしてしまったけれど、ここまでするなんて……。

私は打ちひしがれて、しばらく立ち上がることも出来なかった。

翌日、ラネル魔術院に向かったものの、いつも通り楽しい気分にはとてもなれなかった。

私がどんよりしているせいで、クラスの子たちに何度も心配されてしまった。どうにか空元気を出して、その日の授業を乗り切る。

授業が終わった後、私は憂鬱な気持ちで授業で使った機材を返すために倉庫まで歩いていた。

機材を戻し終えると、入口のところにレナード様がいるのに気づく。彼は私と目が合うと、心配そうに口を開いた。

「メイベルさん、今日はなんだか元気がなかったけど大丈夫?」

私は作り笑顔で返す。

「大丈夫です。なんでもありません」

「本当に? もしかしてあの婚約者と何かあったんじゃないか」

図星をつかれて、つい顔が強張ってしまった。レナード様は私の反応を見て何かを察したようだった。

「やっぱりそうなんだ。もしかしてあの日僕が一緒に歩いていたせいかな。そうだったらごめん」

「いいえ、レナード様には関係のないことですから謝らないでください! ただ、私が彼を怒らせてしまっただけで……」

「怒らせた? 前にもそう言っていたけれど、メイベルさんは何も悪いことをしてないと思うよ」

レナード様は真剣な顔で言う。

私の悩みのことで真剣になってくれるレナード様に心が緩んで、つい今までのことを洗いざらい話してしまった。話しているうちに、レナード様の表情がどんどん引きつっていく。

「つまり、君の婚約者は君が魔術院に入ったことで怒って、当てつけのように君の姉君とパーティーに参加すると? その上契約板まで突き返してきたのかい?」

「はい、でも私も随分勝手なことをしてしまいましたから……」

「それだって、もともとは婚約者のほうが君に態度を改めるように言ったのが原因なんだろう? 君ばかり責めるのはフェアじゃないよ。そもそもいくら婚約者だからといって、ルヴェーナ魔法学園への入学を取りやめさせることからして間違ってる」

レナード様は、まるで自分のことのように怒ってくれている。そんな姿を見ていたら、私の心は少しだけ軽くなった。

「ありがとうございます。レナード様。そう言っていただけて少し元気になりました」

「メイベルさん。君はこのままでいいの?」

「私に選択肢なんてないですから」

私は力なく言葉を返す。

ブラッド様に言われたことをずっと考えていた。これからどうするべきか。

きっと私はラネル魔術院を辞めるべきなのだろう。魔術院を辞めて、ブラッド様に謝って許してもらわなくては。私にはそれしか道はないのだ。

悲しい思いでそんなことを考えていると、レナード様は少し迷った顔をした後で口を開いた。

「……メイベルさん、よかったらそのパーティー、僕と一緒に出てくれないかな」

「え?」

「うちにも招待状が来てるんだ。僕は婚約者がいないからパーティーのときは姉上につき合ってもらってたんだけど、今回姉上は行かれないらしくて。だから今回は参加しないつもりだったんだけど、父上からはせっかく人脈を広げる機会なんだから無駄にするなと怒られてたんだ」

「まぁ……」

「だからメイベルさんが一緒に参加してもらえないかな? 君の災難に乗じるみたいであれなんだけど……」

レナード様は遠慮がちに言う。

多分、お父様に怒られる云々は口実だろう。婚約者に別の人とパーティーに参加すると言われて元気を無くしていた私を気の毒に思って誘ってくれたのだ。

優しい嘘だとはわかりつつ、私はレナード様に向かって答えた。

「……わかりました。私でよろしければぜひ一緒に参加させてください」

「いいの?」

「ええ、もちろん!」

私が答えると、レナード様はぱっと笑顔になった。

私は笑みを返しながらも、レナード様の気遣いにちょっと涙が滲みそうになっていた。

***

それから数日が経ち、とうとう王宮のパーティー当日がやって来た。

当日の朝、お姉様はくすくす笑って私にドレス姿を見せてきた。

「メイベル、ごめんなさいね。あなたに悪いとは思ったのだけれど。ブラッド様に一緒に参加して欲しいと頼み込まれたものだから断れなくて」

姉は楽しげにそんなことを言う。

ブラッド様のほうもお姉様に誘われたと言っていたけれど、本当のところはどっちなんだろう。まぁ、どちらにしろ私には関係ない。

着飾った姉の姿は悔しいことに本当に美しくて、私は再び気落ちしてしまった。

やっぱり私のような地味な女よりも、華やかで美人な姉のほうがブラッド様に合っている気がする。二人が並んだらさぞお似合いなんだろう。

私は憂鬱な思いで身支度をするために自室へ向かった。

レナード様も、実際華やかなパーティー会場に足を踏み入れてみたら、一緒に参加するのが私のようにつまらない令嬢なのを残念に思うかもしれないな。少しでもましな姿にしておかないと。

私はメイドたちに手伝ってもらいながら、どうにか少しでもましな姿に見えるよう身支度をした。

さすがに今日姉と一緒の馬車に乗る気にはなれなかったので、私はお姉様がお屋敷を出た後で、ホワイト家で予備として使っている小さいほうの馬車に乗り込んだ。

しばらく馬車に揺られ、パーティー会場である王宮に到着する。

私はエントランスホールでレナード様が来るのを待った。

「え、メイベルさん……!?」

柱の前で待っていると、驚いたような声が辺りに響いた。顔を上げると、そこには正装をしたレナード様が立っていた。

元からして銀色の髪のよく似合う美少年だったレナード様は、正装をするとさらに美しい。私が思わず見惚れていると、レナード様が口を開く。

「……驚いたな。別人のようでびっくりしたよ。普段の姿も可愛らしいけれど、大人っぽい恰好も似合うんだね」

「まぁ、お褒めいただきありがとうございます」

私は思わず笑顔になってお礼を言った。レナード様は本当にお優しい方だ。着飾っても到底お姉様やほかのご令嬢たちに敵わない私をこんなに褒めてくれるなんて。

レナード様は白い手袋をした手を私に差し出した。

「メイベルさん、今日はよろしくね」

「はい、レナード様。こちらこそよろしくお願いします」

私はレナード様の手に、自分の手を重ねた。

パーティー会場に入ると、大勢の参加者で賑わっていた。

豪奢なシャンデリアのかかった王宮の広いホールで、正装をした男女がにこやかに歓談している。私はレナード様とその中を歩いた。

「メイベルさんはそういうドレスが好きなの? ちょっと意外だったな」

「前からこういうドレスに憧れていて……。でも、今まではブラッド様に、似合わないドレス姿で隣に並んで恥をかかせないでくれって忠告されていたので避けてたんです。今日はブラッド様との参加ではないので思いきって好きなドレスを着てみました」

今日の私は、胸元から腰にかけてたくさんの宝石の散りばめられた、鮮やかな青のドレスを着ていた。髪はいくつもの宝石を埋め込んで作られた三日月形の髪飾りでシニヨンにまとめている。

普段の私は、ブラッド様に恥をかかせないことだけを意識して、無難なドレスばかり選んでいた。飾り気がなく印象の薄いドレスばかり。

いや、ブラッド様だけが理由ではないかもしれない。同じパーティー会場にお姉様がいることも多かったので、彼女と同じような華やかなドレスを着るのには抵抗があったのだ。

ブラッド様がお姉様と参加している今日はいつも以上に比べられそうな気がするけれど、その時はその時だと諦めている。細かいことを気にするのは、もう嫌になってしまった。

「すごく似合ってるよ。今まで着なかったなんてもったいない。君の婚約者は本当に見る目がないんだね」

レナード様はいたずらっぽく笑ってそう言った。

お世辞かもしれないけれど、そう言われて心が随分軽くなった。

そんなことを話している間にも、やけに周りからの視線を感じていた。

先ほどからみんなにちらちら見られているように感じるのは気のせいだろうか。みんなこちらを見て何か囁き合っている気がする。ただ雰囲気からして、悪口ではないと思う。

(レナード様はやっぱり目立つのかしら)

やはり、周りから見てもレナード様は美しいのだろう。私は彼と並んで歩いていることに少々気後れしながらも前に進んだ。

すると、会場の左に、仲良さげに話しているブラッド様とお姉様の姿を見つけた。

グレーのタキシードを着たブラッド様と、鮮やかな赤いドレスを身に纏ったお姉様。はた目から見ても、私と並んだときよりずっとお似合いだ。やっぱりブラッド様にふさわしいのは私ではないのだろうと考える。

もともとブラッド様はお姉様のほうがよかったみたいだし、お姉様も最近は婚約者とうまくいっていないというし。

私が身を引けば全て丸く収まるのではないか。それに……。

私は少しの寂しさを抱えながら改めて決意した。私はブラッド様の言うように、変わるべきなのかもしれない。

「メイベルさん、あちらに魔術院の生徒がいたよ。行ってみない?」

レナード様は二人の姿を見てぼんやりする私に、気遣うようにそう尋ねてきた。私は迷わず答える。

「まぁ、本当ですか? ぜひご挨拶に行きましょう!」

私は二人の姿を振り切るように、レナード様について進んだ。

パーティーはとても楽しかった。

会場にいたラネル魔術院の生徒からレナード様といるところを見て驚かれたり、レナード様とお知り合いだという会ったことのない貴族に話しかけられて魔法について話し込んだり。

今までいくつものパーティーに参加してきたけれど、こんなに楽しい日は今日が初めてだった。

そんな風に幸せな時間を過ごしていると、後ろからこわばった声が聞こえてきた。

「君はメイベルか……?」

振り返ると、そこには驚愕した表情でこちらを見るブラッド様がいた。彼の後ろには唖然とした顔のお姉様もいる。

「はい。もちろんメイベルですわ」

「その恰好はどうしたんだ? というかなぜ君が会場にいる。俺は君と参加しないと言ったのに……」

「レナード様がご親切にも一緒に参加してくださるとおっしゃったので。普段とは違うドレスで参加してみました」

そう答えると、ブラッド様は口をぱくぱくして、嘘だ、そんなはず、なんて呟きだす。おかしな反応に首を傾げる。

すると、お姉様が憎々しげにこちらを睨みながら言った。

「婚約者以外とパーティーに参加するなんて、随分節操のないことをするのね! 呆れてしまうわ」

「え……っ? お姉様がそれをおっしゃるのですか?」

「それにそんな派手に着飾ったりして! みっともないからやめたほうがいいわよ。全然似合ってないわ!」

お姉様は吐き捨てるように言う。

私はドレスを掴んで俯いた。確かに、お姉様と比べたら全く似合っていないだろう。けれど正面から否定されるとへこんでしまう。

するとレナード様に突然肩を抱かれた。戸惑う私に彼は優しい声で言う。

「メイベルさん、そんな顔しないで。そのドレス、君に本当によく似合ってるよ」

「レナード様……」

「メイベルさんのお姉様でしたね。いくらご家族とはいえ、彼女を貶すようなことを言うのはやめていただけませんか。淑女の言動とは思えませんよ」

レナード様にそう言われると、お姉様の顔がさっと赤く染まった。

「あなたには関係ないでしょう! こんなつまらない妹をパートナーに選ぶなんて悪趣味な方ね! 行きましょう、ブラッド様。こんな人たちと一緒にいたくないわ。……ブラッド様?」

お姉様はブラッド様の腕を引っ張って立ち去ろうとする。しかし、ブラッド様は動かなかった。やがて放心したようにこちらを見ていたブラッド様は、口を開いた。

「メイベル、俺が悪かった。君に当てつけのように別の令息とパーティーに来るような真似をさせるなんて……。俺が追い詰めてしまったせいだ」

「え?」

「俺たちお互いに未熟だったよな。もう一度はじめから関係をやり直そう」

私は急に態度を変えたブラッド様に戸惑ってしまう。

ブラッド様はつかつかこちらへ歩いてきて、私の手を取った。

「メイベル、ひどいことを言ったのは謝るよ。これからはまた婚約者としてやっていこう」

「え……? あの……」

私は手を掴まれたまま困惑してしまう。なぜ急に言っていることが百八十度変わったのだろうか。今日の私はブラッド様の意に反することしかしてないのに。

けれどブラッド様に謝られ、婚約者としてやっていこうと言われても、もう嬉しいとは思えなかった。そんな自分自身に驚く。

私たちは致命的に合わない人間なのかもしれない。一緒にいても、お互いこの先いいことはない気がする。

私はそっとブラッド様の手から自分の手を引いた。ブラッド様は戸惑い顔になる。

私は彼に向かって微笑んだ。

「ブラッド様、謝っていただかなくて構いません。私はもうブラッド様を追いかけないと決めましたから」

「何を言ってるんだ、メイベル。謝ってるだろう? 考え直し……」

「こちらお返しします。私の紋章も消しておきました」

私はそう言いながら、懐から取り出した契約板を手渡した。ブラッド様の紋章が消され、私の紋章だけが刻まれていた板からは、すでに私の紋章も消えている。

ブラッド様はまっさらになった契約板を見て顔を青ざめさせた。

「待ってくれ、メイベル! 馬鹿なことを言ったのは悪かった! 君が魔術院に入って楽しくやっているのを見て、ついかっとなってしまったんだ!」

「そうですよね。ブラッド様は私が魔法に打ち込むことは許せませんよね……」

「いや、そんなことはない! もう反対するのはやめる。自由にしていいから、婚約し直そう!!」

ブラッド様は必死な様子でそう言った。私の心は、そんな彼を見ても冷めていくばかりだ。

「ブラッド様、ごめんなさい。私ブラッド様よりも魔法のほうが好きみたいです」

正直にそう言ったら、ブラッド様はぴしりと固まってしまった。私は躊躇いながらも告げる。

「ラネル魔術院に入ってからは毎日が本当に楽しくて。私が本当にやりたかったのはこれだったのだと気づきました。ブラッド様に無理を言って魔法を学び続けるのは、この先きっと苦しくなると思うのです」

「いや、メイベル、俺は……!」

「だから、今までありがとうございました。ブラッド様はどうかお姉様とお幸せに」

私は笑顔で言いきって、ブラッド様に頭を下げた。それから後ろで呆気に取られて事の成り行きを見守っていたレナード様の手を取る。

「行きましょう、レナード様」

「え、あの、ブラッド殿のことはもういいの? なんか放心しちゃってるけど……」

「ええ、ブラッド様にはお姉様がついておりますもの。私、前を向くことにしますわ……!」

私はすがすがしい気持ちで答える。ブラッド様との今までのことを思い返すとまだ少しつらいけれど、前向きな気持ちの方がずっと大きかった。

「……そっか。メイベルさんがいいなら、僕は何も言わないよ」

レナード様は明るい声でそう言ってくれた。私は彼に向かって微笑む。

後ろの方ではまだブラッド様が私を呼ぶ声が聞こえていたけれど、私はそのまま彼に背を向けて立ち去った。

***

その後、私とブラッド様の婚約は正式に解消となった。

ブラッド様とお姉様が婚約し直すのかと思っていたけれど、そういう予定はないらしい。お姉様は今の婚約者とそのまま婚約し続ける予定だとか。

しかし先日の王宮のパーティーで、お姉様の婚約者の知り合いにブラッド様と参加しているところを見られていたらしく、妹の婚約者とパーティーに参加するなんてと呆れられてさらに関係が悪化しているらしい。

お姉様にはそのことで怒られたけれど、それは私のせいではないのではと困惑している。

ブラッド様のほうは、婚約解消後もやたらと会いにきたり、手紙を送ってきたりする。

私はそのどれにも答えないでいる。ブラッド様とはもう決別する予定なのだ。熱心に足を運んでくるブラッド様には申し訳ないけれど、早めに諦めてもらえるとありがたい。

両親にはブラッド様と婚約解消をしたことを随分怒られ、勝手に魔術院に入ったこともかなり叱られたけれど、説得の末に無事に認めてもらえた。認めてもらえたと言うよりも諦められたという方が正しいのかもしれないけれど。

そういうわけで、私は今日も元気にラネル魔術院に通っている。

「レナード様! おはようございます!」

「おはよう、メイベルさん。早いね」

朝早く魔術院に向かうと、門のところにレナード様の姿を見つけたので駆けていった。レナード様は足を止め、こちらに笑みを向ける。

「レナード様、今日は、攻撃魔法の実技授業がありますね! 楽しみですね!」

「メイベルさんは本当に魔法ならなんでも好きなんだね。あの授業ハードできついって有名なのに」

レナード様はくすくす笑いながら言った。

ハードでも何でも、魔法の実践ができるなら大歓迎だ。

私たちは今日の授業について話しながら教室まで向かう。歩いている最中、ふとレナード様が言った。

「メイベルさん、ブラッド殿との婚約は解消できたって言っていたよね」

「はい、無事に婚約解消できました。両親には随分怒られてしまいましたが、契約板の紋章を消してしまっていたのでもうどうしようもないと思ったみたいです。最後には認めてくれました」

「ブラッド殿も墓穴を掘ってしまったね……」

「? 何か言いましたか?」

「いや、なんでもないよ。その……、メイベルさん。新しい婚約者はもう決まってるのかな?」

レナード様は少し緊張した声で尋ねてきた。私は首を横に振る。

「いえ……。この先私と婚約してくれるような方は現れないかもしれません。もともとブラッド様と婚約する前も、お姉様と違って私には全然縁談が来なかったんです。ようやく婚約できたブラッド様と別れてしまった私には、もう縁談なんて来ないでしょうね……」

「そ、そっか……! メイベルさん、それならさ」

「でも、いいんです! 私、ブラッド様と離れて魔術院に通ってみて、自分がどれだけ魔法が好きだったのか気づきました! これからは思いきり魔法に打ち込んでいくつもりです。婚約者なんてむしろいないほうがいいですわ!」

私は晴れ晴れした気持ちで答える。明るい顔をしていたレナード様は、なぜか困惑気味の表情になってしまった。

「そ、そっか……。婚約者なんていないほうがいいか……」

「ええ、その分目一杯魔法に打ち込む予定です! 私、結婚せずに魔法省の魔導士を目指そうかと思ってるんです!」

「それはいいことだね……。応援してるよ」

レナード様はなぜだか悲しげな声でそう言った。

婚約解消した私が空元気を出しているのだと思い、同情されているのだろうか。私は本当に元気なのに。

しばらくそんな話をしながら歩いていると、ふとレナード様は言った。

「メイベルさん、魔法に打ち込むのもいいけどさ。今度は同じく魔法が好きな人を婚約者に選ぶのもいいんじゃないかな」

「魔法が好きな人……。そういう発想はありませんでした。確かにそういう手もありますね」

「そうそう! 今すぐに決めなくても、ブラッド殿よりメイベルさんに合った人はたくさんいるよ!」

レナード様は勢い込んでそう言う。

本当にレナード様はなんてお優しい方なのだろう。私の決断を応援してくれただけでなく、結婚も諦めることないと応援してくれるなんて……。

「そうですね。今は考えられませんけれど、いずれそんな人に会えたら嬉しいです」

「うん、意外とすでに近くにいるかもしれないしね!」

「まぁ、そうだったら素敵ですね」

私は全力で励ましてくれるレナード様に感謝した。以前までの私はブラッド様に縋りつくばかりだったけれど、ブラッド様のいる場所以外にも世界は広がっているのだ。

「私、今が一番幸せかもしれません」

私は明るい気持ちでそう言った。レナード様は笑顔でうなずいてくれる。

私が私らしくいられる場所。ここにいられる今が、一番幸せなのかもしれない。

終わり